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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
736/741

736 成長の余地あり

「サバトさん、お久しぶりです。ハーグランドでは、本当にお世話になりました」

「お久しぶりですわ!ご機嫌いかがでしょうか!」

「すこぶる良好です」


 急にウォルトの住み家を訪ねてきたのは、超絶治癒師のステファニアと護衛アムラン。


 ハーグランドの脱獄からまだ2週間も経ってない。忙しいだろうから、森に来ないようリスティアを通じて断りを入れておいた…はずなのに、2人は現れた。

 

「お世話になったお礼に、手土産を持参したのです!」


 ステファニアさんの掌には…人間の頭蓋骨を模したモノが載ってる。縮小版というか、指でつまめるくらいの大きさで、明らかに作り物だとわかるけど…なんだコレ?初めて見る。


「デスホイッスルです!道具屋で購入しました!」


 頭蓋骨を口に当てたステファニアさんが息を吹き込むと、人の悲鳴のような不気味な音が響く。


「外国渡来の品らしいですわ!用途はよくわかりません!」

「すみません、サバトさん…。気持ち悪いからやめましょうと何度も止めたのですが…」

「有り難く頂きます」

「アムラン!わかる人にはわかるんです!」

「えぇぇ…?不気味なのに…」


 珍しいモノは大好きだ。安物みたいだし、もらえるなら嬉しい。後でお礼を渡そう。

 

「カネルラでの暮らしはいかがですか?」

「平和でとてもよい国ですわ。静かなのに活気があって。私は本格的に治療の勉強を始めたのです」

「ハーグランドではゆっくりする時間などなかったので、暇するかと思いきや、以前より忙しいくらいで」

「質の違う忙しさですね。せめてゆっくりして帰ってください」

「お邪魔しますわ!」


 住み家に招いて飲み物を淹れる。ハーグランドでは紅茶が好まれるらしく、じっくり淹れてみた。


「美味しいですわ…」

「本当に…」

「口に合ってよかったです」

「実は、サバトさんにお願いがあって参りました!お願いばかりで申し訳ありません!」

「とりあえず、なんでしょう?」

「私とアムランは、王女様に紹介して頂いた治癒院でお世話になっているのですが、患者に珍しい病に冒されている方がいまして、治療の糸口を見つけられないかと意見を訊きたかったのです!」

「素人の意見でよければ」

「ありがとうございます。患者は女性でして…」


 2人の説明によると、顔の右半

分の皮膚が爛れてしまって、右目も開きづらいらしい。外見は酷い火傷のようで、けれど痛みはないという。原因不明で困っていると。


「ステファニアさんの聖なる力の効果は?」

「ありません。私の力は怪我にはよく効くのですが、病には効果が薄いようで、無力さを痛感しておりますわ」

「そうなると、服薬か病の根源を治療する必要がありますね」

「おそらく」


 薬学はステファニアさんの本業じゃない。だから意見を訊きたかったのかな。


「王都の薬師に依頼は?」

「幾つか調合して試したものの、効果を見込めないとのことで匙を投げられているようでして」 


 手に負えないから仕事を放棄するのは簡単だ。あらゆる調合を試して、可能性を探るのが薬師の役目だろうに。かかりつけがタチの悪い薬師かもしれない。もしくは、本当に手の施しようがない難病か。


 考えても始まらないな。


「一緒に患者に会いに行っていいですか?」

「王都まで御足労願えますの?!」

「構いません。できることはないかもしれませんが、気になります」

「心から感謝致しますわ!」

 

 症状から皮膚病の可能性が高い。獣人にとっては天敵なので、見識を広めておきたい。


「素人なので、意見を相手に無理強いはできません。いいですか?」

「私も素人ですわ。けれど、治療したい気持ちに玄人も素人もありません。判断は患者にお任せします」


 …というワケで、更地で2人を背負う。魔力の紐でしっかり固定して、いざ王都へ出発。



 ★



「気分爽快ですわ~!」

「そうですか……おぅっぷ」


 王都に着くと、ステファニアさんとアムランさんの表情は対照的で、活き活きとぐったり。


「今からは、ガットと呼んでもらえますか?」


 瞬時に魔法で変装する。若いテムズさんの風貌と名前は、脱獄で知られてしまった。これ以上迷惑をかけないよう、今後は新たな変装をすることに。

 容姿は生前のスケ三郎さんとスケ六さんを混ぜ合わせた感じで、30歳くらいの人間男性の姿。魔法で声も変えた。


「わかりましたわ!ガットさんですね!」

「お任せください」


 アムランさんに背負ってもらっていた調合器具と素材の入った鞄を受け取る。王都の大通りは、3人並んで会話しながらでも道幅に余裕がある。

 

