733 青い春
「連れてきてくれて感謝します。亡くなる前に…この町でガレオは働いていたのね」
ウォルトは背負っていたシャルロッテをそっと地面に下ろした。
共にやって来たのトゥミエ。以前、不可抗力でシャルロッテさんの病を回復させ、お礼をもらったときに連れて行く約束を交わしていた。
目的は、ガレオさんの墓参り。
「はぁっ…!はぁっ…!」
「貴方達、鍛え方が足りないのではなくて?ウォルトは息1つ切らしていませんよ」
「大奥様…。無茶です…。速すぎて……付いていくのがやっとでした…」
かなりゆっくり駆けたつもりだけど、護衛の皆にとっては速かったか。帰りはもう少しペースを落とそう。
持ってきておいた回復薬を渡す。
「どうぞ」
「助かります…」
「ウォルト。ガレオが暮らした住居はどうなっているのかしら?」
「今は別の方が住んでます」
「遺品は残されていないの?」
「ガレオさんの家には、本を除くと最低限のモノしかなかったです。処分を頼んでいたのか、直ぐに片付けられていました」
「迷惑をかけることを好まなかったガレオらしいわ」
「家に行ってみますか?」
「まずはお墓を参りたいのだけれど」
「わかりました」
揃って墓地に向かう。シャルロッテさんは目立たない服装で来てくれたから、注目されずに済む。
「そういえば、パットとアミーがウォルトに会いたがっていますよ」
「嬉しいです。でも、ボクは会いに行けません」
「貴族の家に近寄りたくないのね?」
「その通りです」
「では、街で食事でもどうかしら?2人も喜ぶでしょう」
「食事くらいなら」
「決まりね。日程は追って伝えます。あの子達は、たった数時間の冒険ごっこでウォルトを仲間だと言っているのよ」
「そうですか」
パットとアミーがシャルロッテさんの孫とは思わなかった。お婆ちゃん想いで、可愛いボクの冒険仲間。本当は料理やお菓子でもてなしたいけど、森は危険だ。
「私が知り合いだと言ったら、とても喜んでいた。子供に好かれるようね」
「ボクが子供好きだからでしょうか」
「特に、貴方が見せた魔法のような現象を興奮しながら話してくれました。一生の思い出になりそうよ」
「手品みたいなモノですけど、喜んでくれたのならなによりです」
会話しながら墓地に辿り着いた。ガレオさんの墓に案内する。
「こちらです」
「……久しぶりね、ガレオ」
姿勢を低くして、祈りを捧げるシャルロッテさん。
「生きている内に会えたらよかったのだけれど、こうして居場所を知れただけでも嬉しく思います。貴方は…独りで寂しくなかったの…?」
ガレオさんは自分のことを話す人じゃなかった。結婚していたとか、恋人がいた記憶はない。ボクは毎日のように学問を習っていたけど、家に他人の気配を感じたことはなかったな。
「ウォルト。ガレオはいい先生でしたか?」
「ボクにとっては最高の先生です。最初は勉学を押しつけてくる嫌な人間だと思っていましたが」
「ふふっ。人付き合いや子供の扱いが下手。そこもガレオらしい」
「いつも淡々としていて、思考が読めませんでした。でも、種族関係なくいつも平等でしたね」
全て大人になってから気付いたこと。生前のガレオさんに感謝を伝えられなかったのは、ボクの中で大きな後悔の1つ。
習っているときは面倒くさい奴だと思っていた。けれど、教わったことが今のボクを形成している。本当に感謝しかない。
「ガレオはなぜこの町に来たのでしょう?私達の住んでいた町は、カネルラでも北部だった。正反対の南部まで来る必要があったのかしら」
「いろいろな街で学問を教えていたことだけ知っています。各地を転々として、ボクが最後の教え子になりました」
「そんなウォルトが、夫や孫、私自身も救ってくれた。縁を感じざるを得ません」
「完全にたまたまですけど」
「ロマンチックが足りませんわよっ!!」
「そ、そうですか…」
都合よく解釈されているような気がしなくもない…。でも、あの世でガレオさんが望んでいるとしたら、少しでも恩返しになるかな。
「ガレオ。私は、優しい夫と子供や孫、沢山の家族に囲まれて幸せに過ごしています。貴方は喜んでくれるかしら」
…不思議な匂いだ。シャルロッテさんが放つのは、嬉しさと悲しみを混ぜたような複雑な匂い。初めて嗅ぐ。
