737 予期せぬ贈り物
カネルラ王城。
「お父様。今、時間ある?渡したいモノがあるの」
「いきなりなんだ?」
カネルラ国王ナイデルは、朝食を終えるとリスティアに呼び止められた。
「夜ではダメか?謁見や会議で日中は忙しい」
「大丈夫だよ。お母様とイチャイチャする前には部屋に行くね」
リスティアは走り去った。
気を使ってくれる娘だが、人がいる場所で言うことではない。視線を感じる。
執務室に向かいながら、リスティアが渡したいモノとはなにか推測する。
贈り物をもらったことはあるが、庭園で作った花冠だったり、抜け出した城下町で買ってきたお菓子だったりと、もっと幼かった頃の話だ。最近はもらっていない。
ゆえに、サバト絡みの依頼品とみた。魔法薬のようにカネルラに寄与する品かもしれん。この予想は当たっているだろう。
夜になればわかること。今は執務に専念するとしよう。
夜の帳が下りた頃、リスティアがやってきた。見計らったように遅くなりすぎない時間に。
「お父様。まだいい?」
「いつでも構わん」
「2人の邪魔はしたくないから」
「なにを渡したいのだ?」
「コレなんだけど」
リスティアはブレスレットを差し出した。
「呪われたブレスレットか?」
「違うよ。なんでそうなるの?」
「お前が俺に渡すモノといえば、大抵サバト絡みであろう。なにか頼みたいのではないのか?」
「半分正解」
「半分だと?」
「作ってくれたのはサバト。もちろん呪われてないよ」
「なぜサバトが俺にブレスレットを渡すのだ?」
「プレゼントだから。頼まれたの」
意味がわからない。サバトは俺に興味などないはず。懐柔を模索するような男でもあるまい。
「深読みしすぎだよ。いらないならサバトに返す。断られたら返してくれって言われてるんだから」
「受け取るのはやぶさかではないが、意図を掴みかねている。なぜサバトが贈り物をする?」
「錯書の閲覧を許可してくれたでしょ。クウジ達にはお礼済みだけど、お父様にはまだだったから。忘れてなかったよ」
「律儀だな」
リスティアの要望を受けて、保管されている錯書の閲覧を許可した。サバトの改訂により宮廷魔導師が新たな魔法を幾つか習得したことは知っている。さすがだと感心した。
「いるの?いらないの?」
明らかに苛立っているな。俺にこんな態度をとるのはリスティアぐらい。親友が作ったモノを疑っているように見えているのか。
「おそらく魔道具だな。効果を知っているんだろう?」
「もちろん。お父様には必要だと思う」
……それだけか?
「リスティア。国王陛下が着用するなら、効果を知らなければならないわ。得体の知れないモノは身に付けられない」
ルイーナの言う通りだ。俺の内心を代弁してくれている。
「返しておくね」
リスティアはポケットにしまって部屋から出て行こうとする。
「待てっ!」
「待ちなさいっ!」
声を揃えて引き止めた。
「どうしたの?」
「もらわないとは言ってない」
「短絡的すぎるわよ、リスティア」
リスティアはニッ!と笑った。怒りの裏返しであったり、無理に笑っている表情ではない。
「お父様。お母様。私はね、サバトが作ったモノや魔法のカネルラへの貢献を知ってる。ちょっとでも疑われるなら渡したくないの。我が儘だけどね」
「サバトは納得してくれるのね?」
「する。元々国王に身に付けてもらえるなんて思ってないから。だから親友の私がもらうよ」
リスティアは軽い足取りで部屋を出た。
「理解が足りてないと言いたいのだろうな」
「サバトがナイデル様を陥れるようなモノを作るとは思いません。ですが、不用意に贈り物を受け取るのは危険な行為です。私の姪も被害に遭いました」
「うむ」
気にならないと言えば噓になる。だが、俺はウィリナやレイのように純粋に喜べるほどサバトを知らず、軽々しくモノをもらえる立場でもない。
「リスティアは俺が傲慢だと思っているだろう」
「親友からの贈り物を拒否したことが気に入らないとしても、詳しく説明しないリスティアが悪いのです」
「なにか理由があるのだろう。サバトの気持ちだけは受け取った。他意なく感謝している」
交流する切っ掛けになったかもしれんが、向こうも望んではいないはず。