「サバトさんは、魔法だけでなく薬学にも精通しているんですの?」

「主に文献から得た知識です。自家製薬を作っていますが、ほぼ我流ですね」

「私の力と同じですわね!」

「えっ?聖なる力って、我流で身に付くんですか?」

「ステファニア様は、授かった力をとにかく使いまくり、実戦で無茶苦茶した結果とんでもない治癒師に成長されたのです。力の制御や細かい諸々は自然に身に付けています」

「凄いですね…」

「誰も私に力の使い方を教えてくれなかっただけで、好きで無茶苦茶したのではありません!私にできたのは、とにかく力を使うことだけでした!」


 親近感が湧いた。ボクも好きで我流になったワケじゃない。誰も教えてくれないから、とにかく修練しながら今に至る。


「だからステファニア様は好き勝手に動き回ります。師匠や恩人がいれば違ったのかもしれませんが」

「教会には感謝していますわ。儀式で力を授かり、私に生き甲斐を与えてくれました。…が、制約を課してくる意味がわかりません!不平等な治療は教義に反します!納得できないのです!」


 ガリア教には様々な問題がありそうだ。でも、他人が首を突っ込むことじゃないな。


「私の不満はさておき、着きましたわ。こちらに住んでいる方です」


 一軒の家に辿り着き、ステファニアさんが玄関ドアをノックすると、中から女性が顔を出した。

 

「ヤヒロさん!ご機嫌よう!」

「ステファニアさん…」

「私の知り合いで、薬師の方を連れて参りましたわ!凄腕なのです!騙されたと思って、詳しく話して頂きたいのです!きっとよい方向へと向かいますから!」


 めちゃくちゃ言うなぁ…。騙されたと思って…じゃなく、完全に騙してる。薬師ですらないし、根拠がないのに自信満々に…。


 アムランさんが耳打ちしてきた。


「ステファニア様の持論なんですが…治療する方が自信なさげだと、患者が1歩退いてしまうと…」


 医者に不安げな顔をされると心配になるのは理解できる。


「見せたら治せるんですか…?」

「間違いありませんわ!」

「じゃあ……診てもらいたいです…」


 ボクに向かってペコリと頭を下げた。顔の半分は、長い髪に隠れて見えない。


「中へどうぞ…」


 ヤヒロさんに促されて中に入る。


「私は、どうすれば…?」

「顔を見せて頂いてもいいですか?」

「……はい」


 指で髪を避けると、皮膚が火傷のように爛れている。表面には水疱が幾つか……いや、化膿か…。


「近くで見てもいいですか?」

「…は、はい」


 ぐっと顔を近づけると、ヤヒロさんの頬が紅潮した。急な動きで驚かせてしまったかな。


「…ステファニアさんの力で治療できそうに見えますね」

「火傷の治療なら私の得意分野ですわ。ですが、実際はほぼ効果がありません」


 鼻が付きそうなくらい接近して、荒れた皮膚を凝視する。


「あ、あのっ…!」

「すみません。しばらく動かないでください…」

「は、はい…」


 隅々までじっくり観察して気付いた。


「初見ですが、症状はわかりました」

「本当に…?」

「皮膚が爛れているのではなく、緩やかに腐敗しています」

「腐っ…ているんですか…?」

「はい」


 皮膚から微かに腐臭がする。ただし、ごくわずかだ。腐る過程で爛れているように見えるんだろう。


「触れると痛い箇所がありますね」

「あります…。一部ですけど…」

「この部分では?」

 

 触れずに指先で円を描いて伝える。


「その通りです…。なぜわかるんですか…?」

「棘が刺さっています」

「棘?どこですの?」

「ココです」

「……私にはなにも見えませんわ」

「かなり細く短い棘です。毒針のようなモノかもしれません。ちょっと失礼します」


 顔に手を翳して『浸透解析』を使い、一点に集中して精密に透視する。肉眼で辛うじて見える細く短い棘を、魔法で立体的に脳内に映し出す。


「皮膚の奥で、鏃のように広がっています。まずは除去するべきですね」

「どうやって…?」

「医者に取り出してもらうのがいいと思います」

「ガットさんはできませんの?」

「できますが、素人なので」


 素人にできると言われても反応に困るだけだろう。


「ヤヒロさんの判断にお任せします」

「あの…棘を抜いたとして、その後は…?」

「医者の対処法はわかりません。自分ならこうする…という構想はあります」

「ヤヒロさん。どうされますか?もしガットさんの言う通りであれば、医者に相談したほうがよいですわ」

「このままだと…よくないですよね?」

「頬から顔全体に波及する可能性が高いかと。少しずつ範囲が広がっていませんか?」

「…ちなみに、ガットさんならどうやって取り出すんですか…?」

「皮膚をほんの少し切開して、慎重に棘を抜き取ってから魔法や薬で治療します」

「…ガットさんに…やってもらいたいです…」

「医者ではありませんし、治せるとは言い切れませんよ」

「ステファニアさんが凄腕って言ってるし…原因を突き止めてもらえたから……信用できるかなって…」

「ガットさん!私も全力で治療のお手伝いをさせて頂きますわ!」

「そこまで言ってもらえるなら準備します」


 ベッドで横になってもらい、メスとピンセットを鞄から取り出す。

 

