戦闘訓練
召喚がうまく出来るかというテストと、戦闘訓練を合わせて行う為、武装したゴブリンと共に、杖を持って再度村はずれの森林近くまでテクテクと歩いていく。
やはり身体が小さいからだろうか。2人とも歩幅が小さく、見ようによっては子供が遊びに出掛けているように見えるのか、時折近くの畑からやって来たのだろう村民の方におう、気を付けろだの、危ないわよだの、心配の声がかかる。
その都度隣のゴブリンさんが腕を捲り力こぶを見せるので、止めようとするほどではないのだが、存外魔術師って心配されるような物なのだろうか。社会的な地位が大変気にかかる。その事を伝えると、ガラガラとした声で笑いつつ説明してくれた。
「ソーニャ様。そりぁ新人なんて心配されて当然ですよ。いずれは英雄に至る運命を背負った魔術師でも、出始めはそこらの雑兵でも打ち倒せる程度ですからね。別段、ソーニャ様が特別ではありません」
「はぁ。新米ってぱっと見で分かるもんですかね?さっきの受付さんの話を聞くと、結構魔術師ってすごい存在だったと思うんですけど」
「ええ。初見で分かりますよ。実力って奴は風貌に現れますし、大抵魔術師の名が売れるってのは戦場や冒険―いや探究者として腕を振るった時です。特に戦場で活躍した方は否が応でも周囲に知れ渡りますから。一流ってのはただ生活してるだけでも貫禄が出るってもんですよ」
「……いっつも酒飲んでるゴルさんは?」
「……さっ着きましたぞ!」
行きついた場所は以前とは違う方向で、雑草こそそこかしこに生えているものの、森林からは少し離れ、前回とは違い見晴らしの良い原っぱで行うこととなった。雨上がりだろうか。湿る土からお天道様の光を浴びて鼻一杯に土の香りが広がった。コンクリートジャングルに巣食う身としては童心に帰りそうな懐かしい匂いだろう。
一人爺臭くノスタルジックに浸っていると、装備を改めていたゴブリンさんの用意が出来たようで、さっそく召喚してみることになった。
「―召喚―!」
燃える炎を纏う剣を持った骸骨を想像し、強く念じる。黒い魔法陣が浮き彫り、地面から真白い骨手が生えてきた。己よりも一回り大きな骸骨が地面から這い出て、その右手には無骨な片手剣を携えており、仄かに赤く燃えていた。
「うし!成功してる!」
「おめでとう御座います。しっかりとイメージ通りに行えたようですな。……ふむ。中々力を持ったスケルトンですね。いやはや、興味深いものですなぁ」
「…?どういう意味ですか?」
「いや、含むものなど何も。ただ、貴方様の成長が楽しみなのですよ。さて、ではそろそろ―始めますかな。ルールはシンプル。手加減無用。殺す気で来なさい。こちらもそのつもりです」
好々爺のようなセリフを話していたゴブリンが、くるりと槍を回し構えた。先ほどまでの穏やかな視線は消え、鋭さを増してこちらを睨み付ける。
途端に全身に鳥肌が立ち、口の中が乾きだし、気づかぬうちにゴクリと唾を飲み込んだ。それほどまでに、この小さな戦士から強烈なプレッシャーを感じてしまった。先の獣とはまた違う、心臓を握られるような恐怖が生まれる。
改めて思うが、ゴブリンって普通のゲームだと雑魚モンスターの部類だろうに、なんだってこんなにめちゃくちゃ強そうなのだろう。一緒に片付けなどした方も品性があったので、大分イメージと違うぞ。思わず一歩引いてしまう。
だがここで引いてしまったら駄目だろう。召喚という、安全圏から戦える魔法使いだったとしても。飲まれてしまっては強化や指示も出来ないし、何より召喚したスケさんに申し訳が立たない気がして、己もしかとゴブリンを見つめ返す。
そして俺とゴブリンを遮るようにスケさんが仁王立ちし、こちらも剣を構え、対向した―!
