休憩時間
「いやぁ良い勝負でしたなぁ。最後は命ではなく武器を狙うとは、あのスケルトンも慈悲が深い。ソーニャ様のご指示ですかな?」
先ほどの戦闘訓練を終了後。2人とも地べたに座り込み、休憩を取っていた。
前回のような回収業務がないため、肉体的な疲労はそこまででもないのだが、今回は大分精神的に来た。今までの人生平々凡々と暮らしており、危機的な状況に陥った事など指で数える程の為、直接狙われた際の光景を今更ながらに思い出し、思わずぶるりと寒気が走る。ナイフ持って突っ込んでこられるの、マジで怖いわ。前の犬畜生は即座にスケさんが助けたからあまり印象に残ってないが、今回は強烈だ。
「んー、特別そんな指示は出していませんよ。ただ死んでほしくはないなとは思ってはいましたけど」
「ほう、では主の願いを叶えようと努めたのですな。やはりよい使い魔ですよ。大切にされてくださいね」
「ええ。そりゃ大事にしますよ……あの、ゴブリンさん。使い魔って個体差とかあるんですか?あったら同じ呪文でも使う人によって個性が出るのでしょうか?」
少し前から気になっていたのだが、こう何度も褒められるとより興味が湧き質問してみた。すると彼は難しい顔をして考え込む。ゴブリンの表情が見分け付いてきたのは中々面白いな。最初は分からないだろうと思い込んでいたが、案外順応するもんである。
「ふぅーむ。申し訳ない。私は魔術師ではありませんので、詳しい事は分かりません。ですが、我らの種族の魔法使いが生み出す使い魔はいずれも特徴がありますゆえ、もしかすると違うのかもしれませんな」
「えっ!魔法使いじゃないんです!?あのナイフで黒い煙出していましたけど…」
「ははは。あれは魔法の武器であって、呪文を唱えているわけではないのですよ。私自身魔力はありませんし、あの武器は一日に3回のみ使用できるという制限が掛かっております。私のような者達には本来手に取る事のない武器ですが、カスミナ様が契約の報酬として与えて下さったのです」
以外だ。力を持つスケルトンとかいうから、何かしら魔法の知識に造詣があると思っていたのだが。そう尋ねると、構えや姿、今までの戦闘経験でそう判断したらしい。所謂戦士の勘だとか。倒してきたということはやはり野生?にも存在するようだ。
「さて、ソーニャ様。体調の方はどうですかな?優れないならもう少し休みましょう。無理は厳禁です。新人の方は特に魔力消費が激しいそうなので、帰還中に意識が途切れる方もいるようですから」
まさに前回爺さんの腕の中で眠った身としては耳が痛い。2回目の召喚の際、焦ってか、はたまた強く願って召喚した弊害か、結構な疲労感が存在しているので、言葉に甘えてもう少し休む事にした。薪を持ってきてほしいと言われたので、適当に近くの木の枝をかき集め、原っぱに転がす。そうすると、彼が雑嚢から小さな石を取り出した。ぱっと見火打石のように見える物だが、これも魔法の道具らしい。
「魔道具というのは数多く存在しましてな。日用品に並ぶ事はあまりありませんが、冒険や戦場へは惜しみなく投入されております。こうした火を付ける魔道具や、飲料水が補充される小樽などは必需品ですね。これらの作成を生業とする魔法使いの方もおりますくらいですから、ソーニャ様も興味があればやってみては如何ですかな?」
「そういう生活も楽しそうではありますねぇ。とりあえず今は召喚に専念して、ゆとりが出来たら考えますよ」
「おお!もしそうなれば是非お声かけ下さい。ゴブリンズ一同お待ちしておりますぞ!」
存外、自由に出来るゲームだし、そんなプレイもあるかもしれない。石を薪の中に置くと、何をせずとも自然に発火した。子気味良く鳴る火花を眺めながら、彼が串に何かを刺して火に炙る。一見するとマシュマロのようだ。色合いこそ違うが、熱されると同時に、ふわりと甘い匂いがするところもよく似ている。
「さあ、どうぞ。ゴブリン謹製の甘菓子です。こうして火に炙ると、口の中でトロけて上手いですぞ」
ありがとうございますと一礼し、口に頬張る。やはりマシュマロだが、日本人にはあまり馴染みのない甘さで、少し違和感はある。だが疲れた後の脳みそにはよく染みるものだ。紅茶も沸かしていたようで、遠慮なく頂く。こちらも一息付ける薄めの紅茶で、マシュマロもどきの甘さと良く合っていた。
心地の良い時間だった。戦闘後だが、友人と呼びたいくらいには彼を気に入っていたし、彼もまた笑顔で雑談を交え、支店での生活や戦闘技能など楽しそうに語ってくれた。酒があれば更に盛り上がっただろう。こちらの世界での酒の味も楽しみなものだ。
後に俺は後悔している。あの時無理をしてでも帰還を急いでいれば。と―
不意に、焚火が突如として消えた。突風が来たわけでもないのだが。先ほどまでの気持ちの良い天気も、いつの間にか曇り、薄暗くなってしまった。さて、一雨降るのだろうかと呑気に構えていると、彼が素早く立ち上がり、その手には槍が構えられているではないか。表情は険しく、何かの石をばきりとその手で砕いていた。どうやらのっぴきならぬ状況のようだ。急いで俺も立ち上がり、杖を携える。
「ゴブリンさん…」
「静かに…私の後ろに下がって下され。スケルトンの召喚。出来ますか?」
「多分、いや、大丈夫です」
お互いポジションを整え、ナニカが来るのを待つ。何が来るかなどは既に聞けない状況だろう。前方の森林から、草木を踏みしめる足音が聞こえてくる。徐々に金属の擦れあう音も混じり、武装しているのだろうか。風切り音も時折聞こえる。その度に動物らしき生物の断末魔が耳にこびりついた。
「まさか……こんな辺鄙な場所に現れるとは。いやはや、情勢が傾いたか…?」
不安げに何かを憂いているようで、こちらも心臓が高鳴り、脈打つのを感じる。何時でも召喚できるようにと集中しなければ。何度か深呼吸をし、それが来るのを待ち構えた―
それは、鉄塊と呼ぶに相応しいナニカだった。
黒一色の重武装。全身素肌を晒す場所など一つとしてなく、装飾としてあちらこちらに様々な生物の骸が付けられている。よく見ると金属は赤が混じっており、恐らく返り血で染まったのであろうと容易に想像できた。
その手には巨大な戦斧が収まっている。凡そ通常の人類では持つ事すら叶わないであろうそれを軽々と担いでおり、つい先ほどまで振るった跡として、夥しい血が滴っていた。
「貴様。なぜ此処まで侵入できた?貴様ら混沌の手配が近寄れる場所ではあるまいに…」
「……………」
黒鎧は何かを発する事もなく、ただ此方を眺めている。或いは品定めでもしているのだろうか。
立ち止まり様子を見ていたが、突如武器を構え前進した!ああちくしょう。やっぱこういう流れだよな!
「召喚を!」
「―召喚―!」
ゴブリンは武器を構え、黒いフードを目深く被る。俺も強く思い、最初から強化した状態でスケさんを召喚した。酷い倦怠感に再度襲われるが、ここで足手まといなどなってはならぬと、奥歯を噛みしめ杖で体を起こす。
こうして、この日初の≪混沌≫と呼ばれる勢力と対峙することになった―!




