730 ハピーの疑念
今日もウォルトの友人である蟲人達は働いている。
森に蜜を集めに行ったり、自分達の食料や酒蜜の元になる花を育てたりと大忙し。
「ねぇ、ウォルト。ちょっと相談があるんだけど」
「ハピー?どうしたの?」
肩に留まったハピーを見る。
「ルバ爺の様子がおかしいと思うんだよね」
「ルバさんの?」
ルバさんは、蟲人の中で最年長。働き者で、1番美味しそうに酒蜜を飲む蟲人でもある。ハピーには爺と呼ばれているけど、ボクは蟲人の年齢を判断できない。
「どうおかしいんだ?」
「上手く言えないけど、元気がない気がする」
「訊いてみた?」
「はぐらかされた。飄々としてるのはいつものことだけどね」
「ボクからも訊いてみようか」
「いい?」
「いいよ」
ハピーは飛び立って、ボクは働いてるルバさんに話しかける。
「ルバさん。元気ですか?」
「急にどうした?調子悪そうに見えるか?」
「ボクにはわかりません」
「……あぁ。ハピーか。年寄り扱いして困ったもんだ」
ルバさんは至って元気な気がする。でも、自分の感覚より付き合いの長いハピーの言うことを信じる。
「元気ならいいんです」
「大丈夫だ。今夜の酒蜜が楽しみで、まだまだ働くぞ」
「肴は任せて下さい」
「はははっ。頼む」
邪魔しないように離れる。でも、しばらくルバさんから目を離せないでいた。やっぱりハピーの言葉が気になって。
ボクには普段通りで変わりないように見える。でも、ハピーはなにか変化を感じてるんだろう。
夜になって、住み家では蟲人達の宴会が開催されている。
今回の酒蜜も美味しいらしい。ボクも舐めたけど、確かに甘くて美味しかったな。
蟲人の皆は宴会が終わるとぐっすり眠ってしまった。
「ウォルト」
食器の後片付けを終えて居間に戻ると、ルバさんが飛んできた。ボクの肩に留まる。初めてのこと。
「どうしました?」
「ちょいと話に付き合ってくれるか?」
「はい」
「お前さんには恩がある。だから今の内に言っておこうと思ってな。ありがとう」
「なんのお礼ですか?」
「俺は近い内に死ぬ。いい思いをさせてくれたお礼を言っておきたかった」
突然の告白に面食らってしまう。
「弱るまで長生きできると思わなかった。お前さんのおかげだ」
「身体の調子が悪いんですか…?」
「ちょっと違うな。衰えてるんだ」
「勘違いの可能性はないんですか?ボクも衰えます」
「急激に来た。今はどうにか保たせている。長くは保たないだろうさ」
「よければ魔法で診ましょうか」
「どこも悪くないんだよ。自分ではわかるんだ。全身が一気に弱る感じでな」
ルバさんは自分専用のコップで酒蜜を呷った。
「…美味いな。今回のも美味い…。酒蜜は最高の飲み物だ…。俺達は幸せすぎる蟲人だよ。住む場所は安全で、食い物に困らない。この森で他にいないぞ?」
くくっと愉快そうに笑う。
「お前さんと知り合えたことは幸運だった。全員が思ってる」
「なにもしてませんが」
「よくない」
「え?」
「ずっと思ってた。ウォルトのそういうところはよくない。俺達とお前さんは、友人ってヤツだ。互いに持ちつ持たれつ。なにもされてないワケない。そうだろ?」
「そうでしょうか」
「そうなんだよ。身体のことは、ウォルトだから教えた。皆には黙っててくれ」
「伝えなくていいんですか?」
「言いたくないんだ」
また酒蜜を呷る。
「俺達の寿命を知らないだろ?」
「はい」
「俺もだ。他の誰も知らない。なぜなら、寿命の前に死ぬから。動けなくなって、逃げきれなければ囮になって獣や魔物に喰われる。弱って自然に死んだ奴はいない。知らないってのは…怖いぞ。ははっ」
「怖い…ですか」
「今まで…そうやって仲間を見送ってきた。逃げながら最期を見届けるのが当たり前だったんだ。だから…どんな顔をしていいかわからん」
ボクもなんて言っていいのかわからない。
「今を生きるのが精一杯だった俺達が、毎日笑っていられるのは間違いなくお前さんのおかげだよ。なにも考えずに酒蜜を飲んで寝て……幸せな奴らだ」
「ゆっくり休んでくれると嬉しいです」
「思えば、初めて会ったときもだ。お前さんの育てた花の蜜を飲んで、酔っ払って寝た。昨日のことのように思い出す」
「起きたら皆がいたので驚きました」
あの日から付き合いが始まって、もう2年近く経つ。
「お前さんはいい奴だ。老いぼれの話を聞くのは暇だろうに」
「気の利いたことを言えないだけです」
「俺の話を信じるか?」
「もちろん。ルバさんは冗談を言う人じゃないので」
「はははっ。…ずっと、弱い者は強い者に喰われるとしか思ってなかった。お前さんと出会って、少しだけ変わったな。俺にとってかけがえない仲間だ」
「ありがとうございます」
「なぁ、ウォルト。死にゆく者がいれば…?」
ボクの答えを待ってる風…。なんだろう?
