731 サバト
「うぉぉらぁぁっ!!」
「がぁぁぁっ!!」
タオの土俵上に響く女性の声。
「凄いなっ!アイヤとタメ張ってるぞ!」
「細いのにとんでもない娘っ子だ!」
本日、ウォルトは4姉妹と一緒にタオにやってきた。
そして、いつもの如く土俵にいたアイヤばあちゃんと相撲をとる流れになり、真っ先にサマラが対戦中で互いに退かない好勝負を繰り広げてる。
今回は服が破れないよう魔法で事前に保護してあるから、その点は安心。ばあちゃんが相撲で手を抜くことは絶対にないことを知ってるタオの人達は、サマラの力強さに驚いて大熱狂。
果たして今回は決着するのか。
「お前の女は、ちっこいくせにとんでもねぇな」
「サマラは幼馴染みですよ」
ボクの隣で観戦してるアルクスさんも若干呆れ顔。サマラは力が強そうには見えない。ボクがどんな人物相手でも油断しないのは、そんなサマラのおかげでもある。初対面では普通の女の子だと思ったのに、のちに驚かされた。
「ふぅぅっ…!うらぁっ!!」
「んがぁぁっ!!」
土俵の中央でがっぷり四つに組んでいる2人は、互いに投げを打って見事に顔から落ちた。
「はぁっ…!はぁっ…!」
「はぁっ…!どっちだい!?」
駆け寄って2人の擦り傷を魔法で治療する。
「ウォルト!どっちが勝った?!私でしょ!?」
「同時だった」
「マジかぁ~!」
「ウォルト!ひいきするんじゃないよ!」
「どっちにもしてない。本当に同時だった」
顔面から落ちるとわかっていながら、守ろうとすらしない。2人の負けず嫌いは筋金入り。手に汗握る好勝負だった。
「サマラ。もう一丁やるか」
「やりたいけど、妹達がうずうずしてるから譲ろうかな!」
ウイカ、アニカ、チャチャもやる気満々。ずっと身体を動かしてる。
「はははっ!アンタらは面白すぎるんだよっ!次、さっさとかかってきなっ!」
上から順番に立ち向かう4姉妹。
「面白ぇ女共だ。絶対勝てそうにねぇってのに」
「負けることを恐れてませんから」
「アイツはそういうバカが好きだ。気に入られるぜ」
サマラ以外は力でばあちゃんに劣る。でも、魔法だったり持てる武器を使って挑む姿は見ていて心を打つ。
結局ばあちゃんが圧倒して相撲は終了。今回はボクの出番はなし。
「アンタ達もちっとは強くなった!けどまだまだだよ!今のところ、相手になるのはサマラだけだねぇ!」
「悔しいっ…」
「アイヤさん、強すぎるっ…!」
「次は絶対勝ちますけどっ!」
「ははっ!楽しみにしとくよ!」
4人で挑めば、ばあちゃんを疲れさせることはできる。でも、正々堂々打ち破りたい皆は、ボクが魔法で体力を回復させた後に挑む。
倒すのはなかなか難しいだろうなぁ。最近のばあちゃんは、昔より強い気がする。でも、皆が勝てないとは思わない。
「今日はどうしたんだい?」
「薬の補充と、皆の身体を診ようと思って来たんだ」
「ありがとさん。どいつもこいつも、元気に見えてガタが来てる。元からジジババだからな。アンタにゃ世話かけるねぇ」
「好きでやってる。ウイカやアニカに治癒魔法を教えてあげられるから、協力してもらってる立場だよ」
「そうかい。いくらでもやりな。文句は言わせないよ」
とりあえず、ボクとウイカとアニカは村人達の診察と治療。サマラとチャチャは、力仕事をやってくれるらしい。
「チャチャ!こんなのでどうよ?」
「全然ダメですって」
「なんでよ?」
「板を真っ直ぐ打ちつけてないじゃないですか。隙間から雨漏りしちゃいますよ。金槌貸して下さい」
「あいよ!」
器用なチャチャと力持ちのサマラ。身軽だから屋根とか高所すら難なく上がって修理中。
「お前さん達は、美人だのう」
「死んだ婆さんの若い頃にそっくりじゃ」
「はぁ…。腰の痛みが消える。いい気分じゃぞ…」
「皆さん働き者ですね」
「年季を感じます!」
「かっかっ!まだまだ若い者には負けんぞっ!」
ウイカとアニカは村の男性陣を癒してる。治癒院で磨いた腕は伊達じゃない。見ていてボクも勉強になることは多い。
「ウォルト。アンタはどの子が本命なんだい?」
「皆いい子じゃないか」
女性陣はボクの治療を受けてくれて、興味があるのか4姉妹について訊かれる。
「アンタはいい男だけど、フラフラしてたら他の男に取られるぞ」
「ちゃ~んと決めなきゃダメだよ。いつまでも待っててくれると思ったら大間違いだからねぇ」
助言をされてもピンとこないのは、恋愛の経験がないからか、それともボクの理解力が足りないのか。どっちも当てはまる。
「ウォルト。アンタら、飯にしたらどうだい。ちょっとは休みな」
ばあちゃんが呼びに来てくれた。キリのいいところだったから、勢揃いでばあちゃんの家に向かうことに。
ゆっくり歩きながらサマラが口を開いた。
「私、力で勝てなかった女って、お母さんとアイヤさんだけだよ。実は結構ショック」
「そうかい。もっと鍛えな」
「鍛えても筋肉が太くならないんだよね~。それでもやってみるかぁ。ウォルトは、私がお母さんみたいに筋肉キレッキレでも好き?」
「……そうだね」
「変な間があった!ムキムキは嫌いなんだ!」
「嫌いじゃないけど、どちらかと言えば今のままがいいかな」
「じゃそうする!」
「はぁ~。あたしゃガッカリだ。悪かったねぇ、ムキムキで」
「気にしてないって。ばあちゃんは好きだよ」
「やっぱり!理由はわかってますよ~!アイヤさんも巨…」
「アニカ!それ以上は言っちゃダメだっ!」
言わせてなるものかっ…!ばあちゃんに知られるのは、なんとなく嫌だっ!
