混沌との戦い
ソーニャ達が黒鎧と戦闘を開始した一方。村に居を構えている支店では、カスミナとゴブリン達が慌ただしく動いていた。ある者は武器だろうか、物資などを並べ、またある者は小瓶や包帯など医療用と思われる物品を鞄に詰めている。その中、カスミナはカウンターの地図上に並べられたいくつかの光る結晶を見つめ悩んでいた。
「……緊急要請が複数同時…場所の大半はマンドブル山脈の一部地域に限定されているが、うち一つは反対の、しかもあの子と付き添うゴブリンからとはね。斥候から報告はまだかしら?」
大きな水瓶を眺めていたゴブリンに問いかけ、もう一度交信を促す。彼が水面に指で何かを書き入れると、水の表層が色づき、一体のゴブリンが映し出される。表情は険しく、額に流れる汗から切迫した状況だと思わせるには十分だった。交信を受けた彼も気づいたのか、草むらに身を隠すように屈みこんだ。
「斥候!何があった!何を見た!報告しろ!」
「はぁ…はぁ…ぎ、偽竜だ。偽竜が群れでやって来た!10匹前後、山谷の底から飛翔してきやがった!今ゴルロック様が戦っているが、あの方でも一人で勝てるかは分からん。奴ら、今まで群れを生す事なんて一度もなかったってのに!」
――偽竜 真なる竜種とは異なる、偽りの魔法生物。かつての戦争兵器の成れ果てだが、その力は農具しか拵えぬ農村など息をするより簡単に滅ぼすことが出来る存在だろう。一頭でも強力な存在が、10 その報告は恐怖と共に室内に浸透した。
「……………私が行くしかない、か。となれば、あの子の支援は厳しいわね。あと一人いれば違ったのだけれど…」
ソーニャに付けたゴブリンはこの中で最も戦闘に長けた者であり、本来ならば近くに出現する魔物程度なら問題はなかった。だが緊急要請が来たということは、あちらでも相応の自体が起きたのだろう。だがそちらに割ける戦力など存在せず、大局的に見て村を守る事が重要である。こうなれば個人の心情は別として、村の防衛に力を割かなければならない。ソーニャを助けたい気持ちをこらえ、ゴブリン達に防備を固めるよう指示を出す。
「村の人々に戦争時用の防空壕に避難するように伝えなさい!戦闘出来る者には武器を渡し、私達が来るまで持ちこたえるのよ!」
「「「了解!!」」」
「うーわ。めちゃ忙しそうじゃん。なになに?レイドでも始まったの?私も参加するわ!」
カスミナが杖を持ち、外に出ようとドアノブに手を掛けた瞬間。螺旋階段から声がかかる。
ワインレッドのローブを身に着け、美しい橙色の髪を、鍔の広い三角帽子で被った活発的な少女は、平均的な胸を反らし、楽しそうに上から辺りを見渡した。
「あなた…良いタイミングで起きたわね。丁度いいわ。手伝って頂戴」
「ええもちろん。美味しそうなイベントならなんだって受けちゃうわよ!」
「村外れの修練場で、新人から救援要請が届いたの。敵の正体は不明。受ける?」
「受ける受ける!新人の救援ね。行ってくるわ!」
少女はトンと階段から飛び、音もなく玄関に降り立った。ニコニコと楽しそうに微笑みながら、カスミナを押しのけ外に飛び出す。その足を見れば、幻影のように揺らぐ装具が纏い付き、常人の3倍近い脚力で走り抜けていった。
「…これで何とかなればいいのだけど。私も久しぶりに暴れないとね」
飛び出した彼女を少し不安に思いつつも、カスミナもドアを引き、戦場へと足を進めてゆく。
こうして、小さな農村を襲った襲撃は、後により大きな戦禍となり大陸中に燃え広がる事になる。だが今戦い抜いている彼らには認識しえない問題だろう。少なくとも、ソーニャ達は、生存以外意識することが出来なかった。彼らは今、己の血肉と精神を摩耗させ、戦いに挑んでいるのだから―
黒鉄の兵士が戦斧を構え突撃してくる。ただぶつかるだけでも死を与えるであろうその突撃は、しかしてゴブリンを恐慌せしめるには遅すぎた。ゴブリンは素早く散開し、横から攻撃を仕掛けるべく移動した。無論骸であるこのスケルトンにも、恐怖などない。主を守るべく、直線に立ち待ち受ける。
「オオオッ!」
『……!』
振り上げた戦斧を真正面から受けるも、如何に強化されたとして今のスケルトンの力では対抗することは出来なかった。馬鹿正直に受ければ一振りで断たれるのは必至。打ち合たる瞬間、手首の関節を捻じ曲げ、無理やりに軌道を反らす。燃える剣と金属の火花が一瞬。眩く彼らを照らした。目に焼き付くほどでもない、隙とは言えぬ時間だが、ゴブリンは即座に地を蹴り槍を突く。
「ふんッ!」
肘を狙った一撃は、しかし鎧の関節の隙間も貫く事は出来ずに弾かれる。痛痒など感じないとばかりに戦斧が横薙ぎに振るわれ、こちらもゴブリンは素早く回避した。
「全く、これだから混沌は面倒くさい!ソーニャ様!もっと後方にお下がりください!」
召喚者が慌てて距離を取ったのを見計らい、ゴブリンは小瓶を取り出す。球状の、携帯性を考慮したそれは、ちゃぷりと音を鳴らすも、水の色は可愛げのない毒々しい紫だ。
「さて効くか否か…夜空の神よ。あなたの信徒をお守り下され。よ!」
スケルトンと切り合う黒鉄に向かい、小瓶を投げつける。ガラスでできた小瓶は、鎧にぶつかると飴細工のように溶け、骸ごと辺りを毒霧で包み込んだ。
「ガッ…!?」
『……!』
戦斧が振るわれるごとに、体中が軋み、ひび割れ、骨から嫌な音が響く。そんな防戦一方で、何とか凌いでいたスケルトンと交戦している黒鉄が突如として動きが鈍る。毒の効果が効いたようだ。武器を振るう速度が鈍り、四肢が震えているのが分かる。千載一遇の好機を誰もが見逃すはずがない!
