734 意識改革
「作ってみたいです…けど」
「気楽に考えてくれていいよ」
本日、ウォルトの住み家を暗部のサスケが訪ねてきた。
理由は依頼したいことがあるから。
「ボクなんかが作っていいモノじゃない気がします」
「君だからお願いしてるんだ」
「依頼してもらえるなんて思わなかったです」
サスケさんから「暗部が使う暗器を作ってほしい」と要望された。
「暗部に関する知識はありますが、精通しているワケではありません。知ってるのはクナイ程度で」
「ウォルト君に頼む理由は2つあるんだ。1つ目は、君は口が固い。暗部の不利益になる情報を漏らさない獣人だということ。そして、2つ目が『気』を扱えること。過去の暗器は、肉体を武器に攻撃力を高めるモノだったけれど、『気』による強化や変化を望めるようになれば、任務の幅が確実に広がる」
「言ってることは理解できます」
「昔から考察されていて、実際に作ろうとした暗部もいたらしい。けれど、製作技術が拙すぎて実用的ではなかった。君を刺激する言葉になるかもしれないけど、研究するような暇もない」
「事実です」
「『気』の性質を暴かれてはならないし、信用できる人物にしか製作を依頼できない。しかも、魔法と違って『気』は特殊な修練で身に付ける。魔道具のようにはいかない」
確かに、魔道具や魔装備は使い手を知らなければ効果的に作れない。
「君に作る義理がないのは承知で、俺の我が儘でお願いした。製作は無理だとしても、新暗器のアイデアだけでも浮かばないかな」
「荷が重いんですが…作ってみたい気持ちはあります」
「だったら…」
「というか、幾つか作ってます」
「は…?」
「ちょっと待ってて下さい」
離れに移動して取ってくる。
「結構…あるな」
「まず、鎖付きの分銅です」
掌に隠せる程度に細い鎖の先に、分銅が付いているだけのシンプルな暗器。
「『気』で操作できます」
空中で猫の尻尾のように動かしてみせる。
「振り回していても、急に角度を変えて叩きつけたり、止めたりも可能です」
振り回しながら実際に操作してみせた。
「巻き付ければ身体を拘束できますし、『気』で強化すれば、剣に絡んでも簡単には切れません」
「…ちょっと外で試してみていいかい?」
「もちろんです」
更地に移動した。操作には少しコツがいるので、簡単に伝える。サスケさんは直ぐに動かせるようになった。
「さすがです」
「術の操作には自信があるけど…それでも難しい。君のように動かすには、修練しないといけない」
「結構修練しました。暗部の方ならコツを掴めば直ぐだと思います。5本同時が今の限界です」
実際に動かしてみせる。
「…他のも教えてほしい」
次に見せたのは、付け爪のように指先に装着して『気』で硬化させる暗器。手袋の下に着けていれば違和感はない。
『気』の操作で鉤爪のように伸ばすことも可能。学んで作った柔らかい金属を使用してる。
「指先の動きを阻害しないから、細かく手を使える。いい発想だ」
「こんなのもあります」
「…指輪?」
「ただの指輪ではなく…」
右手の中指に嵌めて手を翳す。
「右手だけ……消えた」
「空蝉の効果です。続けて指輪に『気』を流すと…」
ボクの全身が消える。
「広範囲に遁術が発動します」
「凄いな…」
「発勁の出力を上げたりもできて、暗器というより魔道具に近いですね。次は…」
黒い布を差し出す。
「布…?」
「暗部の装束に質感を似せました。『気』を込めると…」
柔らかい布は凍らせたように硬くなる。
「棒状にして殴ったり、鋭利に変化させて斬ることも可能で、腕に巻けば斬撃も防げます。特殊な糸で編んでいて、もちろん顔にも巻けます」
実際に顔に巻いて暗部っぽい風貌になってみた。三角耳が飛び出た暗部なんていないだろうけど。
「ウォルト君は……職人になったほうがいいんじゃないか…?」
「とんでもない。カケヤさんのおかげなんです」
「先代の?」
「お茶を飲んだ機会に、暗器のアイデアを聞きました。こんなモノがあれば…と。触発されて作ってみただけで」
カケヤさんは、自身や部下の実体験を元に、より実戦的な暗器を考案した時期があったらしい。サスケさんの言葉通り、時間も余裕もなく、断念せざるを得なかったと。
「そもそも自己満足で作ったので、サスケさんに見てもらえただけで満足です」
「作り方を教えてもらうのは可能だろうか」
「工程が多いので、メモして渡しましょうか」
製法は頭に入っているので、さらさらと書き出した。
「……もの凄く細かい工程だね」
「ボクの場合は、『気』を流すことで効果を発動する魔道具を作っていると思ってもらえたら。普通の魔道具に比べると、工程が倍くらい増えます。腕のいい職人なら簡略化できるんでしょうけど」
「ちなみに、どのくらい製作期間がかかるんだい?」
「材料を揃えて、集中して作業すれば1日でできます」
「この内の1つが…?」
「いえ。今見せた全てが」
一度作ると、次はかなり早く作れる。頭と身体が覚えているから。
「『気』と魔力の融合や、両立について見識が広がれば、もっと効果的で複雑な仕様の暗器を作れると思いますし、作ってみたいですね」
「理想は高く、だね。部下に使わせてみたい暗器ばかりだ」
「持って帰りますか?試作品ですが、よければ差し上げます」
「いいのかい?」
「役に立ちそうなら、使ってもらえると嬉しいです。ボクが持っていても使わないので」
「ありがとう。お礼と言ってはなんだけど……」
サスケさんは腰袋から1冊の本を取り出した。紙は色褪せて、かなり年季が入ってる。10年や20年じゃなさそう。丁寧に受け取る。
「君が読みたがっているとシノさんから聞いたんだ」
「まさか……例の直筆版ではっ!?」
間違いないっ!暗部の歴史を綴ったボクの愛読書の直筆版だっ!こ、興奮が止まらないっ!
