735 不世出の天才…になり得るか
今日はエルフの友人キャミィがウォルトの住み家を訪れた。
ハーブ茶でもてなす。
「立ち直るのに時間がかかってしまった。ずっと足が向かなくて」
「わかるよ。来てくれてありがとう」
シャノ達が森に帰って、キャミィが落ち込んでしまったことをバラモさんから聞いていた。彼女は可愛がってくれていたから。
「私は、またシャノ達に会えると信じている」
「ボクもだ」
「落ち込んでばかりいられないから、魔法の修練で気を紛らわせていた。あと、久しぶりにフォルラン兄さんが里に帰ってきた。シャノ達なら嬉しかったけれど」
相変わらず兄に厳しいな…。
「元気だった?」
「いつも通りよ。真面目に修練しているみたい」
「着々と凄い魔導師に成長してるんだね」
「変わらず魔法の才能だけは秀でている」
キャミィはフォルランさんを褒めない。マードックとサマラもそうだし、兄妹はそういうモノなのか。
「生意気に魔法戦を挑んできたから、返り討ちにしてやったわ」
「ボクが言うのもなんだけど、フォルランさんは性格が魔法戦に向いてないと思う。駆け引きが苦手そうだ」
「性格が単純だから、簡単に騙せる。駆け引きなんて必要ない。バカだから」
本当に厳しいなぁ…。
「学んだことを頭じゃなく身体に刻む人だ。同じ手は二度と通用しない怖さはあるね」
「確かに、何度も相手するのは厄介。ウォルトへの忠告としては、存在を消し去るなら初見でやるべき」
そんなつもりは一切ない。
「経験を積んだら、世界最高の魔導師になれる人だね」
「私やフレイ兄さんでは無理という意味?」
「キャミィやフレイさんは当然なれる。ただ、3人が同じ修練をこなすと仮定したら、フォルランさんが最有力かもしれない」
「認めたくないけれど、努力で埋めるべき才能の差は否定しない」
ボクは偉そうに言えるほど魔導師を知らない。でも、あの人の才能は別格だと思う。アニカとウイカも素晴らしい才能の持ち主だけど、フォルランさんは2人ができないことを軽々こなす。
「私は、兄さんより上で在り続けてみせる」
「キャミィならできるさ」
「技量が劣るなら、魔法を磨いて足りない要素を補填すればいい。貴方が教えてくれた」
「他の手段を知らないし、キャミィの役に立てたなら嬉しいよ」
「久しぶりに手合わせしたいわ」
「いいよ。ご飯の後にする?」
「えぇ。その前に、モフらせてもらいたい」
「どうぞ」
迷いなく首に抱きついて頬ずりしてくる。キャミィは出会ったときから外見が変わってない。エルフだから成長が緩やかすぎてわからないんだろう。ただ、魔力の質は変化していて、肌を合わせただけで修練の成果を感じる。
フォルランさんとタイプが違う魔導師で知性派。卓越した技術と理論で魔法を操る。フレイさんは付き合いが浅いからわからないけど、兄妹揃って凄い魔導師なのは間違いない。
「なんとなく考えていることがわかるわ」
「顔を見てないのに?」
頬ずりしているキャミィはボクの顔を見てないはず。
「フォルラン兄さんの才能は、天から与えられたモノ。けれど、羨ましくはない。才能だけでは魔法を操れないし、兄さんのようなバカに成り下がりたくないから」
「さすがに辛辣すぎないか…」
「他に表現できない。とにかく、修練を重ねれば貴方だって兄さんに届くわ。私が保証する」
「ありがとう」
キャミィはお世辞を言わない。魔法に関しての評価も的確だ。ボクへの評価は大袈裟な気がするけど。
「さぁ、手合わせしましょう」
「そうだね」
その後、更地で魔法戦を繰り広げた。
キャミィは徐々に魔法の強度を上げて手合わせしてくれる。前回より強くて速い。今回も凌ぎきって手合わせは終了。
「さすがね」
「キャミィこそ」
「魔力量が前より増えているのね」
「あの手この手で許容量を増やしてるんだ。魔力生成も促進するよう鍛えてる」
「やっぱり私の目標はウォルトよ。兄さんにそんな芸当はできない」
「やる必要がないんじゃないか」
「私はやりたい。方法を教えてもらいたいのだけれど」
「いいよ」
ボクのやり方を説明すると、真剣に聞いてくれる。
「興味深いわ」
「エルフは違うやり方が効果的だと思う。たとえば…」
「もう充分よ。試行錯誤することに意味がある」
「確かに」
キャミィはいつだって魔法に真摯に向き合ってる。自分で最善を見つけるだろう。