「鈍いな。生まれる者もいる、だ」
「もしかして…」
「近々アシナに子供が生まれる。久しぶりの蟲人の誕生だ。楽しみにしてたんだがなぁ」
「きっと可愛いでしょうね」
「言うなっ!」
ケラケラ笑いながらまた酒蜜を飲む。
「間に合いそうにないんですか?」
「わからん。早く出てきてくれと頼むワケにもいかない。無事に生まれたら、可愛がってやってくれ」
「懐いてくれるといいんですが」
「心配してない。ただし、獣人に慣れすぎると他の獣人に対する警戒が薄れるかもしれないから心配だ。まぁ、イハ達が教えるだろう」
自分にはできない…という悲壮感は感じない。ルバさんは淡々としている。
「悔いはないですか?」
「ないな」
「やり残したことは?」
「ないが……行ってみたい場所ならある」
「ボクが連れて行きます。一緒に行きましょう」
「いいのか?」
「友人ですから」
ルバさんにしてあげられることはそのくらいしかない。
「だったら皆が寝てる隙に行くか。遠くはない」
「そうしましょう。住み家にいてもらえば安全です」
2人で移動を始めたら…。
「待って」
下から声がして顔を向けると、ハピーが床に立ってこっちを見ていた。羽音を立てないようにこっそり歩いて来たのか。
「ハピー、寝てなかったの?」
「起きてた。ルバ爺、私も行っていいよね?」
「ゆっくり寝ろ。疲れてるだろ」
「連れてかないなら、皆を起こしてルバ爺が死ぬってバラすよ。言われたくないんでしょ?」
「…しょうがない奴だな」
「ウォルト、よろしく」
そっと住み家を出て、夜の森を駆ける。案内をルバさんに任せて、疾走すること20分ほど。
「この辺りだ」
辿り着いた場所にはなにもない。見渡す限り普通の森の中。
「この場所でいいですか?」
「あぁ」
ボクの服にしがみついていたルバさんは、飛び立ってゆっくり移動を始めた。ボクとハピーは付いていく。
「…ココだ」
「クィン婆が私達を逃がしてくれた場所だね」
「よくわかったな」
「忘れないよ。なんで来たの?」
「…ハピーにもバレたから言うか。仲間のタメに命を落とすのが俺達の最後の仕事……だった。俺はできそうにない」
「だからなに?」
「それでいいのか?って気持ちがある。どう死ねばいいのわからん。俺が先か、お前が先かって言いあったクィンなら…なんて言うかな」
「『目一杯生きろ』に決まってるじゃん。なんのタメに私達を生かしてくれたと思ってんの?ちょっとでも長く生きて、命を繋いでほしかったからでしょ」
「俺はなにも繋いでない」
「長く生きていろいろ知ってる。で、私達に教えてくれた。まだ足りないの?欲張りだね」
頭を掻くルバさん。
「あのさ、ウォルトを恨んでるなら筋違いだから」
「わかってる」
「恨まれるようなことをしましたか?」
「お前さんを恨んでなんかいないさ」
「ウォルトと会ったから、死に場所がなくなったって思わないでって言いたいの。ルバ爺の気持ちは今の私にはわかんない。クィン婆ならわかるかもね。でも、コレだけ言いたい」
「なんだ?」
「一緒に過ごしてきたのに冷たいぞ。最期に迷惑かけたくないんでしょ?華々しく散るとか格好つけたいの?」
「あぁ。できるならな」
「動けなくなってもご飯食べさせるし、心配しないでよ」
「俺が嫌なだけだ」
「無理に散っても格好よくないし、どうなっても忘れたりしないから……生きてよっ!!クィン婆の声が聞こえたのっ?!皆のタメに死ねって言った?!どうなのよっ?!」
「なにも聞こえない……し、間違いなく怒られるだろうな」
「はい!それが答えっ!さっさと帰るよっ!誰にも言わないからっ!」
ハピーはスッと離れていく。
「帰りますか?」
「そうだな」
また3人で住み家に帰った。
★
宴会から3日後のこと。
「ルバ爺、いい顔してる」
ボクと蟲人の皆は、ルバさんの亡骸の前に立つ。まるで眠っているかのような姿で地面に横たわっている。