「シャルロッテさん。訊いてもいいですか?」
「なにかしら?」
「ガレオさんと恋仲だったのは知っていますが、別れなければよかったと後悔していますか?」
「難しいことをハッキリ訊くのね。答えは『いいえ』です」
どういう感情なのかわからないから訊いてみた。後悔しているワケじゃないみたいだ。
「なぜなのか気になるのね?」
「いえ。まった…」
「えぇ、そうでしょう!気になるでしょうねっ!理由を教えて差し上げます!」
「あの、大丈夫なん…」
「私はガレオと共にいたとしても、幸せになっていません!彼とは価値観が違いすぎた!だから、別れたことは後悔してないけれど、甘くほろ苦い思い出は大切なのです!わかりますかっ?!」
「そ、そうなんでしょうね…」
「私は若く青かった…。可憐で無垢な少女の青春を彩った1人の男性を…想う日が1日くらいあってもいいと思わないかしら!?長い人生ですものっ!」
「思い…ます。はい」
「であるのに、息子に至っては私の不義を疑う始末…。男性は嫉妬深く……美化という言葉を知りません!!」
不義ってなんのことだろう?ガレオさんは亡くなっているのに。
「ウォルトもいつかわかる日が来ます。毎日のように思い出すことはなくとも、ふとした瞬間に記憶が呼び覚まされる。そして、淡い過去の匂いと共に、わずかに過去へと旅をするだけ」
…う~ん。難解な詩のようだ。魔導書の内容より難しいことを言われている。今こそガレオさんに訳してほしい。
「人を愛することで人生は豊かになる。添い遂げても、失敗してもいい。なにかしらの実りがある」
「……深いですね」
「ウォルト!適当に誤魔化していますねっ!?私の言葉が深いワケないでしょう!」
説教が始まった…。どうやら言葉の選択を間違ったみたいだ。護衛の皆さんも苦笑い。正座させられないだけマシか。
シャルロッテさんの主張は5分近く続いた。
「ボクは色恋に疎いので、いまいちピンときません。なので訊きます。今の貴女は、ガレオ先生にどんな感情を抱いてるんですか?」
「いい質問です!」
よかった。
「ココに残っているの」
トントンと自分の心臓を指差す。
「ガレオは亡くなってしまった。けれど、私やウォルトの心に生きています。いつでも生前を思い出せる」
「はい」
「もう話すこともできない。匂いも感じない。でも、確かにいた。今では好意も薄れ、他人だったんじゃないかと思うことすらあるけれど、紛れもなく私の記憶です。人は辛かった出来事を忘れることで前を向くと言われながら、実際には忘れない。奥底にしまっているだけ。辛い思い出ほど忘れられない」
「そうですね」
「ガレオとの別れは辛かった。彼を愛していたから。けれど、今では正しかったと思える。ただし、私の一方的な意見であって、答え合わせはできないから未練がある。今の私が抱く感情はそれだけ。生前に気持ちを伝えられなかったことを悔いています」
「別々の道を歩んだのだから、仕方ないことですよね」
「えぇ。私の我が儘よ。ウォルトに出会わなければ悔いてなどいなかったでしょう。けれど、演劇を観覧したり、ガレオの話を聞いている内に思い出が溢れました。記憶の蓋が開いて、でも嫌ではない。閉じ込めていた感情が開放された。けれど、歳を取り上手く制御する術を覚えてしまっている。激しく笑ったり泣いたりしません。あるいは鈍くなってしまったのでしょう」
「自分が変わってしまったことが悲しいですか?」
「そうかもしれないわ。ロマンチックと言っておきながら、冷静で現実的に振る舞える自分がいます」
悲しみの匂いはその部分だろうか。ボクにはわからない。
「薄情者ね」
「誰がですか?」
「もちろん私よ。思い出すことなく幸せに暮らしていて、亡くなった今になって会いに来ている。「調子がいいな」とガレオは笑うでしょう」
「ガレオさんはちょっと変わったお爺さんでしたが、人の心を嘲笑うような人ではありません。静かに耳を傾けたはずです」
勉強したくなかったから、不満をぶつけたことも多々ある。なのに黙って聞いてくれた。屁理屈で諭されたことはあっても、怒られたことはない。
「きっと、貴方は自慢の教え子だったのね」