まず先制攻撃はゴブリンからだった。覆し難い身長差は、しかして槍を器用に突き出し埋めており、剣の間合いから一歩引いた場所から関節や武器を持った手を狙う。
対してスケルトンは突きを避け、返しに切り払おうとするも、ゴブリンの技量か、穂先を絶妙にずらし滑らせ、切り払いを回避する。
数秒か数分か。切りあい剣と槍を交え打ち合い、互いに攻めあぐねているように見えたが、ゴブリンの突きが突如速度を増した。頭部を狙った一撃こそ避けたが、受け損ね、肋骨が何本か豪快にへし折れる。
「…むッ!」
『……!』
いや、スケルトンは体で受けることを目的としたのだ!骨を断たせ、武器を掴む。ゴブリンの膂力も大した物だろうが、スケルトンに打ち勝てず、柄を左手で握りしめながら前進する。剣は赤く燃え滾り、首を取らんと上段から振り下ろした。が―
「危ない危ない…危うく首が飛ぶところでしたな。ははは」
『…』
振り払えないと判断したゴブリンは即座に槍を手放し、代わりにその手には大振りのナイフが握られていた。通常のナイフとは違い、刃には毒々しく光る文様が走っている。どうやら魔法の武器のようだ。
「うむ、強い。己の不死性をよく理解しているし、剣の腕前も中々の物。よい使い魔ですなぁソーニャ様。このスケルトンでしたら、依頼の方も問題なく行えることでしょう。であれば」
再び挑もうとしたスケルトンが足を止める。圧が変わった。眼前の小さなゴブリンが携えるナイフから強烈な違和感を感じ、己の主を守るために、槍を放り投げ武器を構える。
「使い魔が倒された時の対応方法も学びましょうか。―起動―」
スケルトンの周囲に突如として黒い煙が現れた!急ぎ周囲の確認に努めるが、視界は完全に死んでおり、脱出しようとした瞬間
『……!』
煙の中如何にして把握したのか。ゴブリンは飛び上がり、綺麗にスケルトンの首を切断する。頭骨が跳ね飛び、糸が切れたようにスケルトンは倒れ伏した。
「スケさん!!」
先ほどまで存在した優位は消え去り、己一人が取り残される。前衛が消えた途端、不安と後悔が心に流れ染みる。正直、心内では都合よく思い込んでいた。俺のスケルトンはもしかしたら特別で強力な奴だと。たとえ劣勢になっても、以前と同様に応援すればいいと。俺自身も上手くやっているかも、と。
だが実際はどうだ。遠くで状況把握できる状態でも反応できず、バフなども出来なかった。スケさんの首が飛んだ時、ただ茫然と眺めることしか出来なかった!
全く持って違う。俺自身も特別な奴ではない。ないんだ。そしてあいつも基本的な魔法の一つなのだ。なればこそ、先ほどゴブリンが言ったように倒された時の対応を考えなければならない。打ちひしがれる暇などない!
「―召喚―!」
「間に合いますかな?」
間に合う訳ねぇだろ!心の中で悪態を突き、先ほどこちらに放られた槍を構える。重いし扱いなんぞ知らんので、酷く不格好な姿だろう。召喚される僅かな時間だけでも稼ごうと、せめてもの抵抗だ。
「ふっ!」
動物か何かと思わんばかりの身のこなしでこちらへ向かうゴブリンに横薙ぎに槍を振るう。どのみち突いた所で当たるもんでもなし。全身を使って全力で振る。
「槍は突くものですぞ。そう力を籠めて振るうと体が引っ張られますので、止めた方が宜しいかと」
「為になる蘊蓄どうも!ですけどこれでー!」
そういつつ後ろに躱し、再度こちらに向かおうとしたゴブリンの前に召喚されたスケさんが待ち受ける。何とか間に合った。あと1秒遅かったらくたばっていただろう。これは今後の課題だな。猛烈な倦怠感の中、現れたスケさんとゴブリンを見届けようと目を開く。この勝負の勝敗を―
『……!!』
「おお、今度は本気ですか!」
召喚したスケルトンは強化されており、全身に暗い炎が纏わり付き、怒るように剣は激しく燃え爆ぜる。
「ー起動ー!」
ナイフが怪しく光り、先ほどと同様、スケルトンの周りに黒い煙が現れる。しかし完全に煙が広がる前に、速攻で骸骨は前に飛び出した!
「ぬうっ!」
『…!』
燃える剣を振り回しながら前に突っ込んでゆく。軌道には灼熱の炎が燃え盛り、ゴブリンの視界を逆に奪っていった。熱波がゴブリンの眼球に焼け付くような痛みを与え、視界が深紅に染まる。こうなると先ほどまでのキレのある動きもなくなり、また延々と焼かれる痛みに遂に堪えかねたのか、打倒さんと大振りの隙をついてナイフを振るう。
だがスケルトンも間接を捻じ曲げ剣を振るい―
「おおお!」
「スケさん!いっっけぇぇ!」
『……!』
骸の眼窩に青い炎が宿り、そして遂に、ゴブリンが構えたナイフを弾き飛ばした!
「いやぁ、まさか敗北するとは。参りました。お二人とも。良い勝負でしたな」
「しゃあい!」
こうして、ゴブリンが敗北を宣言し、何とか訓練も勝利することが出来たのである。
―その戦いを見つめるものがいたと知らずに―