「ウォルトは、私に訊きたいことはないの?」
「訊きたいこと……そうだ。土を肥やす魔法を知らないか?」
「貴方は『成長促進』という魔法を使えるわよね?必要なの?」
「『成長促進』は、土の栄養が足りてないと効果がない。ボクの予想だと、栄養を変質させてスムーズに吸収させる魔法なんだ」
「瘦せた土では効果がないのね。そういうことならあるわ」
「見せてもらえたりする?」
「既に見せている」
「え?」
「私がこの辺りを森に変えた魔法を見たはず」
「『大樹の海』…。あの魔法は、栄養も付与して急激に成長させているのか」
「その通りよ」
「つまり、木を生やす魔力操作と術式を取り除けばいい。ありがとう」
「どういたしまして」
「ちょっと試していいかい?」
「いくらでもどうぞ」
まず、構成する魔法を『栄養の付与』と『木の生育』に分割する必要がある。上手く魔力操作できるかが鍵。
魔力色とイメージだけで魔法を習得するボクにとっては、難しいけどやり甲斐しかない。
「どうやるつもりなの?」
「魔力色から逆算してみる」
「どの色を混ぜたらこうなる…というパターンを追求するつもり…?無限に思えるけれど」
「だからいいんだ。道程で新たな発見があるかもしれない。心躍らないか?」
「私は楽しめない」
「理論的に魔法を教わったことがないから、自己流で魔法を考察する手法の1つだよ」
もちろん闇雲に探るつもりはない。目星を付けながら答えを求める。今回は『大樹の海』から必要ない部分を削ぎ落とせばいい。詠唱や魔力操作から、ある程度推測できる。
……こうか?
地面に向けて詠唱しても効果は不明。栄養は目に見えない。
『ウォルト~。僕に試してみればいいよぉ』
遠くからマグナが呼びかけてくれた。木の精霊であるマクナなら判断してくれるだろう。
『ありがとう、マクナ。友達を紹介してもいいかい?君達の存在を知ってるんだ』
『いいよぉ』
「キャミィ。もう気付いてると思うけど」
「あの木も神木なのね」
「話してみないか?」
「えぇ」
キャミィの魔力がマグナに指向される。会話しているみたいだけど、ボクには届かない。
「マクナはバラモと違う。神木も個性があるのね」
「まだ若い友達なんだ」
互いの自己紹介が済んだようなので、マクナの根元に魔法を付与してみる。
『う~ん…。栄養が増えた感じはしないよぉ』
『コレならどう?』
効果を予想しながら少しずつ変化を加えていく。
『今がいい感じだよぉ』
『方向性がわかった。マクナのおかげだ。ありがとう』
『どういたしましてぇ。ウォルトの魔法を感じてみたかったんだぁ』
『大したことないよ』
協力してくれて有り難い。マクナが喜んでくれそうな肥料を配合して、お礼しよう。
「ウォルトは、なぜこの魔法を覚えたいの?」
「美味しい野菜や穀物を食べたいから。バラモさんやマクナにも喜んでもらえるし。あと、単に新しい魔法を習得したい」
「欲張りね。貴方みたいに多種多様な魔法を覚えようとする魔導師は、エルフにもいない」
「キャミィのおかげだよ。君が褒めてくれたボクの長所を伸ばしてる」
才能がなくても、魔法が好きなら修練は続けられる。多くの魔法を覚えたいし、幅広く駆使しながら技量を向上させたい。
「魔法絡みで他人に負けたくない気持ちがあるの?」
「知識や技量は劣っても、魔法戦では負けたくないね」
「劣っていても勝てるなら大したモノよ」
「負けてないだけだよ。いつも皆が退いてくれる。防御と粘り強さがボクの魔法戦の肝だ」
躱したり防いだりしながら、最後まで凌ぎきるのがボクの戦術。負けたくないだけで、勝てなくても構わない。引き分けで充分満足。魔法を観察できるから一石二鳥。
「魔法が好きなのよね?」
「もちろん。じゃなきゃ修練できない」
「エルフと魔法は、生まれた時から共にある。貴方と親しくなるまで好き嫌いという感覚がなかった。今は好きだと感じていて、日々充実しているの」
「キャミィの魔力はどんどん磨かれてる。とても綺麗だ」
「歯が浮くような台詞というヤツね。私を口説いているということかしら」
「魔力の話だよ」
「残念だわ」
キャミィとも冗談を言い合えるようになった。お互い声を上げて笑ったりしないけど、そんな距離感が心地よかったりする。
「魔力を分けてもらえる?まだ魔法戦をやりたいわ」
「いいよ」
