「第五世界の創造者」
――「今度は、私が世界を作る番だ」
空から響いた声。
その瞬間。
第四世界の空が、ゆっくりと暗くなっていった。
太陽が消える。
雲が消える。
青空そのものが――
まるで誰かに塗り潰されるように、黒へ変わっていく。
「……来る」
ミオが呟いた。
直人は赤ん坊を抱き上げる。
「誰が?」
「分からない」
「でも……」
ミオは空を見つめる。
「この世界の外から来る」
天音が直人の隣に立った。
「世界の外?」
「うん」
「そんな場所があるの?」
「今まではなかった」
ミオが答える。
「でも、第五世界が生まれた瞬間に――」
空に亀裂が入る。
「外側ができた」
――ズズズズズ……。
亀裂が広がる。
そして。
一人の男が姿を現した。
白い服。
黒い髪。
穏やかな表情。
しかし。
直人はその顔を見た瞬間。
息を止めた。
「……お前」
天音も驚いている。
「知ってるの?」
「……いや」
直人は首を振る。
「知らない」
なのに。
なぜか知っている。
ずっと昔から。
この男を知っている気がする。
男は地上へ降りる。
そして。
赤ん坊を見る。
「やっと見つけた」
赤ん坊が男を見る。
笑う。
「……おとうさん」
男の表情が崩れた。
「そう」
「私が君の父親だ」
直人が前へ出る。
「待て」
「何だ?」
「この子に何をした?」
「何もしていない」
「じゃあ、なぜ父親なんだ?」
男は直人を見る。
「君には分からない」
「分からないなら説明しろ」
男は微笑んだ。
「私は――」
胸に手を当てる。
「この世界の未来だ」
「……未来?」
「正確には、第五世界が完成した先に存在する人間」
ミオが青ざめる。
「未来から来た……?」
「違う」
男は首を振る。
「未来から来たのではない」
空を指差す。
「未来そのものが、人の形になった」
直人は言葉を失う。
「第五世界は、まだ存在していない」
「そう」
「なのに、お前がいる?」
「だからこそ」
男は答える。
「私は第五世界が生まれるために必要な存在だ」
天音が叫ぶ。
「じゃあ、第五世界を作ればあなたが生まれるの?」
「逆だ」
男が笑う。
「私が存在するから――」
空に巨大な文字が浮かぶ。
《第五世界――生成開始》
「第五世界が生まれる」
直人は赤ん坊を見る。
「……この子は?」
「鍵だ」
「何の?」
「世界を始めるための」
男が手を伸ばす。
すると。
赤ん坊の身体が光り始めた。
「やめろ!」
直人が走る。
だが。
見えない壁に弾き飛ばされた。
「直人!」
天音が駆け寄る。
「大丈夫?」
「ああ……」
直人は立ち上がる。
男は赤ん坊を見つめたまま言った。
「この子には、すべての世界の記憶がある」
「だから、第五世界を作れる」
「でも――」
ミオが言う。
「この子は、まだ赤ちゃんだよ」
「だからいい」
男は答えた。
「何も知らない」
「何にも染まっていない」
「だからこそ――」
赤ん坊の瞳が黒く光る。
「新しい世界を選べる」
直人は拳を握る。
「……その世界で、何をするつもりだ?」
「平和にする」
「何?」
「争いもない」
「死もない」
「病気もない」
「悲しみもない」
天音が眉を寄せる。
「……それは」
直人が言葉を続ける。
「第一世界と同じだ」
男は笑う。
「そう」
「だから失敗する」
「しない」
「なぜ?」
「今回は――」
男が直人を見る。
「私がすべてを管理するからだ。」
その言葉を聞いた瞬間。
直人の中に、嫌な記憶が蘇った。
世界を管理する。
命を管理する。
選択を管理する。
そして。
自由を奪う。
「……そんな世界」
直人が立ち上がる。
「絶対に作らせない」
男の笑顔が消える。
「君には止められない」
「やってみろ」
「君はすでに創造主ではない」
「知ってる」