「こ、怖い…」

「刃先だけ皮膚に沈めて、ごくわずかに切開します。チクリとする程度で、ほんの少し血が出ますが直ぐに塞ぎますので。あと、嫌なら今すぐやめます。無理する必要はありません」

「……お願いします!気合い入りました!」

「では、力を抜いて目を瞑ってください」

「はいっ!……すぅ」


『睡眠』で深く眠らせた。アムランさんの両手で顔が動かないよう固定してもらう。


「始めます」


 そっと刃先を頬に添えて、ゆっくり皮膚に沈めると、プツッと血が滲む。混じって膿も出てきた。清潔な布で拭き取っても、ヤヒロさんが起きる様子はない。


「棘を抜きます」


 ゆっくりピンセットで棘を摘まんで……パッ!と直ぐに離した。


「どうしたんですの?」

「予想外でした…。タダの棘ではないようです」


 摘まんだ瞬間、触手のように棘がうねった。おそらく…生物だ。


「少しだけ集中させてください」


 精神集中してピンセットを構え、摘まむと同時に魔法を発動する。挟んだまま数秒待って、ゆっくりピンセットを持ち上げた。


「…上手くいきました」


 硝子製プレートの上にピンセットを静かに置く。


「なにが起こったか教えてほしいですわ」

「棘だと思っていたのは、ワームのような生物でした。視認するのは難しいほど極細で極小の。プレートに載っているのが見えますか?」

「…見えません。貴方はどんな目をしているんですの?」

「視覚を強化しています。魔法で凍結させて、動きを止めてから抜き取りました」


 肉側に深く潜られては堪らない。じっくり観察すると、ミミズのような姿で細かい毛が生えている。毒針かもしれない。毛虫のように、触れるだけで害を受ける可能性がある。


「もう悪化しないと思います。後は腐ってしまった皮膚の治療を」

「私が治療しますわ」


 ステファニアさんが手を翳して聖なる力を放つも、回復する様子はない。


「私では力及ばずですわ…」

「解毒が必要だと思うので、聖なる力より混合魔法が効果的かもしれません」


『解毒』と『治癒』、『精霊の慈悲』も組み合わせて詠唱すると、緩やかに皮膚が回復する。


「混合治癒魔法…。凄いですわ」

「魔法の配合を変えながら試していますが、効果的ではなさそうです。もう1つ案があります」


 毒性はなく、腐敗させる効果だけの可能性もある。『腐敗』の効果を反転させた詠唱で『解毒』と混合させてみよう。


 イメージはできた。


「では、改めて…」 

「……みるみる回復していますわ!」


 成功してよかった。ヤヒロさんの顔は綺麗な皮膚を取り戻して、変わらず眠りについたまま。


「経過を観察するだけで大丈夫だと思います」

「感謝致しますわ!また刺激を受けてしまいました!」

「余計な刺激を与えてしまいましたか?」

「いえ!私は治療により多くの人から感謝を伝えられ、誇りに思っていました!けれど、治癒師としては駆け出しだと思い知ったのです!より一層励みますので!」


 この治療は、治癒師の範疇じゃない。医者や薬師の仕事だ。ただ、「頼られたなら、どんな患者でも力になりたい」と道中で語っていた。病も怪我も全部ひっくるめて治療できる治癒師になりたいと。

 ハルケ先生のように、畑違いでも治療してくれた人に救われた経験から応援したくなる。


「ステファニアさん。もしよければこちらを」


 持ってきた鞄を手渡す。


「薬の調合や、治療に使えるモノがある程度揃っています。デスホイッスルのお礼に、もらってくれませんか?」

「頂きますわ!」

「この元凶になった生物だけ譲って頂きたいです。じっくり調べてみたいので」

「どうするおつもりですの?」

「自分の身体で試してみようかと」


 好奇心が止まらない。世の中には、まだまだ知らない生物がいて興味が尽きない。


「暴言失礼致します。貴方は変人ですわ」

「ステファニア様が言うと説得力がありませんよ。ガットさん、今回も他言無用でしょうか?」

「そうしてもらえると助かります」

「ガットさん!感謝は素直に受け取ってくださいまし!捻くれすぎると、拗らせてしまいますわよ!」


 苦笑いしかできない。捻くれて長いから今さらだ。


「アムラン!怪我の治療を行いつつ、薬学と医学を学びますわ!高名な方に弟子入りします!」

「無理ですよ。人の話を聞かないくせに」

「なんて言い草ですか!」

「人には向き不向きがあります。あらゆる人と交流して、少しずつ学びましょう。貴女は1人に師事するのは向いていません」

「私にもできますわ!」

「できません」

 

