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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
732/742

732 寒い異国の地から

 ある日のこと。


 ウォルトが住み家でせっせと農作業に勤しんでいると、不穏な気配を感じた。


 即座に結界を展開すると、森の獣や魔物が移動している。どうやら同じ地点を目指しているようだ。

 気になるからボクも移動しよう。魔物達の目指す先には…誰かがいる。


 駆けて目的地に辿り着くと、男が魔物と戦闘を繰り広げていた。ボクも一度だけ会ったことがある人物だ。


「……来てくれたか」


 男はボクの存在に気付いた。素晴らしい察知能力。


「魔物を呼び寄せた目的はわかりかねますが、手伝いましょうか?」

「そうしてくれるとっ…助かるっ!」


『針鼠』


 魔法で辺り一帯の魔物を串刺しにする。しばらく威嚇しながら散っていった。


「凄まじいな…。一撃とは」

「お久しぶりです、グレゴリーさん」

「久しぶりだな、サバト。いや、テムズか」


 遠目で視認した瞬間にテムズさんに変装した。この男は、アヴェステノウルの始末屋グレゴリー。娘であるソフィアの足を治さんと、視力を失いながらサバトに会いに来た。


「ソフィアは元気ですか?」

「元気だ。腕白で困っている」

「よかったです。ボクになにか用ですか?」

「呼び出してすまない。住み家を知らないから、魔物を呼ぶ魔道具を使った。森の異変に気付いたら来るだろうという予想で」

「想像通りでしたね」

「伝えたいことがある。アヴェステノウルから刺客が送り込まれるだろう」

「刺客?ボクにですか?」

「あぁ。以前、情報屋が来なかったか?神経を逆撫でするようなことばかり口走る、狐目の男が」

「来ました」

「頭がおかしくなって帰国したが、裏社会に始末された。ソイツのバカ親がサバトに復讐を企ている」


 グレゴリーさん曰く、息子の仇を討とうとサバトを狙っている。カネルラで調査した結果、サバトを追っていたことが判明し、頭がおかしくなったのはサバトの仕業だと断定したらしい。


「落ちぶれた権力者だったが、思いのほかしぶとく生き残ろうとしている。執念でまた力を付け始めてしまった」

「なるほど。グレゴリーさんは、カネルラに何用で?」

「この件を伝えに来た。攻められることを知っているのといないのでは大きく違う」

「…わざわざ来てくれたんですか」

「ソフィアを救ってくれた恩は、死ぬまで忘れない。俺にできることで恩を返す」


 治療は好きでやったこと。恩に感じる必要なんてないのに、律儀な人だ。素直に有り難い。


「人手が必要なら手伝うぞ」

「大丈夫です。グレゴリーさんになにか起これば、ソフィアが泣いてしまうでしょう。そんな姿を想像したくないので。国に置いてきたんですか?」

「カネルラに連れてきた。今はフクーベの宿にいる。前に泊まった宿だ」

「ボクを狙う輩がグレゴリーさんの行動に勘付いている可能性は?」

「ある」

「早めに戻られた方がいいです」


 弱みにつけ込むのは常套手段。ボクは何百回と脅されてきた。両親に危害を加えると言われ、為されるがまま殴られたことも数知れず。


「来るのはタチの悪い奴らだ。始末屋共は、集団で動くはず」

「情報ありがとうございます」

「本当に手助けは必要ないのか?」

「策を練ってみようかと。思い過ごしで終わるのがいいですけど」

「信用できる筋からの情報で、今日か明日には入国する」


「いつでも加勢する」と言い残してグレゴリーさんは去った。ボクも一旦住み家に戻り対策を練る。


 悠長に構えてられないな。厄介な奴らが入国するなら、念のためリスティアにも伝えておくか。いつも迷惑ばかりかけて申し訳ない。


 ……待てよ。

 

 


 少し時間を置いてフクーベに向かい、グレゴリーさん達が泊まっている宿を訪ねた。

 

