最終世界
――世界が、目を開いた。
最初に生まれたのは、光だった。
白でもない。
黒でもない。
そのどちらでもあるような、不思議な光。
直人は、その中に立っていた。
「……ここは?」
返事はなかった。
隣を見る。
天音がいる。
ミオもいる。
未来のミオも。
観測者の少年も。
そして――原初の子も。
全員が、同じ場所に立っている。
だが。
何かがおかしい。
直人は周囲を見回した。
建物がある。
道路がある。
空がある。
風も吹いている。
鳥の声まで聞こえる。
普通の世界だった。
「……普通すぎない?」
ミオが呟いた。
直人も同じことを感じていた。
これまでの世界には必ず何かがあった。
管理者。
システム。
世界意思。
黒い月。
境界。
だが。
この世界には何もない。
ただ、人が生きている。
それだけだった。
天音が空を見上げる。
「世界生成率は?」
観測者の少年が目を閉じた。
しばらくして。
「……表示されない」
「え?」
「システムがない」
少年は戸惑っていた。
「世界を測る基準そのものが消えてる」
直人は笑った。
「じゃあ……」
一歩、歩く。
地面の感触。
風。
匂い。
温度。
全部、本物だった。
「これが……最終世界?」
その瞬間。
街の向こうから声がした。
「違うよ」
直人が振り返る。
誰もいない。
「今の声……」
天音が直人を見る。
「聞こえた?」
「ああ」
また声がした。
「最終世界なんて、最初から存在しない」
今度は、はっきり聞こえた。
直人たちの前に、一人の少女が現れた。
年齢は十歳ほど。
黒い髪。
白い服。
そして――
左右で色の違う瞳。
原初の子と同じだった。
原初の子が、その少女を見た瞬間。
初めて怯えた。
「……お姉ちゃん」
直人が振り返る。
「お姉ちゃん?」
少女は微笑んだ。
「久しぶり」
「……誰?」
少女は直人を見る。
そして。
まるで当たり前のことを言うように答えた。
「あなたの最初の世界だよ」
直人の心臓が止まりそうになった。
「……世界?」
「そう」
少女は空を指差した。
「あなたが最初に『寂しい』と思った瞬間」
空が揺れる。
景色が変わった。
そこには――
幼い直人がいた。
一人で座っている。
誰もいない部屋。
窓の外では、楽しそうな声が聞こえている。
しかし。
幼い直人は、一人だった。
少女が言う。
「あなたは世界を作ったんじゃない」
「……」
「あなたの『寂しい』という気持ちが、世界を呼んだの」
映像の中の幼い直人が顔を上げる。
そして。
小さな声で呟いた。
『誰かと一緒にいたい』
その瞬間。
世界が生まれた。
一つ。
二つ。
三つ。
無数の世界が。
直人は拳を握った。
「……じゃあ」
少女を見る。
「全部……俺のせいなのか?」
少女は首を横に振る。
「違う」
「じゃあ何なんだ?」
少女は笑った。
「あなた一人のせいじゃない」
「……」
「世界は、あなたの願いから始まった」
少女は天音を見る。
「でも、世界が続いたのは――」
次にミオを見る。
「みんなが願ったから」
さらに未来ミオ。
観測者。
原初の子。
そして最後に。
直人。
「誰かと生きたい」
少女はそう言った。
「誰かに覚えていてほしい」
「誰かを守りたい」
「誰かに愛されたい」
「誰かを愛したい」
「その全部が重なって――」
少女の足元から光が広がる。
「世界になった」
直人は黙っていた。
長い間。
世界を敵だと思っていた。
管理者を倒せば終わると思った。
創造主を超えれば自由になれると思った。
だが。
違った。
世界は最初から――
敵ではなかった。
「……じゃあ、この世界は何なんだ?」
直人が尋ねる。
少女は答えた。
「選ばなかった未来が、選び直す場所」
「選び直す?」
「うん」
その瞬間。
街中に、人影が現れ始めた。
知らない人。
知っている人。
過去に死んだはずの人。
別の世界で出会った人。
そして――
直人自身。
何人もの直人が、街に立っていた。
天音も。
ミオも。
無数にいる。
「これは……」
観測者が呟く。
「全世界……?」
少女が頷く。
「これまで存在した全部の世界が、ここにある」
直人は周囲を見回した。
世界と世界が重なっている。
誰かの人生と、別の誰かの人生が交差している。
本来なら出会わなかった人たちが、同じ道を歩いている。
そして。
誰も消えていない。
「……すごい」
天音が呟いた。
だが。
直人は気づいた。
