「第四の世界」
――第四の月が、目を開いた。
誰もいない空に。
巨大な瞳だけが浮かんでいる。
直人は動かなかった。
「……月?」
天音が隣で呟く。
「違う」
ミオが首を振った。
「月じゃない」
「じゃあ、何なんだ?」
ミオは答えた。
「世界そのもの」
その瞬間。
空から、無数の文字が降り始めた。
《第四世界》
《生成率――0.01%》
《生命情報――未確定》
《時間軸――未確定》
《管理者――未登録》
直人は眉を寄せる。
「管理者がいない?」
「うん」
「じゃあ、誰が作ってる?」
ミオは答えなかった。
代わりに。
天音が空を指差した。
「……あれ」
雲の向こう。
一人の人影が立っている。
人影は、ゆっくりとこちらを見た。
距離があるはずなのに。
その顔だけは、はっきり見えた。
「……嘘」
天音が震える。
直人も息を止めた。
そこにいたのは――
ミオだった。
「ミオ……?」
隣を見る。
そこにもミオがいる。
空にもミオがいる。
二人のミオが。
同時に直人を見つめていた。
「……私?」
地上のミオが呟く。
空のミオは笑った。
『そう』
声まで同じだった。
『私は、あなた』
地上のミオの顔が青ざめる。
「違う……」
『違わない』
「私は直人たちの記憶」
『それは第三世界のあなた』
「じゃあ、あなたは?」
空のミオは答えた。
『私は――』
一瞬。
世界が静かになる。
『可能性』
直人が目を見開く。
「可能性?」
『そう』
空のミオは両手を広げた。
『これまでの世界は、過去から生まれた』
『第一世界は、恐怖から』
『第二世界は、後悔から』
『第三世界は、願いから』
『境界世界は、選択から』
そして。
『第四世界は――』
空の色が変わる。
『可能性から生まれる』
直人はノートを見る。
《第四世界・生成中》
「つまり……」
『まだ何も決まっていない』
空のミオが微笑む。
『どんな世界になるのかも』
『誰が生まれるのかも』
『誰が死ぬのかも』
『誰が誰を愛するのかも』
天音が呟く。
「全部……これから?」
『そう』
空のミオが頷く。
『だから、この世界には――』
その瞬間。
地面から巨大な扉が出現した。
『創造主が必要なの』
直人は扉を見る。
「……また俺にやらせるつもりか?」
『違う』
「じゃあ誰が?」
空のミオが指を差す。
直人ではない。
天音でもない。
地上のミオでもない。
指の先にいたのは――
黒い月の欠片を持つ少年だった。
「……俺?」
少年が驚く。
『あなたは、何も持っていない』
『だからこそ、何でも選べる』
少年は苦笑した。
「俺は三百年間、何も選べなかった」
『だから今度は――』
空のミオが笑う。
『あなたが選ぶ番』
少年はしばらく黙っていた。
やがて。
「……一つだけ聞きたい」
『何?』
「この世界では、俺も普通に生きられる?」
空のミオは微笑んだ。
『もちろん』
「死ぬことも?」
『できる』
「誰かを愛することも?」
『できる』
「失うことも?」
『できる』
少年は目を閉じた。
「……なら」
ゆっくり目を開く。
「作ってみたい」
直人が少年を見る。
「本当にいいのか?」
「ああ」
「また世界を壊すかもしれない」
「分かってる」
「後悔するかもしれない」
「それも分かってる」
少年は笑った。
「でも――」
「自分で選んだことなら、後悔してみたい」
直人は微笑んだ。
「……それなら、俺も手伝う」
天音が続く。
「私も」
地上のミオも笑った。
「私も」
四人が並ぶ。
すると。
空のミオが首を横に振った。
『違う』
「何が?」
『四人じゃない』
空から。
一つ。
また一つ。
光が落ちてくる。
人々だった。
第一世界の人間。
第二世界の人間。
第三世界の人間。
境界世界の人間。
今までの世界で生きてきた者たち。
その数は。
数百。
数千。
やがて――
数え切れないほどになった。
直人は言葉を失う。
「……みんな」
空のミオが告げる。
『第四世界は、誰か一人が作る世界じゃない』
『生きる人間全員が作る世界』
人々が一斉に前を見る。
誰も武器を持っていない。
誰も命令されていない。
ただ。
それぞれが、自分の意思で立っている。
直人は思った。
これこそ。
今まで探し続けていた答えなのかもしれない。
「……世界を作るのは、神じゃない」
天音が頷く。
「生きている人たちなんだね」
「そう」
少年が笑う。
「なら、俺は最初の一歩だけ作る」
少年が手を伸ばす。
黒い月の欠片が砕ける。
その中から。
一粒の光が生まれた。
小さな光。
それは空へ上がっていき――
新しい太陽になった。
第四世界に。
初めて朝が生まれる。
空が青くなる。
大地が生まれる。
海が生まれる。
木々が芽吹く。
そして。
一人の赤ん坊が生まれた。
誰も知らない。
どこから来たのか。
誰の子なのか。
ただ。
その赤ん坊が泣いた瞬間。
世界中に声が響いた。
――「生きたい」
直人は微笑んだ。
「……始まったな」
天音も笑う。
「うん」
しかし。
ミオだけが。
赤ん坊を見つめていた。
「……直人」
「ん?」
「この子……」
「どうした?」
ミオは震える声で言った。
「この子の中に――」
赤ん坊の瞳が開く。
左右で色が違う。
片方は――白。
もう片方は――黒。
「全部の世界の記憶が入ってる。」
直人の表情が変わった。
「……全部?」
「第一世界も」
「第二世界も」
「第三世界も」
「境界世界も」
ミオは赤ん坊を見る。
「そして――」
その瞬間。
赤ん坊が。
初めて言葉を発した。
「……なお……と」
直人の心臓が跳ねた。
「今……」
天音も目を見開く。
「名前を……?」
赤ん坊は直人を見つめて。
もう一度。
「――直人」
そして。
笑った。
直人の背後で。
空に巨大な文字が浮かぶ。
《第四世界――生成率1%》
《創造主――未確定》
《世界意思――覚醒》
最後の一行。
それだけが赤く点滅していた。
《原初の創造主、発見》
直人が空を見上げる。
「……俺じゃない」
天音が聞く。
「じゃあ、誰?」
直人は赤ん坊を見る。
その瞬間。
赤ん坊の瞳の奥で。
――黒い月が笑った。