鍛錬に行っている間に住み家周辺で魔物に急襲された蟲人達は、針毒を武器に避難しようとして、身重のアシナさんが逃げ遅れたらしい。
庇うようにルバさんが魔物に混合毒をお見舞いして倒したものの、無傷だったルバさんもしばらくして眠るように息を引き取ったという。
ボクが帰ってきたときは、全て終わったあとだった。
「ひっく…!ルバ爺がっ…「気にするな」って…!「元気な子供を生めよ」って笑って…!私が逃げきれてたらっ…!」
「アシナ…。もういい…。気にしなくていいんだ…」
イハさんが慰めている。
「ルバ爺は……毒を作るのに身体が耐えられないってわかっててやったんだ」
ハピーが独り言のように呟いた。
「ボクに、できることがあるかな?」
「お願いしたいことがあるの。ちょっと待ってて。皆に訊いてくる」
ハピーは蟲人達と話して戻ってきた。
「ウォルトの魔法で、ルバ爺を土に還してくれない?全員賛成してくれた」
「蟲人の弔いは必要ないのか?」
「元々ないよ。ウォルトが嫌じゃなければお願い」
「わかった」
横たわるルバさんの傍に座って、そっと手を翳す。
『昇天』
小さな身体はゆっくり薄れて、やがて消滅する。横たわっていた場所の草が、少しだけ青みを増した。
「ありがと」
「お礼はいらない。よければ酒蜜を少し分けてもらえないか?舐めるくらいで構わない」
「なんで?」
「ルバさんが飲んでたのを思い出して、飲みたくなったんだ」
いい表情が脳裏に浮かぶ。きっと忘れない。
「私も飲むよ!ルバ爺の代わりに飲んでやる!」
「わかった。夜、住み家に来てくれたら」
夜になって、ハピー達は全員で住み家に来てくれた。
「我々も、ルバの代わりに飲みたいと思いまして」
「わかりました」
「その前に…」
ルバさんが横たわっていた場所にイハさんが酒蜜をかける。
「ルバ…。ハピーから聞いたぞ。身体が弱っていることに気付かなくてすまなかった。アシナと子供…俺達を守ってくれてありがとう」
全員が少しずつ酒蜜をかける。すると…地面からぽっと芽が出た。
「なにコレ…?花だよね?」
「そうだな…」
「…育ててみよう!よくわかんないけど、偶然と思えないし!」
「うむ。今はなんの植物か判別できないが、花が咲きそうな感じだ」
「ルバ爺って、格好つけるとこあったじゃん。最期に花の贈り物って感じかも!」
「酒蜜作りに最適な花かもな」
「ふふっ。ありそうだね」
皆は懐かしむようにルバさんのことを語り始めた。ボクは黙って聞き入る。
実は、花の芽が出た理由について見当がついてる。ハピーと3人で出掛けたあの日、ボクはルバさんから聞いていた。
『ウォルト。最近、毎日違う花の種を食べてるんだ。不味いけどな』
『なぜですか?』
『俺が死んで、屍に花が咲いたら魔物に喰われる何倍も価値がある。花は蟲人にとって生命線。1本でも多い方がいい』
『なぜ毎日違う花の種を?』
『遊び心さ。種は毎日排泄されるし、どのタイミングで死ぬかわからない。まぁ、俺の理想としては……』
……ォルト!ウォルト~!
名前を呼ばれているのに気付いて、ふと我に返る。
「…あ、どうしたの?」
「なにボーッとしてんの?そろそろ中で飲もうよ」
「わかった」
住み家に入っていつもとは違う雰囲気で酒蜜を飲む。喜怒哀楽の感情を爆発させるんじゃなくて、ゆっくり味わいながらルバさんの思い出話に花が咲かせた。
テーブルの真ん中に置かれたルバさん愛用のコップに注いだ酒蜜は、話が終わった頃になぜかほんの少し減っていた。
数日後。アシナさんは元気な子供を生んだ。
「あぅっ!」
「アンタ、この花好きだね~」
アシナさんが生まれたばかりの子供を抱いている。ボクは畑仕事をこなしながら横目に眺めていた。
「うぁ~っ!」
「もう少ししたら、蜜が飲めそうかなぁ?少し飲ませてあげるよ」
「あぁうっ!」
2人はルバさんが亡くなった跡に咲いた花を眺めている。順調に育った花は、綺麗な白と黄色の花弁を付けた。
ルバさん。
貴方の望みは叶いました。笑ってくれています。