「なんだい。アンタもデカい胸が好きなのか。血は争えないねぇ」
なっ…!?察しがよすぎるっ…!
「ってことは、サバトさんもだったんですね~!」
「あぁ。チラチラ見てきたもんさ。番なんだから堂々と見りゃいいのに、なんでかコソコソ見てくる」
……じいちゃん。ゴメン…。
「どこがいいんだかわかりゃしない。まぁ、サバトに見られるのは嫌じゃなかったさ。アンタらもそうだろ?」
「私は、ウォルト以外が見てくるとぶん殴りたくなる」
「凝視されたら気持ち悪いですね」
「私は、見てきたらにらみ返します!見せたいのは1人だけなんで!」
「この間、お風呂を覗かれて矢を射ったけど逃げられました。…思い出したら腹立つ!次は目を撃ち抜く!」
「減るもんじゃないってのに、なんで腹が立つのかねぇ」
「女なら、理屈じゃないっしょ!」
意味もなく格好いいな…。
「ねぇ、アイヤさん。サバトさんもウォルトみたいにモテたの?」
「いいや。サバトはウォルトみたいに物知りじゃなかった。喋るのも苦手だ」
「でもウォルトと似てるんだよね?」
「似てる。ウォルトを黙らせたらほぼサバトだ。毛皮の色なんかは違うけどねぇ」
「ボクはおしゃべりなつもりはないけど」
「アンタはサバトが喋ってたのを覚えてるかい?」
「よく覚えてる。口数が少なかったから特に。父さんよりは喋るけど」
「ストレイはサバトに輪をかけて喋らない。アンタが2人分喋りな」
……ボクの分は?
「サバトさんが魔法使いになったウォルトを見たら、なんて言うと思う?」
「「面白い」かねぇ。細かいことは気にしないよ」
「アイヤさんとサバトさんって、どうやって知り合ったの?」
「アタシが殴り込みに行ったらサバトがいたのさ」
「全然わかんないって!もっと詳しく教えてよ!」
馴れ初めなんてどうでもいいと思っていたけど、ボクもさすがに気になった。
「若い頃の話だ。知り合いが隣町の男に遊ばれたもんで、ぶっ殺しに行ったら仲間が何人かいて、その中にサバトがいたのさ」
「サバトさんも悪さしたってこと?」
「違う。ソイツの代わりにわざわざ殴られに来たんだ」
「意味わかんない。アイヤさんはどうしたの?」
「殴ったさ。いた奴は全員な。けど、サバトだけは一切手を出してこなかった」
「アイヤさんには敵わないって思ったんじゃない?」
「どうかねぇ。何回殴っても立ってくるから気持ち悪かった。「気が済むまで殴っていい。全員倒れたら、アイツも殴っていい」って言い出してねぇ」
「なおさら意味わかんないけど」
「アタシの気が済むようにしてくれ、って言ったつもりだとさ。自分達で足りなきゃ本人を殴れってね。なんのタメに来たのかわかりゃしない」
「あははっ!確かに!」
ボクは気持ちがわかる。じいちゃんは、ばあちゃんの気が済むようにしてほしかっただけだ。自分達に非があることを認めていて、ばあちゃんを殴りたくない。だから殴られるけど、それでも足りないならもっとやれってだけ。
「結局どうしたの?」
「当然ソイツもぶん殴った。庇う仲間を置いて逃げようとしやがったから、余計に腹が立って半殺しにしてやったよ。一応サバトにとっちゃ友達だったらしい」
「聞いた感じだと、最悪の出会いじゃん」
「最初は格好つけた変な猫だと思ったもんさ。ただ、なんでか頭から離れなくてねぇ」
「じゃ、アイヤさんからまた会いに行ったんだ」
「あぁ。腫らした顔で「どうした?まだ殴り足りなかったか?」って笑われて困っちまってね。そこから付き合いが始まったのさ」
「こう言っちゃなんだけど、よく番になれたね」
「サバトは恨んだりしてなかった。番になってから「いい思い出だ」って笑ってたよ」