「どんな魔道具なのかは気になる」
「リスティアに訊いてみます。教えてくれるといいのですが」
「受け渡しは、ダナン達が間に入っているのだろうが、彼等は小間使いではない。程々にするよう伝えてくれ」
ルイーナは苦笑い。俺の予想は外れているということだな。
★
数日後。
ナイデルは自室にて床についていた。ルイーナが寄り添う。
「ルイーナ…。すまんな…」
「妻として当然の責務です」
「久しぶりに……体調を崩した…」
執務中、急に身体の力が抜ける感覚に襲われたところまでは覚えている。その後、気絶するように意識を失ったようだ。大騒ぎになり、さっきまでストリアルとアグレオも見舞いに来ていた。
「過労ではないかとの医師の見解です」
「そうか…。歳はとりたくないものだ…」
「歳のせいではありません。私も倒れてしまうではありませんか」
「ははっ…。そうだな…」
ルイーナと俺は同年齢。年齢のせいにしてはいかん。
直近は特段忙しいと感じていなかった。積もった疲れが一気に出たのだろうか。
「政は殿下や宰相に任せ、ごゆるりと休まれてください」
「うむ…。頼りになる男達だ…。心配はしていない…」
力を合わせればできないことなどない。手前味噌だが、優秀な側近と息子に恵まれている。
そして……。
「お父様!」
騒々しくも聡明な娘がいる。
バーン!と勢いよくドアが開いて、リスティアが入室してきた。
「ご機嫌いかが?」
おどけた軽口に気分が軽くなる。腹も立たない。
「すこぶる悪い」
「働きすぎだよ。だらしないなぁ」
「褒められても、貶されることではない」
「倒れるかどうかの判断ができないのに、褒めないよ」
「…ふっ。違いないな」
リスティアはベッドの横に立ち、すっと手を差し出した。
「お父様、受け取って」
俺が受け取らなかったブレスレットを差し出してくる。
「手首に着けて」
「…わかった」
意味があることなのだろう。受け取って装着する。
「少し話をしようよ」
今日の出来事を話し始めた。協力して仕事を片付けてくれたようだ。
「お父様がいなくても大丈夫だよ。カザーブもお兄様達もいる」
「わかっている。お前にも負担をかけたな」
「私はなにもしてない。この隙に城を抜け出そうか迷ったくらいで」
「ははっ」
心にもないことを。おそらく忙しかっただろうに、おくびにも出さない。
「そろそろかな?体調はどう?」
「体調…?」
……楽になっているような気がする。いや、間違いなく楽になった。怠さがなくなっている。
「ちゃんと回復してる?」
「ブレスレットの効果なのか…?」
「そう。私の加護の力を魔法に変換して、少しずつ身体を巡らせるんだって。疲れを癒してくれるの」
「なるほどな…」
だから俺には必要だと言ったのか。
「だからね…」
「忙しい俺に必要だと言ったのだな」
「違うよ」
「なに…?」
「だから、本当は渡したくなかった。だって無理するでしょ」
リスティアは苦笑い。表情がルイーナに似てきている。
「際限なく働いてしまうから、渡したくなかったの。親友の作った自慢の魔道具であってもね」
我ながら読みが甘い。不機嫌や嫌がらせではなかったのだ。気遣いを嬉しく思う。昔から賢いが、些細なことで成長を感じてしまうな。
「加護の力を込めなければいいのだろう」
「なんの変哲もない装飾品になるよ?」
「構わない。お前とサバトの気持ちは受け取った。特別な効果は必要ない」
稀代の魔導師からの贈り物を有り難く頂戴するとしよう。普段は身に着けない装飾品を。
「格好つけるね…。さすが国民女性の人気を集める色黒イケメン国王」
「いい加減にしろ。怒る気力は戻っているぞ。そして、俺は色黒ではない」
「どう見ても色黒でしょ」
「日に当たらないのに、色黒なはずがないだろう。なぁ、ルイーナ」
顔を逸らして笑いを堪えている…。自分が色黒だと思ったことはない…のだが。
「ちなみに、ブレスレットには他の効果もあるよ」
「どんな効果だ?」
「呪いの無効化とか、超回復とか」
「呪いの無効化はわかるが、超回復とはなんだ?」
「瀕死の怪我を負っても、一度だけ回復できるんだって。アリューシセの傭兵から学んだみたい」