「疫災の信徒では無いか!僥倖!スケルトン!畳みかけるぞ!」
『……!!』
2者が武器を振るい、打倒さんと挑む。前後から挟み込む形で飛び掛かり、ゴブリンの手には槍ではなく、大振りのナイフが握られていた。
スケルトンは己の身体が修復しているのを感じた。ひび割れていた骨が修繕され、片手剣も燃える剣が更に勢いを増している。ソーニャが強化を施したのだろう。先ほどよりもぐったりとしているが、それでも杖を手が白くなるほど握りしめ、戦いの末を見守る。
スケルトンは息をつかせぬとばかりに猛撃を加えた。元より此方は屍。疲労など存在しない為、反撃を気にしなければ遮二無二動けるのだ。先ほどまでの状態であれば、そんな真似をすれば即座に切り裂かれていたが、だがしかし、動きの鈍った黒鉄は最小限に防御し、時には鎧で弾いて、毒の効力が弱めんと息を整えていた。如実に双方の技量が伺えるもので、もし1対1ならこの状況に追い込んだとしても無様にスケルトンは負けただろう。
「終わりだ‼」
ゴブリンがナイフを首元に振るう。鈍い鉄色と毒々しい文様が宙に舞い、鉄兜をこじ開け、確かに脊髄に突き刺さった!
「オオオオオッッ!?」
『……!』
振り払わんと暴れるも、スケルトンもただ傍観などせず、こじ開けて隙間が出来た首元に刃を突き入れた!
黒鉄が暴れる前に、2人とも全身の力を使い、遂に首を捻きり落とす。血が花弁を開くが如く広がり、ぼとりと黒鉄の兜が地面に転がり落ちたー
「勝った……?」
「ええ。勝ちました。勝ちましたぞ!我ら3人で混沌の兵士に勝利したのです!」
「はああああぁぁぁ……良かった…」
正直、途中まであの黒剣士が武器を振るう度に、胸が緊張して張り裂けそうだった。ゴルさんの言葉を思い出し、必死こいて試験前の学生のように祈っていたが、なんとか勝利することができたようだ。特にゴブリンさんが毒を投げつけなかったら絶対に勝てなかっただろう。それほど今のスケさんとレベル差があるように感じるぐらいには強かった。
体を動かすのも憂鬱なレベルだが、杖をついて彼らの元に向かう。よく見ると彼も怪我をしているようで、おそらく所々鎧から生えていた棘が刺さったのだろう。そういえば最初にポーション貰ったな。今回のMVPは間違いなく彼なのだから、使ってしまおう。皆満身創痍だが、なんとか勝てたと余韻を感じて向かった。
向かいたかった。
鎧が音も無く立ち上がる。切ったはずの頭部からはグニグニと肉塊が生まれ、表面は触手や牙などが生えそろう。
動くはずのない鎧が武器を振り上げるのを見て、思考が止まる。足が止まる。スケさんも未だ気づかず、ゴブリンの彼もまた笑顔でこちらに向かっている。叫ばなければと声を挙げようとするも、口の中がカラカラに乾き、意味のない手振りしか出来ない。いや、それだけでも彼らは反応できた。危機を知らせているとー
だが、余りにも遅かった。毒を使ったゴブリンを脅威と見たのだろう。スケさんを意に介さず突き飛ばし、戦斧を振るう。
回避は間に合わず、槍の柄で防いだが、槍ごと斧が彼を引き裂いた