「なんか…ちょっとウォルトっぽいかも」
「似てるだろ?」
似てない。ボクだったら、ばあちゃんのことをとんでもない熊人だと思ってる。暴れっぷりも容易に目に浮かぶから。
「ウォルトもズレてるからね~」
「ズレてはいない…はず」
「アンタは、サバトとストレイに感謝しな。そこらの男と違う獣人から生まれたから魔法使いになったんだ」
「無茶な理屈じゃないか?」
「アタシやミーナはそこら辺に転がってる獣人だ。選んだ旦那がいい」
母さんやばあちゃんこそ珍しい獣人に思えるけど、言ったら怒りそうだ。
「サバトさんって器用でしたか?」
「獣人にしちゃ器用ってくらいか」
「料理好きとかですか!」
「料理は一切しなかった。そこはウォルトと違う。料理好きなのはストレイに似たんだろ」
「ミーナさんとの仲ってどうでした?」
「ミーナがずっと話して、サバトは黙って聞いてたねぇ」
4姉妹からの質問に迷いなく答えていく。
「サバトさんとも相撲してたの?」
「たまにな。サバトは意外に強かった。あたしゃ何度か負けてる」
「へぇ~!」
「サバトは頭がいい。チャチャと同じタイプだ。アタシの動きを読んでたのか、ヘラヘラしながら投げられたりして、腹が立ったねぇ」
「アイヤさんって、サバトさんにどうやってアピールしたんですか?」
「そのままさ。「あたしゃアンタが好きだ。アンタはどうなんだい?」って」
「「「「おぉ~!」」」」
恋の話には入れないな。
「アイヤさんも、俺は強いアピールする男は嫌いですか!」
「大嫌いだ。大体、あたしゃ力比べで男に負けたことがない」
「サバトさんの1番好きなところってどこですか?」
「なんでも笑って済ますところかねぇ。相撲しても、ケンカしても、飯がマズくても、病気になってもだ」
確かにじいちゃんはいつも笑ってた。穏やかな表情ばかり印象に残ってる。
「ウォルト。サバトさんに変装してみてよ」
「なんで?」
「いいから。とりあえずよろしく」
頑固なサマラの要望に応えて、じいちゃんになりきる。
「笑ってみて」
「難しいこと言うなぁ」
「いいから」
笑顔は狙って作れない。でも、無理して笑ってみた。
「なんか気持ち悪ぅ~!」
「サマラが言い出したんだろ!笑顔は難しいんだよ!」
変装したまま歩いていると、村の皆がこっちを向く。
「まるっきりサバトだぞぃ…」
「生き返ったみたいだねぇ」
「昔を思い出す。こうして見ると、やっぱりアイヤは老けたな」
「悪かったなぁ!!」
サマラはなにがしたいんだろう?
「サバトさんになりきって、言いそうなこと言って。ちゃんと声も変えてよ」
「じいちゃんになりきる?別にいいけど」
じゃ…まずコレかな?
「アイヤ、ちょっと踏んでくれ」
「ふはははっ!似てるねぇ!久しぶりに聞いたよっ!!」
「なにそれ?どゆこと?」
「よく背中を踏んでもらってたんだ。腰が痛いとき気持ちいいって」
「へ~。他には?」
「アイヤ…。服が破れた。直してくれ」
「あっはっはっ!懐かしいねぇ!爪を出しちゃあ、服に引っ掛けてたんだよ!」
「おっちょこちょいだったの?」
「爪の出し入れが苦手だったのさ」
ちょっと心配だったけど、ばあちゃんが楽しそうでよかった。
「他にもある?」
「あるよ。ん…。照れ屋で、他人のことを考えてるくせに、素直じゃないところだ」
「なんだいそりゃ?」
「子供の頃、「ばあちゃんのどこが好きなの?」ってボクが訊いたときに返ってきた答え」
「ふざけんじゃないよ!初めて聞いたぞっ!」
「初めて言った。喜んでもらえるかなって」
「なんで早く言わないんだよ、アンタはっ!」
「訊かれなかったから」
ばあちゃんに捕まって首を絞められる。苦しいっ…!