「凄まじいな」
傭兵から学んだのではなく、別の方法で覚えたのだろう。教えるとは思えん。
「不測の事態に備えて損はないって言ってくれた」
「国王だからではなく、お前の父親だからか」
「大正解!わかってるね!」
よく知りもしない国王に、優れた魔道具を贈るような人のいい魔導師ではないだろう。親友を悲しませたくないからだとすれば合点がいく。
「お前の思い上がりの可能性もある。サバトは純粋に俺の身を案じてくれた」
「ないよ!…というワケで、無理しないって約束するなら加護の力を込めるけど」
「必要ない。既に充分回復している」
「そう言うと思った。お父様…」
「なんだ?」
「いつかサバトと会って…信頼できる関係を築いたら、その時は遠慮しないで」
「心に留めておこう」
「あぁ言えばこう言う!」
「誰かとよく似ているだろう」
下らないと笑い合う。
「リスティア。嫁がずにカネルラに残るつもりはあるか?」
「あるよ。カネルラが好きだし、今は結婚したいと思わない」
「そうであろうな」
「でも、お父様やお母様を見ていて思うよ。新たな家族を作って生きるのは悪くないって。私もそうやって生まれたワケだし」
「うむ」
「いい縁談があったら教えて。お父様達の目を信用してる。期待に添えるかわからないけどね」
リスティアには理解できないかもしれないが、愛娘を嫁がせる方も苦しみを伴う。親心とは複雑だ。
「既に幾つか縁談が舞い込んでいる」
「いい人いそう?」
「ゆっくり調査する」
「会ってみた方が早いかも」
「まだ先の話だ」
「言い出したのはお父様でしょ」
「む…」
「じゃあね。お邪魔しました」
眠るジニアスの頭を優しく撫でて、リスティアは部屋を出た。
「なぜ急に嫁ぐ話をされたのですか?」
「…この子を離したくないと思ってしまった。らしくないな」
「可愛い我が子です。おかしなことではありません」
「そうか」
「少し前に異性を愛する感情がわからないと言っていました。初恋すらまだのようです。幼い頃から大人に囲まれているからでしょう。ですが、いつか知るときが訪れます」
「未来のリスティアは、どんな伴侶を求めるのか。ルイーナは予想できるか?」
「確かなことは、外見で人を判断しないということだけです」
「内面を重視するのは間違いないな。会った方が早いか」
まずは、肩書きと姿絵や写真だけで縁談が持ち込まれる。気取った服装と、立派な装飾で飾られても意味などないな。
「私は嬉しく思っております」
「なにがだ?」
「王女の嫁ぎ先など、議論することすらない国に生まれた私にとって、愛娘の行く末を語り合えることは幸せ以外の何物でもありません。感謝致します」
「思い通りに…とはいかない」
「たとえそうであっても、自分の行く末を案じてくれたことに感謝しかありません。私ならそう思えるのです」
ルイーナの血を引くリスティアもそう思ってくれるといいが。
「ナイデル様は、リスティアが庶民になるとしたらどう思われますか?」
「王族から籍を抜いて、市民に嫁ぐという意味か?」
「はい」
「容易に想像できるな…。屋台で名物を売っていたり、汗を流して畑を耕していても違和感はない。顔を汚しながら笑っている姿が目に浮かぶ」
「同意見です。あの子は傑物と呼ばれていますが、王族らしくはないのです。それも1つの選択肢かと」
「可能性の塊だな」
他の王族に嫁いでも、民草に紛れてもしっくりくる。妙な王族に嫁ぐくらいなら、自国民と結ばれ、子を成してカネルラで生きる道もある。
無理に選択肢を狭める必要はない。あと数年で広げるだけ広げてもいい。あの子はどんな環境でも逞しく生きていける。
「不確定な未来の話はこのくらいにして、そろそろ休まれてはいかがですか?明日には復帰するおつもりなのですよね」
「うむ」
「よろしければ添い寝をお願い致します」
「あぁ」
ルイーナの肩を抱いてベッドに横たわる。コレも俺にとって癒し。
よき妻や子供に囲まれて、俺は幸運だ。しばしの休息も実りある時間となった。明日からはいつもの日々に戻るが、気力を与えてくれた皆に感謝しなければならない。
願わくば、リスティアにも同様の縁が訪れることを祈る。