キャミィに魔力を譲渡して、計3回手合わせした。終えてから休憩がてら食事をすることに。
「ふぅ…。なぜ平然としていられるの?魔力に余裕があるとしても、詠唱した疲れは確実に蓄積しているはずなのに」
「疲れてるけど、魔法戦の楽しさが勝るから。後回しにすればいいんだよ」
「意味がわからない」
どう言ったら伝わるかなぁ。
「気分の問題だから、疲れを一旦忘れると楽なんだ」
「絶対に無理。魔力はどのくらい残っているの?」
「5回渡せるくらいかな?魔力はあまり減ってないんだ」
「さすがにおかしい。魔力を使ってないとでも言う気?」
「使ってるけど、キャミィが補充してくれるから」
「…障壁で防ぎながら、私の魔法から魔力を吸収していたのね」
「そうだよ。全ては吸収できないし、魔法を躱した分は減ったりするけど」
キャミィの魔力はよく知ってる。体内に貯留してもなんの問題もない。
「私が放った魔力を、そのまま返していたのなら納得だわ」
「ボクが弱音を吐かなければ、魔法戦を続けてもらえるかなって」
「私にも魔力吸収を教えてほしい。技法を知らないわ」
「いいよ」
教えながら実感するのは、やっぱりキャミィも天才だってことを。魔力操作が秀逸で、とにかく飲み込みが早い。驚異的な早さで習得する。体感する前に、言葉だけで理解できるのも凄い。
「コツは掴んだけれど、実戦で使うには修練が必要ね」
「吸収することに気を取られすぎると危険だ。発動のタイミングや魔力操作もシビアで、慣れると考える前に発動できるけど、ボクはかなり修練した」
フレイさんとの魔法戦が転機だった。もっと吸収を磨いて、長く魔法戦を続けたいと思えたんだ。
「貴方の魔法に対する姿勢を尊敬している。努力を惜しまず、技法や苦労を隠すこともない。真摯に魔法に向き合っていて、フォルラン兄さんすら魅了した」
「嬉しいけど、大袈裟だよ」
「話が逸れるけれど、エルフなのにフォルラン兄さんは魔法を嫌っていたの」
「え?」
「魔法を使えることすら忘れていたのは、必要だと感じなかったから。修練を嫌って、才能を認められても驕らなかった。フレイ兄さんや私を貶したこともない。全て忘れているけれど」
覚えてるんじゃないか…?とは言えない。
「ウォルトが兄さんを変えた。絶世のバカでも見捨てず、魔法の素晴らしさを教えた。驕るエルフにはできなかったこと」
「教えたのは、ほんの少しだけど…」
「優れた技術や理論で兄さんは変わらない。そもそも理解できない。ウォルトの魔法に触れて、根本的に意識が変わったの。私にはわかる」
よくわからないけど、なにかしら役に立てたのかな。
「兄さんは、魔法戦でウォルトに勝つつもりよ。気概を感じた」
「負けないよう修練するよ」
「絶対に負けないで」
「え?」
「私は兄さんに勝った…けれど、才能の差を見せつけられて腹が立った。フレイ兄さんが相手なら、負けても納得できる。苦労を知っているから。でも、フォルラン兄さんには負けたくない。才能の差で負けるなんて、積み重ねてきたモノを否定されるようで我慢ならない。私を超えるつもりなら、相応に苦労してもらう」
「言ってることはわかるよ」
粘り強く修練を続けてきたことは、少なからず自信に変わって積み重なる。才能の差で負けた…なんて簡単に認めたくない気持ちはわかる。
「ウォルトは修練や努力を重ねている。魔法戦で勝ちきれなくても納得できるわ」
「キャミィにそう言ってもらえるのは、凄く嬉しいなぁ…」
「私の目標は……断じてフォルラン兄さんじゃない!貴方が負けると揺らいでしまうの!!」
あ、熱い…。キャミィにしては珍しく感情的になってる。
「脅威だと認めざるを得ない…。兄さんが傑物になり得るかと思うと腹が立つ!」
「自分が傑物として評価されたいってことかい?」
「違うわ。私はひっそり生きて死にたい。兄さんが歴史に名を刻むのが許せないだけ!」
恨みでもあるのか…?過去に酷い扱いを受けたのかもしれないけど、興味本位で訊くようなことじゃないな。ボクも過去のことは言いたくない。
「フォルラン兄さんが魔導師として評価されたとしても、エルフの品位を貶める。『魔法だけは凄いバカ』『不世出のアホエルフ』『残念すぎる魔導師』と呼ばれて、嘲笑される未来が容易に想像できる。私やフレイ兄さんまで甘く見られては堪らない」