 言い争いが始まった。とりあえずやってみたら…なんて野暮だろうか。


「サバトさん!貴方はどう思いますか?!」


 いきなりサバト呼びは…。ヤヒロさんは…ぐっすり寝てるからいいか。


「アムランさんの意見に賛成です」

「うぇえっ!?」

「ステファニアさんを最も理解しているのは、アムランさんですよね?貴女が信頼している方の意見を推させてください」

「さすがガットさんです」


 ボクにとっての4姉妹のように、ステファニアさんの性格を把握して行動を読んでいそう。嫌がらせで言っているとは考えにくい。


「…わかりました!ではそのように!というワケで、サバトさんから私に知識や技術を授けて頂けますか!1つで構いません!」

「えっ?!」

「あらゆる方から学ぶことに決めましたので!今から実行します!」


 急だなぁ。教えるって…どうしようか…。


「では、聖なる力の変質について教えます。既に知っているかもしれませんが」

「変質とは?」

「ちょっと背中に触れてもいいでしょうか?」

「どうぞ」


 掌を背中に添える。


「アムランさんに向けて、軽く力を発動してもらえますか」

「こうですか?……な、なんですのっ?!体内で蠢くような感覚がっ…!」

「ボクがステファニアさんの聖なる力を変質させました。この力には、解毒の効果が追加されます」


 初めて知ったけれど、ステファニアさんは魔法とは異なる方法で発動している。魔力源のようなモノは存在しなくて、全身から一点に力が集まるような流れを感じた。

 魔力による模倣で聖なる力の性質は掴んでいて、応用で変質させてみたら思いのほか上手くいった。効果は確認済み。


「感覚を掴んでもらえましたか?」

「聖なる力は……神から個々に授けられる能力であり……変質するとかしないとか……あり得ないですわ…」

「現にできました。偶然成功したのかもしれません」

「どうやって他人の力に干渉しているのです…?」

「話すとちょっと長くなりますよ」

「知りたくて仕方ありませんわ」


 隠すことでもないので説明しよう。まず、聖なる力と同質の魔力を練り、体内で接触させながら溶け込ませる。魔力としての操作性は残しつつ、聖なる力を絡め取るように操作するだけ。

 例えるなら、水とお湯を混ぜてぬるま湯を作るような感覚。元は同じ物質なら、温度が違うだけでスムーズに混ざる。魔法の場合は少々手を加える必要があるけど、その辺りは魔力操作の領域でステファニアさんに伝えても意味がない。 


「『解毒』を聖なる力の模倣魔力で発動して効果を確かめましたが、効果は薄かった。なので、『解毒』の魔力を聖なる力と混合する手法で変質させました。すると、充分な効果が確認できたんです。ステファニアさんなら聖なる力を自力で変化させられて、身体が覚えるんじゃないかと」

「……やってみせますわ!」

「一度変質を覚えたら、試行を繰り返してあらゆる状態異常を解除できると思います。役に立てたでしょうか?」

「目から鱗が落ちました。自己研鑽の心掛けを怠り…授かった力に胡座をかいていた自分が恥ずかしいです!喝ですわ~!」

「ステファニア様、うるさいです。ヤヒロさんが起きてしまいますよ」


 やる気が漲るステファニアさん達と別れて帰路についた。



 後日、リスティアから連絡が来て『ステファニアが修行って言いながら暴走してるらしいよ。アムランが困ってるってさ。ウォルトが絡んでるんでしょ?』と笑われた。

 王都の治癒院や診療所を回り、老若男女の怪我や病の治療に参加しているらしい。もちろん、お世話になっている治癒院での仕事をしっかり終えた後で。

 余計な口出しはせず、見返りを一切求めないから放置されていると。本人が体調を崩したり、医者や患者から苦情が出るようなら今後について考えるとリスティアは言った。


 なんとなく予想できていた。規格外の人物は普通の堅苦しい修練なんてしない。凡人には真似できないようなことをこなして、自然と常識の枠からはみ出していくんじゃないだろうか。


 フィガロや師匠も然り。ステファニアさんもそんな存在だと思える。

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