「褒めてもらえるような教え子じゃないです。1年近く学んで、10年以上経っても変わってません」
「学んだ知識が役に立っているのなら、いい教え子よ。先生は、教えた知識を使うことを望みます。であれば教えた甲斐があるの」
「だといいんですが」
「さて、私の用は済みました。帰りましょう」
「わかりました」
今日はトゥミエに来ることを両親にも伝えてない。このまま帰ろうか。
「帰る前に…」
護衛の人から袋を受け取ったシャルロッテさんは、中から硝子瓶を取り出す。小さな2つのグラスに中身を注いで、1つを墓前に置いた。お酒の香りが漂う。
「久しぶりにお酒を飲みます。亡くなる前は、好きなように飲めなかったのが心残りだったのではなくて?」
語りかけたシャルロッテさんは、くっと飲み干した。ガレオさんはお酒を嗜んでいたのか。知らなかったな。
「…よくこんなモノが飲めるわ。でも、貴方はいい顔をしていた…」
お酒の残りをゆっくり墓にかけていく。
「グラスを置いたままだと迷惑かしら?」
「盗られても構わないならどうぞ。次に来たとき片付けておきます」
「お願いしますね。では、行きましょう」
「帰る前に、ほんの少しだけ時間を下さい」
「どうしたの?」
「見てもらいたいモノがありまして」
実家に向かうことにする。
「アンタは~!帰ってくるなら前もって言いなさいよ!連絡取れるんだから!」
「ゴメン。今日は…」
玄関で出迎えてくれた母さんに、ガレオさんの墓参りに来ただけだと説明する。
「ふ~ん。ガレオの元恋人ねぇ~。やることはやってたってことか」
「言い方」
「堅物のイメージしかないでしょうよ。面白いこと1つも言わなかったし」
「そんなことない。捻りの利いた冗句を言ってた」
「はいはい。とりあえず、なに?」
「一緒に来た人に、見せたいモノがあるんだ。入るよ」
目当てのモノを部屋から取ってくる。
「帰ったら、さーちゃん達によろしく言っといて。いつも話してるけど、今度こそフクーベに遊びに行くって」
「わかった」
その日は騒がしくなりそうだ。父さんも一緒に来れるといいけど。
外に出て、シャルロッテさんに手渡す。
「お待たせしました」
「コレは……懐かしい」
持ってきたのはガレオさんからもらった一冊の本。シャルロッテさんの処女作であり、唯一の執筆作品。
「手垢が年季を感じさせる…。今見ても安っぽい装丁で……。ふふっ…」
「遺品ではありませんが、ガレオさんの持ち物でした」
優しい目でパラパラと頁を捲っている。
「頂いて…いいのかしら」
「ダメです」
「え?」
「ガレオさんがくれた思い出の本なので、ダメです」
「私に渡す流れじゃなかったかしらっ?!なぜ見せてくれたのっ?!」
「懐かしいかなって。その代わりといってはなんですが…」
もう1冊手渡す。
「…この本は?」
「半信半疑なんですが、おそらくガレオさんの著書です」
「ガレオが本をっ?!本当にっ?!著者名は………バフルール…」
「シャルロッテさんと知り合って気付いたんですが、この本の内容は『影、立ち昇る』の後日談や続編と解釈することができます。言い回しにもガレオさんらしさが垣間見えて、是非読んだ感想を聞きたいです」
見当違いの可能性もあるけど、そう考えたら不思議と辻褄が合う。装丁も似ている気がして。
「じっくり読ませてもらうわ。ウォルト、感謝します」
「ボクの勘違いである可能性も否めないんですが」
「構わないわ。この本は、頂いていいのかしら?」
「ダメです」
「冷たいですわよ!」
「そんなこと言われても…。ゆっくり読んでください。直ぐに返せとは言いません」
「仕方ありませんね。それにしても、バフルール…」
「実は作者を知っているとか?」
「なんでもない…。私達は互いに若かった……ということかもしれない」
呟いたシャルロッテさんの言葉の意味はわからなかった。
その後、フクーベに送り届け、後日シャルロッテさんが本を返却に訪れた。内容に思うところがあったみたいで、ちょっとの不満を吐き出しながらも爽やかな匂いを漂わせていた。
師匠の文献で調べたところ、バフルールという言葉には道化師という意味があるらしい。
そして、ハーレクインにも。