「テムズ~~!あいたかった!!」

「久しぶりだね、ソフィア。元気だったかい?」


 抱きついてきたソフィアを優しく受け止める。


「げんきだよっ!!みてっ!たってあるけるの!」

「本当だ。足は痛くない?」

「いたくない!アヴェスで、まいにちとうちゃんとやさいつくってるんだよ!」

「そっか。ソフィアは頑張り屋さんだね」

「えへへ!さむいけど、たのしいよ!」


 親子2人の生活を嬉しそうに話してくれて、こっちまで嬉しくなってしまう。


「テムズ。外で話すか。ソフィア、ちょっと部屋の中で待ってろ」

「いやだ!」

「直ぐに戻る。話が終わったら好きにしていい」

「うぅ~!はやくして!」

「うるさいな」


 宿の外まで移動する。


「どうした?加勢が必要か?」

「いえ。奴らがどこから入国するか予想できませんか?」

「どこから…?まさか…出向こうってのか?」

「ボクのせいでカネルラ国民に被害が出るのは避けたいので。こっちから行こうかと」

 

 前にサバト目的で入国し、森に着くまでにカネルラ国民に絡んだふざけた奴をカケヤさんと共に屠ったことがある。必ず来るとわかっているなら、入国される前に待ち受けることで未然に防げる。

 リスティアに伝えたら暗部や衛兵を動かすかもしれない。無駄な仕事を増やしてしまうのは本意じゃない。でも、一応説明して伝える。


「かなり遠いぞ」

「コレはカネルラの地図です。予想で構いません。どの辺りから来そうかだけでも掴みたくて」

「カネルラは入国が簡単なことで有名だ。間違いなく堂々と入国してくる。この街道を使ってな」


 グレゴリーさんは地図上の大きな街道を指差した。


「わかりました。助かります」

「本気で迎え撃つ気なんだな」

「向こうも話が早いのは嫌ではないでしょう」

「俺達も行く」

「ソフィアとカネルラ観光を楽しんで下さい。いい国です」

「…暢気なことを言ってる場合か」

「気持ちは有り難いんですが、輩にグレゴリーさんがボクと繋がってると知られたくない。ソフィアの安全のタメに」

「む…」

「始末屋をやめたんじゃないですか」

「なぜわかる?」

「身に纏う血の匂いが薄まっているので。他国まで足を運び、伝えてくれたことに感謝しています。危険に首を突っ込む必要はありません」


 ボクは柄にもなく感動したんだ。感動って言葉が正しいのかわからないけれど、簡単な治療をしただけなのに、遠い他国で気にかけてくれた人がいたことに。


 迷惑をかけたくない。


「力になれそうにないな」

「派遣されそうな始末屋の情報だけ知りたいんですが」

「知る限り教えよう」


 グレゴリーさんは容姿や特徴、操る武器などの有益な情報をくれる。


「奴の伝手だと、予想できるのはこんなところか。的外れの可能性もある」

「充分です。あと、帰る前にソフィアと遊んでいいですか?」

「頼んでもいいか」


 苦笑いのグレゴリーさんと部屋に戻り、ソフィアに魔法を見てもらうと、目を輝かせて褒めてくれる。

 ボクの魔法で楽しんでもらった後は、「あと10年だね!けっこんするのたのしみ~!」と激しく求婚されて嬉し恥ずかし。


「よし。行こう」


 癒されたボクは、2人に別れを告げて北へと向かった。



 ★



 元始末屋のグレゴリーは、ソフィアと寄り道しながら帰国の途についた。今は馬車に揺られている。


 ソフィアは俺の膝に載って夢の中。時折サバトの身を案じながらも、余計な心配だと思えた。アイツは間違いなく化け物で、群がる魔物を一瞬で屠る魔導師。

 並の始末屋では、秒どころか一瞬で命を絶たれる。だが、搦め手も得意とする集団を相手に、お人好しな性格で対抗できるか。

 アヴェステノウルは魔道具製作において周辺国でも最先端を行く。ディートベルクとは異なり、悪党が陰謀や暗躍に使用する目的で魔道具を発展させてきた。対魔法戦に有効な無効化装備も入手しやすく、強大な魔法だけでは脅威にならない。

 だが、サバトは打破するだろう。反応からして、そういった手合いも数多く相手にしている。アイツが身に纏う肌を突き刺すような感覚の正体は、おそらく恐怖。


 生きたいなら、敵に回すのは避けなければならない。


「冷えてきたな…」


 温暖なカネルラとは対照的に、1年のほとんどが寒冷なアヴェステノウル。肌を刺す寒さは人心すら冷やす。山を幾つか隔てるだけでこの差は不公平に感じてしまうが、嘆くようなことでもない。