「貴重な資料だからあげられないけど、シノさんに許可はもらった。時間はまだあるし、目を通すだけでも…」
「い、いいんですかっ!?直ぐに読みますっ!この量なら10分かからないと思うのでっ!絶対に破いたり傷は付けませんっ!」
「…書いた先人も喜んでくれるよ……って聞いてないな」
なんて素晴らしい日だっ…!シノさん、ありがとうございますっ!!
★
王都に戻ったサスケは、直ぐにシノと面会した。詰所の一室に2人きり。
「今回の成果は…?」
「彼は、既に幾つかの試作品を作っていました。先代と話して、アイデアを具現化したと」
「ククッ…。先代に心配されるとは…」
「心配なんてする人じゃないでしょう。コレがもらった暗器です」
テーブルに並べる。
「…効果は?」
「見てください」
全ての暗器の扱いについてウォルト君に教わってきた。彼のようには到底扱えないけれど、基本的な操作はできる。
「面白い…」
「新型暗器の検証…という名目で部下に使わせてみようと思っています」
「量産は…?承諾したか…?」
「交渉していません」
「遠慮…」
「違います。彼は見事に操りましたが、俺達があの域に達することは困難です。実用性を検証して、使い易いよう改良を頼むつもりです」
「怠けるつもりか…」
「訓練と任務を並行しなければならない暗部では、偏ると危険なので」
「甘美な罠のよう…」
シノさんの言いたいことはわかる。
「彼の作った暗器は、上手く使ってみたい、腕を上げたいと思わせる代物で、刺激的すぎます」
「確かに使ってみたいと思わせる…。だが…暗器を扱うことが第一の目的になってはならない…」
「身体と術を磨けということですね」
「そうだ…。暗器はあくまで補助…」
シノさんは、どちらかというと暗器の使用について否定的。任務で最後にモノを言うのは己の肉体と知能だ、と部下に言い聞かせている。
けれど、有効だと認めているし、だからこそウォルト君への依頼も許可してくれた。シノさん自身、暗器の扱いも上手い。
つまり…。
「一旦預けます」
「いいだろう…」
気が済むまで使わせよう。有用性について自ら検証したいと考えている。
「彼は、譲ったことで新たな暗器を作るでしょう」
「ぬ…」
「挑戦を続け、常に進化する。そんな彼が暗部に入れば、もたらされるモノは多い。けれど…蜜は毒にもなります。長い年月をかけて作り上げてきた組織が揺らぎかねない。それでも気持ちは変わりませんか?」
「下らん質問だ…。停滞した組織は、やがて廃れる…。暗部もしかり…。変化を望みながら、できなかったと言える…」
組織を背負う者ゆえの、責任と危機感…か。
「彼は変化に必要な獣人ですか?」
「アイツは、意図せず周囲を変える…」
「同意しかありません」
彼には刺激されて仕方ない。シノさんに負けじと俺も相当鍛えている。
「魔法だけ修練していれば、静かに生きられたかもしれん…。だが、手を出しすぎだ…。目を付けられて当然…」
「確かに」
「シガネはどうしてる…?」
「2回ほど住み家に来たようです。手合わせと、食事をして帰ったと。知っていたんですか?」
「容易だ…。ククッ…。いい傾向…」
「彼の存在を、少しずつ暗部に浸透させるつもりですね」
嫌いなように見えて、シノさんは策士でもある。嫌らしい策を練らせたら天下一品。
「シノさん。お願いしたいことがあります」
「なんだ…?」
「俺と手合わせ願えませんか」
「……ククッ。いいだろう…。お前が下剋上とはな…」
「下から突き上げられたいんでしょう?退屈そうな顔をしてます」
「…ふん。行くぞ…」
シノさんの後を歩き、暗部の稽古場に向かう。背後から長の身体を観察した。
目に見えて筋肉が肥大している。線が細く、いかにも俊敏な体格だったのに、今はボバンさんにひけをとらないほど逞しい。
組手も10人程度相手にするのは当たり前。元々強かったのに、さらに圧倒的な強さを見せつけている。日々しごかれる部下はたまったものじゃない。
