「世界戦争」
――ここからが、本当の世界戦争だ。
天音の父がそう告げた瞬間。
無数の世界が、同時に開いた。
空。
大地。
海。
すべての境界が消えていく。
直人たちが立っている世界に、別の世界の景色が重なった。
炎に包まれた街。
雪に覆われた街。
誰も死なない世界。
誰も生まれない世界。
時間が逆向きに流れる世界。
そして――
何も存在しない、完全な無の世界。
「……これ全部」
天音が息を呑む。
「世界なの?」
「ああ」
父親が答える。
「私が作った世界だ」
直人が睨みつける。
「一体、いくつある?」
「数えたことはない」
「……」
「お前たちが失敗するたびに、新しい世界を作った」
直人の拳が震える。
「じゃあ、今まで俺たちがいた世界も……」
「その一つにすぎない」
「ふざけるな!」
直人が叫ぶ。
「人の人生を何だと思ってる!」
「実験だ」
父親は即答した。
「世界は実験だ」
「人間も」
「時間も」
「命も」
その言葉を聞いた瞬間。
天音が前へ出た。
「……お父さん」
「何だ?」
「私のことも?」
「もちろんだ」
天音は拳を握る。
「私の人生も、全部実験だったの?」
「違う」
父親は首を振る。
「君だけは違う」
「じゃあ、何なの?」
「理由だ」
天音が目を見開く。
「世界を作った理由も」
「世界を壊した理由も」
「すべて君だ」
天音は唇を噛んだ。
「……そんなの、嫌」
その瞬間。
直人が天音の前に立った。
「もういい」
父親を見る。
「天音を理由にするな」
「……」
「天音は、世界を作る理由でも、壊す理由でもない」
直人は言った。
「一人の人間だ」
父親の表情が変わった。
「人間……」
「ああ」
「それだけで?」
「それだけでいい」
直人の背後に、白い光が集まる。
だが。
以前のような世界書き換えの力ではない。
もっと小さい。
もっと弱い。
それでも確かな光だった。
「俺はもう、世界を書き換えない」
直人が拳を握る。
「世界を変えるんじゃない」
「人間が、自分で選ぶ」
父親が笑う。
「それで世界戦争に勝てると思うのか?」
「勝つ必要なんてない」
「何?」
「終わらせる」
直人が答えた。
「誰も勝たない」
「誰も負けない」
「ただ、誰も他人の世界を奪わない」
ミオが静かに頷く。
「……それが境界世界の本当の意味」
黒い月の欠片を持つ少年も、前へ出た。
「俺も協力する」
父親が少年を見る。
「お前は旧世界の残骸だ」
「だから何だ」
「お前に未来はない」
「ある」
少年は答えた。
「今から作る」
父親の目が鋭くなる。
「ならば――」
無数の世界が、一斉に動き出した。
空間そのものが押し寄せてくる。
「お前たちの未来ごと消してやろう」
――轟音。
世界が衝突した。
直人は天音を抱き寄せる。
「走れ!」
「どこへ?」
「境界の中心!」
「ミオは?」
「俺たちを先に行かせる!」
「待って!」
ミオが叫ぶ。
「私が残る!」
直人が振り返る。
「何?」
「境界を開くには、誰かが中心に残らなきゃいけない」
「じゃあ俺が――」
「ダメ!」
ミオは首を振った。
「直人は行って」
「でも!」
「あなたはもう、一人で世界を背負わなくていい」
ミオは笑った。
「天音と一緒に行って」
天音が首を振る。
「ミオ……」
「大丈夫」
「本当に?」
「うん」
ミオは笑った。
「だって私は、あなたたちの記憶だから」
その言葉と同時に。
ミオの身体が光へ変わり始めた。
「ミオ!」
直人が手を伸ばす。
「大丈夫だよ」
ミオは最後に二人を見る。
「忘れてもいい」
「え?」
「今度は、忘れたっていい」
そして。
「大切なものは、また見つけられるから」
光が弾けた。
境界の中心に、巨大な扉が開いた。
「行って!」
直人と天音は走った。
少年も続く。
その背後で。
無数の世界が崩壊していく。
父親が叫んだ。
「止まれ!」
直人は振り返らない。
「もう、お前の世界じゃない!」
扉へ飛び込む。
――瞬間。
世界が静かになった。
直人たちが立っていたのは。
何もない空間だった。
上下もない。
前も後ろもない。
ただ。
遠くに一つの小さな光がある。
「……あれは?」
天音が呟く。
少年が答える。
「世界の核だ」
「世界の……核?」
「あれを守れば、境界世界は完成する」
直人が光へ近づく。
しかし。
光の前に立った瞬間。
一つの映像が浮かんだ。
そこに映っていたのは――
ミオだった。
幼いミオ。
天音。
そして若い直人。
三人で笑っている。
直人の目から涙が落ちた。
「……俺たち、本当に三人でいたんだな」
天音も涙を流す。
「うん」
しかし。
映像の最後。
ミオが何かを言っていた。
声は聞こえない。
直人は目を凝らす。
そして。
ようやく口の動きが読めた。
――「二人とも、ごめんね」
「……?」
映像が消える。
直人の胸に、不安が広がる。
「何を謝ってるんだ?」
その瞬間。
少年の左目が黒く光った。
「……まずい」
「どうした?」
「ミオは、何かを隠してる」
「何を?」
少年は答えなかった。
代わりに。
世界の核から、声が響いた。
『――境界世界、起動条件を確認』
直人が息を呑む。
『管理者不在』
『記憶管理者――消失』
『旧世界残存者――一名』
少年の顔が強張る。
『新世界管理者――二名』
直人と天音が顔を見合わせる。
そして最後に。
『世界統合を開始します』
世界の核が、大きく脈打った。
――ドクン。
――ドクン。
直人の足元に、黒い亀裂が走る。
「……何だ、これ」
天音が叫ぶ。
「直人!」
亀裂の向こうから。
誰かの声が聞こえた。
「――助けて」
直人は凍りつく。
聞き覚えのある声。
絶対に忘れない声。
「……ミオ?」
返事がない。
もう一度。
「――助けて、直人」
直人は亀裂を見つめた。
そして。
天音の手を握る。
「……行こう」
「うん」
二人は亀裂の中へ足を踏み入れた。
その先にあったのは――
世界が生まれる前の、完全な暗闇だった。
そして暗闇の中央に。
ミオが立っていた。
しかし。
その身体には、無数の黒い亀裂が走っていた。
「……ミオ!」
ミオは顔を上げる。
涙を流しながら。
小さく笑った。
「遅かったね」
直人が駆け寄る。
「何があった!」
「私ね……」
ミオは震える声で言った。
「この世界を作ったのは――」
一瞬、言葉を止める。
「お父さんじゃない」
直人と天音が凍りつく。
ミオは二人を見つめる。
「本当にこの世界を作ったのは――」
そして。
その名前を口にした。
「――直人、あなたなんだよ」