 乗り継ぎながら馬車に揺られること十数時間。家の麓にある町に辿り着いた。


「ソフィア。起きろ。着いたぞ」

「……うん。さむい…」

「仕方ないな」


 バッグから布を取り出して、マントのようにソフィアの身体に巻き付ける。


「あったかぁ~い。ふしぎ~」

「テムズの手作りだ。感謝しろ」

「やっぱり!すぐわかった!」


 アヴェステノウルはかなり寒いと聞いたので…と、わざわざ宿に持参してくれた。温かさを保つ魔力糸で編み上げた布らしい。成長してもしばらく使えるな。お揃いで俺の分もくれるという気の利きよう。


 町から歩くこと数十分。林の中にひっそり建つ俺達の家が見えてきた。


「グレゴリー」


 家に入ろうとして呼ばれた声には聞き覚えがある。


「この声は…ゲイルマンか…。なにか用か?」

「どこへ行っていた?」

「答える必要はない」


 護衛は3人…。できるな…。


「ソフィア。俺は話をする。先に家に入っておけ。外には出てくるな」

「わかった!」 


 さて、ゆっくり話すか。


「盲目の分際で、親子水入らずの旅とはいい身分だな」

「余計なお世話だ」

「くくっ。ペイトンはもう旅行などできないというのに」

「死人に口も足もない。生きている内にお前が連れて行けばよかった。今さら父親ぶってなにが変わる」

「相変わらず減らず口を…」

「もう一度だけ訊く。俺になにか用か?」

「貴様はカネルラに行っていたな?目的は…サバトに会うタメだろう」

「的外れだ」

「どこまでもとぼけよる。貴様の目は見えているんだろう?サバトの治療を受けて」

「想像力豊かで羨ましい」

「カネルラは、最近になって偏光症の特効薬を作り出した。竜殺しが出現して間もなくのこと。エルフ魔法が必要だと聞く」


 アイツなら作れるだろう。あながち的外れじゃない。


「…で、なにが言いたい」

「貴様はサバトと懇意で、ペイトンの死に関わっている。許されんぞ」

「知るか。逆恨みも甚だしい。素直に始末しに来たと言え。回りくどい奴だ」

 

 始末屋を引退して腕が鈍っている。3人同時に相手するのは厳しいが、やるしかない。相討ちになろうと…意地でも殺しきってやる。ソフィアに手は出させない。


 …と、急に護衛共が崩れ落ちた。


「なんだっ?!グレゴリー…貴様なにをしたっ!?」

「なんの話だ?」

「とぼけるなっ!」

 