「なら、なぜ戦う?」
直人は天音を見る。
ミオを見る。
そして。
赤ん坊を見る。
「創造主じゃなくても――」
一歩。
「父親じゃなくても――」
もう一歩。
「神じゃなくても――」
男の前へ進む。
「守ることはできる」
男の目が細くなる。
「……君は、また同じことをする」
「違う」
直人は首を振る。
「昔の俺は、世界を守ろうとした」
「今の俺は――」
天音の手を握る。
「この子が自分で生きられる未来を守る」
天音が頷く。
「私も一緒に戦う」
ミオも立つ。
「私も」
少年も拳を握る。
「俺もだ」
男は四人を見る。
そして。
小さく笑った。
「……ならば、見せてみろ」
男が手を上げる。
空が裂けた。
その向こうから――
無数の黒い扉が現れる。
「第五世界を作るためには、四つの世界をもう一度繋ぐ必要がある」
第一世界。
第二世界。
第三世界。
境界世界。
すべての扉が開く。
「そして――」
男の背後に。
巨大な黒い門が現れた。
「その中心にあるのが――」
門の表面に。
一つの名前が浮かぶ。
《直人》
直人の顔が凍る。
「……俺?」
「そう」
男が言う。
「第五世界を作る最後の材料は――」
直人の胸が突然光り始める。
「君自身だ」
――ドクン。
心臓が大きく鳴った。
直人の身体から。
無数の光が抜けていく。
第一世界の記憶。
第二世界の記憶。
第三世界の記憶。
境界世界の記憶。
そして。
まだ知らない記憶。
「やめろ!」
天音が直人を抱きしめる。
しかし。
光は止まらない。
「直人!」
「天音……」
「離さない!」
「……ありがとう」
直人は笑った。
「でも――」
直人の身体が光に包まれる。
「俺を材料にするなら……」
光の中で。
直人の目が開く。
「俺が自分で選ぶ」
その瞬間。
第五世界の生成率が急上昇する。
《0.01%》
《1%》
《10%》
《50%》
そして。
《99%》
男の顔から笑みが消える。
「……何?」
最後の一%だけが。
どうしても進まない。
《第五世界――生成停止》
《原因――》
《創造主の意思が不一致》
直人は光の中から現れた。
そして。
男を見つめる。
「俺は――」
ゆっくり拳を握る。
「お前の世界にはならない」
男の表情が初めて崩れた。
「ならば――」
男の身体から黒い光が噴き出す。
「君を消すしかない」
直人の前に。
一つの黒い刃が現れる。
天音が叫ぶ。
「直人!」
刃が振り下ろされる。
しかし。
その刃を――
赤ん坊が小さな手で掴んだ。
――パキン。
黒い刃が砕けた。
男が目を見開く。
「……なぜ」
赤ん坊は笑った。
そして。
今までとは違う言葉を口にする。
「おとうさん」
男が震える。
「……何だ?」
赤ん坊は男ではなく。
直人を指差した。
「このひと」
小さな声。
「……おとうさん」
直人が凍りつく。
「……俺?」
天音も。
ミオも。
少年も。
誰も言葉を発せない。
赤ん坊は直人へ手を伸ばした。
「おとうさん……」
そして。
世界中に。
新しい文字が浮かび上がる。
《第五世界》
《生成率――99%》
《創造主――直人》
《親――直人》
《世界意思――未確定》
最後の一行だけが。
何度も点滅していた。
《この世界は、誰のために生まれる?》
直人は赤ん坊を見つめる。
そして。
静かに答えた。
「……この子のためじゃない」
天音が振り返る。
「じゃあ、誰のため?」
直人は空を見る。
「――ここにいる、全員のためだ」
その瞬間。
99%だった数字が――
100%になった。
世界が、産声を上げる。
だが。
その瞬間。
空の向こうから。
もう一つの声が響いた。
「――それは、私の世界でもある」
直人が振り返る。
そこに立っていたのは――
もう一人の天音だった。