一つだけ。
おかしい。
「待て」
少女を見る。
「じゃあ……この世界には、俺たちがいない世界もあるのか?」
「あるよ」
「俺が存在しなかった世界も?」
「ある」
「天音が死んだ世界も?」
少女は頷いた。
「ある」
「……俺が天音を殺した世界も?」
「ある」
未来ミオが目を伏せた。
少女は続ける。
「全部ある」
「だったら……」
直人の表情が変わった。
「俺たちは、また選ばなきゃいけないのか?」
少女は笑った。
「違うよ」
「……?」
「今度は――」
少女が右手を差し出した。
「選ばなくていい」
直人は目を見開いた。
「この世界では」
少女は言った。
「全部の未来が、生きていい」
その言葉に。
未来ミオが顔を上げた。
「……私も?」
「もちろん」
「直人を殺した私も?」
「うん」
「それでも……?」
「あなたが、その世界で生きたことは消えない」
未来ミオの目から涙が落ちた。
そして。
彼女は初めて笑った。
「……そっか」
その横で。
もう一人の天音が直人を見る。
「じゃあ、私も……」
直人は頷いた。
「一緒に生きよう」
「……うん」
天音が笑う。
その瞬間。
空に文字が浮かんだ。
《世界統合――完了》
しかし。
その下に。
新しい文字が現れる。
《問題があります》
直人の表情が変わった。
「……問題?」
《世界統合により、矛盾が発生》
《存在数――無限》
《世界数――無限》
《生命数――無限》
そして。
最後の一行。
《世界を維持するための管理者が必要です》
全員が沈黙した。
観測者が言う。
「……また管理者を作るつもりか」
文字が変わる。
《候補者を選定します》
光が直人を包んだ。
《第一候補――佐伯直人》
「……俺?」
次に。
天音。
《第二候補――天音》
ミオ。
《第三候補――ミオ》
未来ミオ。
観測者。
原初の子。
次々と候補が表示されていく。
そして。
最後に――
少女。
《最終候補――世界そのもの》
直人は少女を見る。
少女は静かに笑った。
「だから言ったでしょう?」
「……何を?」
「ここから先は、世界そのものの物語だって」
その瞬間。
少女の姿が光へ変わっていく。
そして。
世界中の空に。
一つの問いが浮かんだ。
《誰が、この世界を管理する?》
直人は空を見上げた。
以前なら。
自分が答えていた。
だが。
今は違う。
直人は隣にいる天音を見る。
天音も頷く。
ミオも笑う。
未来ミオも。
観測者も。
原初の子も。
誰も答えない。
そして。
直人は言った。
「――誰も管理しない」
世界が静かになった。
「世界は、管理されるために生まれたんじゃない」
一歩前へ出る。
「生きるためにある」
天音が続ける。
「だから、間違えてもいい」
ミオが言う。
「失ってもいい」
未来ミオが言う。
「後悔してもいい」
観測者が言う。
「見守るだけでもいい」
原初の子が言う。
「作り直してもいい」
そして。
全員が同時に言った。
「――生きていい」
その瞬間。
世界中の文字が消えた。
システムも。
管理者も。
ルールも。
世界の境界も。
全部、消えていく。
最後に残ったのは。
たった一つ。
《生命――自由》
直人は空を見上げた。
青い空。
白い雲。
どこまでも普通の世界。
「……終わったのか?」
天音が笑う。
「たぶん」
「たぶん?」
「だって――」
天音が空を指差した。
直人も見上げる。
そこには。
今まで存在しなかったものがあった。
太陽。
月。
そして――
その二つの間に浮かぶ。
小さな黒い点。
「……あれは?」
ミオの表情が変わった。
「黒い月……?」
違う。
直人には分かった。
あれは月ではない。
目でもない。
扉でもない。
もっと小さく。
もっと遠く。
しかし確かに――
こちらを見ている。
そして。
黒い点の中から。
最後の声が聞こえた。
『世界は、自由になった』
『ならば――』
『次は、世界自身が願う番だ』
直人の背後で。
誰かが立ち上がった。
振り返る。
そこにいたのは――
誰も知らない少年だった。
少年は直人を見て。
微笑んだ。
「僕の願いは――」
その瞬間。
黒い点が、巨大な光へ変わった。
「――世界の外へ行くこと」
世界が再び震え始めた。
そして。
空に、新しい文字が浮かぶ。
《第七世界――生成開始》
直人は息を呑んだ。
――まだ、終わっていなかった。
むしろ。
ここからが、本当の始まりだった。