 本当に俺はなにもしてない。


「騒がしいだけの男か」


 声がして、顔を向けるとサバトが姿を現した。


「なんだ貴様は…?どこから現れたっ?!」

「めでたいな。復讐する相手を忘れたか?」

「…もしやサバトかっ!?」

「そうだ」


 サバトがにじり寄る。


「くっ…!2対1とは卑怯なっ!!」


 どの口がほざいている。小物感が拭えない台詞。


 サバトは一瞬でゲイルマンとの距離を詰めた。かなり速い。


「ぐぁっ…!なにをするっ…!?」

「お前の下僕曰く、よく効くらしいぞ」


 背後から捕まえて腕に注射器の針を打ち込んだ。…と、ゲイルマンは白目を剝いて前のめりに倒れる。息があるということは麻痺薬か。陸に上がった魚のように痙攣している。


「サバト。俺達を尾行してきたのか?」


 全く気付かなかった。俺の感覚が鈍ったのか、それともサバトの隠密行動が並外れているのか。


「先に入国していて、最後の馬車の乗り継ぎ所から後を追わせてもらいました。コイツらがグレゴリーさんを待ち伏せしていると訊いたので」

「刺客が喋ったんだな」

「えぇ。7人いました」


 つらつらと名を挙げる。知らない名もあるが、ほぼ予想通り。生きてはいまい。


「事前情報のおかげで助かりました」

「役に立ったのならよかった。寒い長旅をさせてしまったな」

「元凶を排除したかったので、仕方ありません。この国の寒さは、本当に厳しいですね。コイツらを連れて行きますが、いいですか?」

「今すぐトドメを刺したほうがいい」


 テムズは苦笑い。


「万が一にもソフィアに見られたくないので。子供は知らなくていいことがあります」

「あぁ…。そうだな…」


 俺よりサバトの方がまともだ。心に余裕がある。軽々と4人を肩に担いだ。


「では。また機会があれば」

「あぁ。またな」




 数日後。


 町に下りたついでに、少々寄り道することにした。裏路地にある寂れた木造一軒家は、昔馴染みの情報屋のアジト。


 決まったリズムでドアをノックすると顔を出す。


「…どうした?随分と久しぶりだな、グレゴリー。引退したんじゃなかったのか」

「目的は仕事の話じゃないが、始末屋の引退なんてあってないようモノだ。過去からは一生逃げられやしない」

「違いない。目が見えないのに難儀だな」

「そんなことより訊きたいことがある。ゲイルマンの近況について情報はあるか?」

「…お前、まさか1枚噛んでるのか…?」

「なにも知らない」


 金の入った袋を差し出すと、情報屋は受け取って中を見た。


「入れよ」


 家に入ってドアを閉める。


「お前が知りたいことかわからないけど、ゲイルマンはイカレちまったぜ」

「どういう意味だ?」

「現在地はモスカの牢屋。街の通りで暴れて取り押さえられた。明らかに異常な雰囲気で「痛い!」って喚き続けてたってよ」

「痛いなら牢より病院だろ」

「調べたら、違法なヤクをやってた。睡眠薬やら麻痺薬を適当に混ぜた粗悪なヤツを。一緒にいた護衛も同じ症状だ。まともな身体にゃ戻れないし、解毒できなきゃ長くないって噂だ」

「そうか」

「御丁寧にヤクを持ってたんだとさ。結局ヤク中の仲間割れってことで片付いたらしいが、話がおかしすぎる。痛めつけるにしても、えげつないやり方だ」

「仲間割れと判断した奴も、陥れようって魂胆か。ゲイルマンはヤク中で暴れてただけだろ?」

「そういうこった。蹴落とされて席が空けば、直ぐに次の奴が座る。日常茶飯事すぎて欠伸しか出ない」


 サバトは奴らが持ってた薬を適当に混ぜて打ち込んだのか。それとも効果をわかっててやったのか。なんにせよ苦痛を与えるつもりだったことは確か。


「しかも、それだけじゃない」

「なに…?」

「ゲイルマンの屋敷が破壊された。粉砕されて、瓦礫の山に早変わりだってよ」

「大砲を撃ち込んでも壊せないって噂だったが」

「偉っそうに自慢してた屋敷が木っ端微塵だ。金目のモノが外にぶちまけられて、拾おうと群がった奴らでお祭り騒ぎ。ほとんど持ち逃げされたってよ。ははははっ!」


 魔法だな。サバトならやれるだろう。


「不思議なことに死んだ奴はいない。屋敷の中にいた奴は全員外に出てた。訪ねてきた妙な男が変な魔法を仕掛けたらしい」

「変な魔法?」

「男は掌サイズの球体を浮かべた。で、使用人共に死にたくなければ逃げるよう宣告して、球体は膨らんでいき最後に破裂。でっかい竜巻が吹き荒れた」


 遅効性で炸裂する魔法…?考えるだけ無駄か。


「貧民に金を与えようって善人の仕業かもなぁ」

「無作為に金をばら撒く奴は、後先考えてない。家をぶち壊すような奴が善人なら、世も末だ」

「悪が悪を喰って、大きな権力を手に入れるのがアヴェスの常識だが、今回はやり口が面倒くさすぎる。まぁ、暇つぶしになる程度の話題で、知ってるのはコレくらいだ。満足か?」

「充分だ」


 随分とやらかして帰ったな。勘付く奴もいるだろう。ゲイルマンがサバトに刺客を送ったことが俺の耳に入ったくらいだ。

 知っている奴はこの件に関係していることを容易に連想できる。死神に絡む気なら相応の覚悟がいるがな。

 

「グレゴリー。静かに暮らすつもりなら、厄介事に関わらないことを勧めるぜ」

「言われなくてもわかってる」

「過去から逃げられなくても逃げ続けろ。ガキが育つまで生きたきゃな。中途半端が1番よくない。昔馴染みからの有り難い忠告だ」

「…ふっ」

「はははっ。またな」


 外に出ると、首から上の体温が一気に奪われる。サバトからもらった布を首まで巻き直した。


 つくづく暮らしにくい国だ。

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