「創造主の帰還」
――世界が、書き換わり始めた。
けれど。
今までとは違った。
空が割れるわけでもない。
大地が崩れるわけでもない。
人々が消えるわけでもない。
ただ――
直人の中に、何かが戻ってきていた。
「……何だ、これ」
直人は胸を押さえた。
心臓の鼓動とは違う。
もっと深い場所。
記憶よりもさらに深い場所から、何かが目を覚ましていく。
「直人!」
天音が駆け寄る。
「大丈夫?」
「分からない……」
直人の目の前に、無数の文字が浮かんだ。
しかし。
それは誰かが書いた文字ではなかった。
直人が――
理解している文字だった。
《第一世界》
《第二世界》
《第三世界》
《境界世界》
そして最後に。
《原初世界》
直人の顔が強張る。
「……原初世界?」
ミオが息を呑んだ。
「やっぱり……」
「何を知ってる?」
「あなたが作った、最初の世界」
「でも、さっき……」
「うん」
ミオは頷く。
「そこだけは、まだ一度も壊れてない」
「……じゃあ、どこにある?」
ミオは答えなかった。
代わりに。
天音の父親が口を開いた。
「ここだ」
全員が振り返る。
「この世界そのものが、原初世界なんだ」
「……何?」
「君たちは今まで、世界を何度も作り直してきたと思っていた」
父親は静かに言う。
「だが、違う」
「すべての世界は――」
男が直人を指差す。
「この世界の中に存在していた。」
直人の背筋が凍る。
「じゃあ……」
「第一世界も」
「第二世界も」
「第三世界も」
「境界世界も」
男は続ける。
「すべては、この原初世界から分岐した可能性だ」
天音が呟く。
「じゃあ私たちは……」
「同じ世界に何人も存在していた」
「……」
「それぞれの世界で、別の人生を歩んでいた」
直人は頭を抱える。
「そんな……」
そのとき。
遠くで、何かが砕けた。
――パリン。
空に一本の亀裂が走る。
その亀裂の向こうから。
人影が現れた。
一人。
二人。
三人。
やがて――
無数の人影。
「……何?」
天音が後退する。
直人は目を凝らした。
そして。
その中の一人を見た瞬間。
「……俺?」
そこにいたのは。
直人だった。
別の世界の直人。
さらに隣。
「……天音?」
天音もいた。
無数の直人。
無数の天音。
それぞれが違う服を着て。
違う表情をして。
違う人生を背負っている。
「これが……」
ミオが震える。
「全部の可能性」
直人の前に、一人の男が歩いてきた。
髪は白い。
顔には深い傷がある。
そして。
その男の目は――
直人と同じだった。
「初めまして」
男が言った。
「俺は――」
一歩。
直人に近づく。
「君が『世界を救わなかった場合』の直人だ」
直人は言葉を失う。
「……世界を救わなかった?」
「ああ」
「じゃあ、どうなった?」
男は笑った。
「何も起きなかった」
「……何?」
「誰も世界を壊さなかった」
「誰も世界を書き換えなかった」
「天音も普通に生きた」
直人は天音を見る。
「それなら……」
「幸せだった」
男は答える。
「少なくとも――」
その目が悲しみに染まる。
「君よりは」
直人の胸に、鋭い痛みが走った。
「……俺は何を間違えた?」
「一つだけ」
男は答える。
「君は、世界を救おうとした」
「それの何が悪い?」
「世界は救われる必要なんてなかった」
直人が黙る。
「世界は最初から、壊れてなんていなかった」
男は続けた。
「君が『壊れている』と思っただけだ」
天音が静かに言う。
「……直人」
「ん?」
「もしかして」
天音は周囲を見る。
「私たちがずっと戦ってきた相手って……」
直人は理解した。
敵は世界ではなかった。
神でもない。
父親でもない。
黒い月でもない。
――自分自身だった。
その瞬間。
無数の直人たちが、一斉に直人を見る。
そして。
全員が同じ言葉を口にした。
「――お前は、どの世界を選ぶ?」
世界が震える。
無数の可能性が一つに重なっていく。
第一世界。
第二世界。
第三世界。
境界世界。
原初世界。
すべての世界が。
一つになろうとしている。
「待て!」
直人が叫ぶ。
「こんなことをしたら、全部が消える!」
すると。
無数の直人の中から。
一人だけが歩み出た。
少年だった。
まだ幼い。
手には古びたノート。
直人は、その少年を見た瞬間。
息を止めた。
「……俺」
少年は頷く。
「そう」
「最初の俺だ」
「うん」
少年はノートを開く。
最初のページ。
そこには。
たった一行だけが書かれていた。
――『大切な人と、ずっと一緒にいたい』
直人の目から涙が落ちる。
「……これが始まりだったのか」
「そう」
少年は笑う。
「世界を作った理由は、そんなに難しくなかった」
天音が隣に立つ。
「私だったんだね」
少年は頷く。
「君だった」
天音が微笑む。
「じゃあ、もう十分だよ」
直人が天音を見る。
「……何が?」
「願いは叶ってる」
天音は直人の手を握る。
「今、私たちは一緒にいる」
直人は目を閉じた。
そして。
初めて理解した。
世界を救う必要なんてなかった。
世界を書き換える必要もなかった。
永遠にする必要もなかった。
ただ。
大切な人と――
今を生きればよかった。
「……そうだな」
直人は笑った。
「俺の願いは、もう叶ってる」
その瞬間。
無数の世界が停止した。
そして。
一つずつ消えていく。
しかし。
それは破壊ではなかった。
無数の世界が――
それぞれの場所へ戻っていく。
「……世界が戻ってる」
ミオが呟く。
第一世界は第一世界へ。
第二世界は第二世界へ。
第三世界は第三世界へ。
境界世界も。
原初世界も。
すべてが、それぞれの場所へ帰っていく。
最後に。
一人の直人だけが残った。
最初の直人。
少年の姿。
少年は笑って。
「ありがとう」
そう言った。
「何を?」
「僕の願いを、終わらせてくれて」
少年の姿が光になる。
そして。
最後に残ったノートが。
直人の足元へ落ちた。
表紙には、新しい文字が刻まれていた。
――《世界の書き換え方》
直人はノートを拾う。
ページを開く。
最後のページ。
そこには、たった一つ。
新しい世界のルールが書かれていた。
――『世界は、誰か一人の願いでは決まらない』
その下に。
もう一行。
――『それぞれの人間が、自分の世界を生きる』
直人はノートを閉じた。
「……これで終わりだ」
天音が笑う。
「うん」
しかし。
ミオだけが。
ノートの裏側を見つめていた。
「……待って」
「どうした?」
ミオの顔が青ざめる。
「これ……」
ノートの裏表紙。
そこには。
今まで誰も見たことのない紋章が刻まれていた。
――《第四世界》
そして。
その下に。
小さな文字。
『現在、生成中』
直人の笑顔が消えた。
「……まだ、世界が作られてる?」
ミオは震える声で答えた。
「違う」
「じゃあ……」
「誰かが――」
ミオが顔を上げる。
「今、新しい世界を作ってる。」
その瞬間。
遠い空の彼方で。
まだ存在しないはずの――
第四の月が、目を開いた。