ウォルト君が度々フィアットを退け、外国の悪党共を次々屠っている事実が暗部の危機感を煽っていて、一段と精強になった。
彼を標的に入国してくる輩への対処も俺達の仕事。魔法薬の調合や、魔導師へ与えた影響など、カネルラへの貢献を差し引いても任務を増加させる厄介者と暗部に認識されている。
シノさんは、そんな現状すら暗部の強化に繋がると考えていて、カネルラを守護する部隊の長はぬるい平和を求めていない。
無言で歩く俺達の足音だけが微かに通路に響く。
「サスケ…」
シノさんは振り向かずに話しかけてきた。
「手加減なしだ…」
「望むところです。こちらからお断りします」
「ククッ…」
また歩を進める。
孤児だった俺と姉さんは、ある事件に巻き込まれた後に先代に拾ってもらった。正確には俺が姉さんに付いてきた形。
血気盛んで、いつ死んでもおかしくなかった姉さんが暗部を辞め、俺が残って副長になるなんて想像もできなかった。
死にたくなかったから暗部になったのに、死と隣り合わせの生活が辞めるまで続く矛盾。
この世はままならない。けれど、今では誇りだ。誰かのタメに命を張る暗部になってよかった。今を精一杯生きてる。
副長という立場から裏方に回って、最近では前線に出ることが少なくなった。矢面に立つ覚悟を鈍らせてはいけない。
長のシノさんはなおさら。よほどのことがなければ動けない。暗部最後の砦だからだ。
「シノさん」
「なんだ…」
「先代は凄い人でしたね。策を立て、指示を出して、自分も前線に立つ。陛下に引退を打診されていなければ、未だ現役だったんじゃないですか」
先代は、シノさんに輪をかけて厳しかった。自分にも他人にもだ。身体を壊したり、訓練に耐えきれずに辞めた者もいる。
早めに決断させる不器用な優しさだったのかもしれないが、弱者は暗部に相応しくないという強い意志を感じた。
「なにが言いたい…」
「生涯現役を貫くことは困難でも、俺も死ぬまで暗部らしくありたいと思います」
「言うだけなら誰でもできる…」
「言わなければ伝わらないので」
話していると稽古場に辿り着いた。今は誰も鍛錬していない。
「お前の覚悟を見せてもらおう…」
「胸を借りるつもりはありません」
「生意気な…」
「いきます」
副長だから暗部で二番目に強いってワケじゃない。俺より戦闘に優れた暗部は多くいる。参謀としての能力と、戦闘力を総合的に判断されて抜擢されただけ。
立場に胡座はかいてないつもり。鍛錬も欠かしてない。けれど停滞している実感がある。取り残される前に動かなければ、ウォルト君やシノさんと肩を並べられない。
ならば…無理をするだけだ。
「仕事は減らせん…。お前の友人とやらが、次々やらかす…」
「頭を使って時間を作るので、ご心配なく。意外に優しいんですね」
「ふざけたことを…」
『阿修羅』
先代の得意とした術を発現させる。密かに修練して身に付けた。
「面白い…」
「ハァッ!」
阿修羅を操作して仕掛けると、魔喰で消滅させられた。
「さすがですね」
「舐めているのか…?ぬっ…?!」
隠していた阿修羅の腕が地面から生えて、シノさんの両足を掴んだ。『泥濘』を発動させて地面に引きずり込む。
「猪口才なっ…!」
「くっ…!」
さっき渡したばかりの鎖分銅で攻撃してくる。身を躱した隙に脱出されてしまった。
けれど、確実に焦らせた。
「暗器を使いましたね。貴方は、誰より彼のことを認めている」
「黙れ…。多少は腕を上げているようだな…」
「鍛えているのはシノさんだけじゃないんですよ。甘く見すぎじゃないですか?」
「ククッ…」
全身から『気』が揺蕩っている。味方ながら怖い人だ。
「ふぅぅ…」
全力で挑む。そうそう手合わせ願えるワケじゃない。たとえ届かないとしても、この人に敵わないようではウォルト君に勝てない。
友人だと言うなら…彼を止められる男でありたい。