「フォルランさんはフォルランさんだよ。フレイさんやキャミィとは別だ」
「貴方は私達を知っているから言える。実際、エルフの顔を見分けられないわよね?全部同じように見えているでしょう?」
「う…」
「ウークのエルフしか知らないのに、エルフという種族が嫌いになった。そうよね?」
「そ…うだね…」
偏見があるのに軽々しく答えてしまった。彼女の言い分は正しい。ウークのエルフしか知らないのに、ボクは同列として見ている。
「責めてはいない。私も獣人は全て野蛮だと思っていたから、偏見を知っている。兄さんには波風立てず静かに生きてほしいけれど、もはや止められない。……とてもいい顔をしていたから!」
キャミィは頬を膨らませる。少女のようで可愛い。
「魔法でお風呂を覗いたり、遊びで神木を燃やすような男に負けたくないのよ!」
「フォルランさんの実力を目の当たりにして、焦ったんだね」
「えぇ…。不本意だけれど、その通りよ…。私の魔法を防いで、見事な詠唱を見せられた…。しかも、魔法戦の最中に成長して驚かせる…。私を踏み台にしたのよ……兄さんのくせに!」
「キャミィは凄いと思われてるから、挑まれたんじゃないか?」
妹であり、凄い魔導師のキャミィと競えば成長できる。
「予想を超えてくると思わなかった。どんな修練をしているのか気になったけれど、訊くのは癪に障る」
「素直に訊けばいいのに。兄妹だから教えてくれるさ」
ぷい!と外方を向くキャミィの可愛さに、思わず笑いが漏れそうになる。年上なのに駄々っ子みたいだ。
「兄さんの肩を持つのね…」
「贔屓はしないけど、選べと言われたらキャミィを選ぶよ。何度も魔法を交わして、食事したり出掛けたりする君の方が親しい」
「だったらいいわ」
機嫌を直してくれたみたいだ。今日のキャミィは表情豊か。
「キャミィも他の魔導師に会ってみる?少ないけど知り合いはいるよ。新たな発見があるかもしれない」
「気が向いたらお願いする。私は最高の魔法に触れられる魔法使いだから、今は必要ない」
「凄い魔導師に囲まれてるキャミィには必要ないかな」
「えぇ。私が刺激を受ける魔導師はきっと多くない。ウイカやアニカには会いたいけれど」
「2人も喜ぶよ」
「現時点では私に大きく劣っても、兄さんと同じように予想を超える成長を遂げそう。不思議な姉妹ね」
「きっとそうなる。2人は凄い魔法使いだ」
「私に任せていい」
「なにを?」
「仮に貴方が死んだとしても、私が2人を鍛える。貴方から学んだことを伝えるから心配いらない」
まがりなりにもボクは2人の師匠で、女性を軽蔑するような魔導師には師事してほしくない。キャミィだったら安心して任せられるけど…。
「なんで急に?」
「私が貴方に勝っても心配しなくていいという意味よ」
「キャミィに魔法戦で負けたら、ボクは死ぬのか…」
怖いことを言うなぁ。毎回そういう気持ちで魔法戦に挑めという忠告と捉えよう。
「あと、私が勝ったら貴方の子供を授けてもらう」
「魔法戦の勝敗で決めることじゃないって」
「修練の意欲に繋がるから、認めてほしいのだけれど」
「だったらいいよ」
「ふふっ。軽く答えるのね」
「嫌ではないし、腕を上げたキャミィを見たいから」
そもそも矛盾してる。魔法戦で負けてボクが死んだら、キャミィに子供を授ける約束は果たせない。
「フォルラン兄さんは、この森で拾った幸運を私に届けてくれた。その点だけは心から感謝している」
「どんな幸運か知らないけど、よかったね」
「誰にも真似できない強運の持ち主よ。持ち前の運に助けられながら成長してる。相当手強いわ」
「フォルランさんと魔法戦をやる機会があったら、キャミィの言葉を胸に頑張る」
「私の言葉?」
「ボクにも魔法使いの端くれとして意地があるんだ」
キャミィの言葉が心に沁みた。いかに相手が手強くても、培った技術と知識を振り絞って挑めば、努力で才能に対抗できると信じたい。
「親しい友人の言葉に感化されたということね」
「いや。感化というより共感した…」
「照れなくていい。わかるわ。友人だもの」
違うけど、まぁいいか。
ボクにとっては、彼女と縁を繋いでもらったことが幸運。森で迷っていたのがフォルランさん以外のエルフだったら、きっとウークに行くことはなかった。
一生キャミィと出会わなかった気がする。だからフォルランさんには感謝してる。