「げほっ…!「恥ずかしいから言うな」って言われてたんだよ。でも、今なら言ってもいいかと思って」
「やっぱりサバトと似てるねぇ!なにもわかっちゃいない!アンタら!ウォルトには苦労させられるぞ!やめときなっ!」
「やめないよ?」
「諦めないです」
「同じく!」
「サバトさんを選んだアイヤさんには言われたくないですよ。だって兄ちゃんに似てるんでしょ?」
「ぐぐっ…!」
痛いところを突かれた顔してるなぁ。
「アイヤさん。今日はサバトさんについてゆっくり話そうよ。たまにはいいでしょ」
「なんだってんだい…」
「忘れたくないことを忘れないようにさ」
「ババア扱いすんじゃないよ」
「してないよ。話すと思い出すじゃん。嫌なことを思い出すとか、引きずるからやめとけって奴もいるけどさ、アイヤさんには関係なさそうだし、いいかなって」
「4人で話してて聞きたくなりました。よければウォルトさんが作ったお酒でも飲みながら」
「言いたくなければいいんですよ!」
「無理強いはしません」
「おかしな子達だよ。聞きたいなら、いくらでも聞かせてやるさね」
ボクもじいちゃんのことはあまり口に出さないようにしてた。でも、忘れないように…か。
「ばあちゃん」
「なんだい?サバトの顔と声だと違和感が凄いぞ」
「獣人の男と女が、死ぬまで番でいるのは凄いことだ。一緒にいれると思える女を見つけたら、迷わず気持ちを伝えて捕まえるんだぞ」
「……そりゃ、サバトがアンタに言ったのかい?」
「そう」
「アンタはどう思ったんだ?」
「そういうモノかと思った」
「…騙されるんじゃないよ!あたしゃサバトに一度も好きとか言われたことないってんだっ!!」
「そ、そうなのか…」
「あんニャろは~、孫の前じゃ随分格好つけてるねぇ~!生きてたらぶん投げてやったのにっ!!」
表面上は怒ってるけど…匂いは怒ってないんだよなぁ。
「ウォルトの方がハッキリしてるかも」
「好きって意思表示してくれますもんね」
「愛してる!って顔に書いてます!」
「言い過ぎですよ。アニカさん」
「思ったことを口にしてるだけだろ。明日は違うこと言っててもおかしくないんだよ」
気分屋なのは否定できない。
「しかし、ウォルトは結構サバトと話してたんだねぇ。あたしゃ知らなかった」
「じいちゃんは、自分から話さないけど、ボクが話し掛けたら必ず返してくれた。ユーモアがあって面白かったなぁ」
「はぁ?サバトが面白い?嘘だろ?」
「本当だよ。だからタオに来るのは楽しかったし、今思えば冗談の1つでも返したかった」
会話してもつまらない孫だと思われていたかもしれない。
「アンタがサバトの名前をカネルラに広めた。外国まで知れてるだろ。おつりが来るようなでっかい冗談だよ。あたしゃ笑えたね」
「冗談というか、悪ふざけみたいになってしまったけど」
「前も言ったろ。やったのがウォルトじゃなきゃいい迷惑だ。けど、アンタなら許せるし笑える。孫が爺の名前を轟かせてなにが悪い?自慢の旦那の名前だよ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「サバトが死んだのは悲しい。けど、未練ってのはない。やれることをやって、サバトも目一杯生きた。勝手に忘れたくないって思ってんだよ。アンタが名を売れば売るほど忘れないからねぇ!」
「これ以上目立つと、じいちゃんに怒られるって」
「そんな器の小さい男じゃないんだよ!わかってないねぇ!」
器が大きいとか小さいじゃなくて、性格的に嫌なんじゃないかって意味なんだけど…。考えなしに名乗ったことは、浅はかだったと未だに後悔してる。名前が知れ渡るなんて想像できなかった。
「ウォルトは目立ちたがらないからね~。サバトさんは目立ちたがり?」
「そんな奴なら、死ぬまでこんな村で暮らしてないさ」
じいちゃんは、格好つけたり自慢話を一切しなかった。父さんと同じで、静かに人の話に耳を傾けることができる獣人。
「じいちゃんや父さんに似てるって言われたら、ボクは嬉しい。2人のようにはなれないけど、尊敬してる」
「尊敬?まどろっこしいこと言うねぇ。好きってことだろ?はははっ!」
ばあちゃんと4姉妹は歩みを速めて会話し始めた。じいちゃんの話をする姿は、本当に嬉しそうで、来てよかったと思える。
でも…ほんの微かに混じる悲しげな匂いに、ボクは口を閉ざしてしまう。
気丈なばあちゃんが、じいちゃんが亡くなって立ち上がれないくらい泣き崩れていたのをハッキリ覚えてる。最近では、ボクが描いた似顔絵を見て泣いた。
やっぱり笑っていてほしい。ボクにできるのは、余計な気遣いだけ。




