「本当の創造主」
――「本当にこの世界を作ったのは、直人、あなたなんだよ」
その言葉が。
暗闇の中に落ちた。
「……俺?」
直人は動けなかった。
天音も、言葉を失っている。
「待って」
直人が首を振る。
「俺は世界を書き換えただけだ」
「違う」
ミオは静かに答えた。
「書き換えたんじゃない」
「最初から――作っていたの」
「何を……?」
ミオの背後に、巨大な光が浮かび上がった。
そこには、一冊の本があった。
表紙には――
《世界設計書・原本》
直人の顔から血の気が引く。
「……これ」
「そう」
ミオが頷く。
「あなたが最初に書いた本」
「でも……」
直人は記憶を探る。
「俺が最初に書いたのは、『誰も死なない世界』だ」
「それは二冊目」
「二冊目……?」
「一冊目は、もっと前」
ミオが本を開く。
最初のページ。
そこには、たった一行。
――『世界を作る理由を忘れるための世界を作る』
直人の呼吸が止まった。
「……意味が分からない」
「分からなくて当然だよ」
ミオは悲しそうに笑う。
「だって、あなた自身が忘れるようにしたんだから」
天音がミオを見る。
「どうして?」
「怖かったから」
「何が?」
「自分が、世界を作った理由を知ることが」
直人の胸に、強烈な頭痛が走った。
「……っ!」
視界が歪む。
大量の映像が流れ込んでくる。
見知らぬ場所。
巨大な白い部屋。
無数の扉。
そして。
一人の直人。
今よりずっと大人びた姿。
その隣に――
天音がいた。
「……俺たち?」
「そう」
ミオが答える。
「二人は最初から、この世界にいた」
映像の中の直人が、天音に何かを話している。
しかし声は聞こえない。
次の瞬間。
天音が泣き出した。
直人が抱きしめる。
そして――
二人の間に、小さなミオが現れた。
「……ミオ」
直人が呟く。
「私は、あなたたちが最初に作った存在」
「娘……なのか?」
「違う」
ミオは首を振る。
「私は――二人の『記憶』」
「記憶……?」
「あなたたちが何度世界を作り直しても、最初の願いだけは消えないようにするために作られた」
直人は映像を見つめる。
その中の自分が。
一冊の本を閉じていた。
そして。
天音に言う。
――『次の世界では、普通の人間になろう』
直人の目が見開かれる。
「……次の世界?」
「そう」
ミオが頷く。
「あなたたちは、自分たちが何者なのかを忘れて普通に生きることを選んだ」
「でも……」
「世界は、あなたたちを忘れなかった」
天音が呟く。
「だから何度も……」
「そう」
「世界が私たちを引き戻した」
ミオは頷いた。
「あなたたちが作った世界だから」
その瞬間。
暗闇の奥から。
低い笑い声が聞こえた。
「……なるほど」
直人が振り返る。
「お前……」
そこにいたのは。
天音の父親だった。
しかし。
先ほどまでの姿ではない。
黒い翼もない。
巨大な身体もない。
ただの人間。
白衣を着た、一人の男だった。
「やはり思い出したか」
天音が叫ぶ。
「お父さん!」
男は娘を見る。
「久しぶりだな、天音」
「全部……知ってたの?」
「知っていた」
「どうして教えてくれなかったの!」
「教えれば、お前たちはまた同じことを繰り返す」
直人が前へ出る。
「お前は何者だ?」
「私は、この世界の最初の観測者だ」
「創造主じゃないのか?」
「違う」
男は直人を見る。
「創造主は――君だ」
直人は拳を握る。
「なら、なぜ俺たちを苦しめた?」
「苦しめた?」
男は首を振る。
「私は何もしていない」
「嘘だ!」
「君たちが自分で作った世界が、君たちを苦しめただけだ」
直人は言葉を失う。
「私はただ、観測していた」
「君が世界を作り」
「君が世界を壊し」
「君が天音を救い」
「君が天音を失った」
男は静かに続ける。
「私は、そのすべてを見ていただけだ」
天音が震える声で言った。
「じゃあ……私の死も?」
「君自身が選んだ」
「……私が?」
「そう」
天音の目に涙が浮かぶ。
「どうして?」
男は答えなかった。
代わりに。
ミオが口を開いた。
「天音は、知っていたんだよ」
「何を?」
「直人が世界を作り続ける理由を」
直人が天音を見る。
「……俺が?」
「うん」
ミオは続けた。
「あなたは天音を失うたびに、世界を作り直した」
「でも天音は――」
ミオの声が震える。
「あなたが永遠に苦しみ続けることを望まなかった」
天音の涙が頬を伝う。
「だから最初の世界で……」
ミオが言った。
「天音は自分から、死を選んだ」
「……!」
直人の世界が止まった。
「俺を……止めるために?」
「そう」
「何度も?」
「何度も」
直人は頭を抱えた。
「……俺は」
声が震える。
「俺は、天音を救っていたつもりだった」
「うん」
「でも……」
直人の目から涙が落ちる。
「俺が天音を苦しめていたのか」
天音が直人の手を握った。
「違う」
「でも――」
「あなたは、私を生きさせたかっただけ」
「……」
「それは間違いじゃない」
天音は涙を拭う。
「ただ……」
直人を見る。
「生きることを、私の代わりに決めないでほしかった」
直人は目を閉じた。
その言葉が。
何よりも胸に刺さった。
「……ごめん」
「ううん」
「ごめん、天音」
「もういいよ」
天音は微笑む。
「今度は、私が自分で選ぶから」
その瞬間。
世界の核が輝いた。
暗闇全体が白く染まる。
そして。
巨大な文字が浮かび上がった。
――《最終選択》
直人と天音の前に。
二つの扉が現れる。
一つは――
《世界を維持する》
もう一つは――
《世界を終わらせる》
ミオが二人を見る。
「これが最後」
「どちらかを選べば、世界は確定する」
直人は二つの扉を見る。
そして。
ゆっくりと首を横に振った。
「……どっちも選ばない」
ミオが目を見開く。
「え?」
「俺はもう、世界を選ばない」
天音も頷いた。
「私も」
直人は二つの扉の間に立つ。
「世界を維持するのも」
「終わらせるのも」
「俺たちが決めることじゃない」
その瞬間。
世界の核が激しく震えた。
『選択してください』
直人は答える。
「――世界自身に選ばせる」
『選択してください』
「嫌だ」
『選択してください』
「俺たちは、もう神じゃない」
直人が天音の手を握る。
「だから――」
二人が同時に言った。
「生きる。」
その瞬間。
二つの扉が――
同時に消えた。
世界の核が砕ける。
そして。
暗闇の向こうから。
新しい世界が生まれ始めた。
しかし。
誰も気づいていなかった。
砕けた世界の核、その奥に。
もう一つの文字が浮かんでいた。
――《第三選択を確認》
そして、その下に。
新たな一文が現れる。
――《創造主の帰還を開始します》
直人の目が開く。
「……何だ?」
世界が。
また――
書き換わり始めた。




