「帰還する世界」
――空が、黒く染まった。
昼だったはずの街が、一瞬で夜になる。
街灯が一斉に消えた。
信号も。
車も。
人々の声さえも。
すべてが止まった。
「……何が起きてるの?」
天音が直人の腕を掴む。
「分からない」
直人は空を見上げた。
そこには月があった。
昼間には存在するはずのない――巨大な黒い月。
しかし。
その月は、以前見たものとは違っていた。
亀裂が入っている。
そして、その亀裂の向こう側から。
別の世界が覗いていた。
「……あれは」
直人の胸が痛む。
理由は分からない。
けれど。
あの景色を知っている。
崩壊した街。
黒い海。
人のいない道路。
空を覆う灰色の雲。
「……俺は、あの場所を知ってる」
天音も同じだった。
「私も……」
その瞬間。
街中の人々が、一斉に空を見上げた。
そして。
「……直人?」
誰かが呟いた。
「佐伯……直人?」
別の誰かが名前を呼ぶ。
次々と。
無数の人々が。
「直人……」
「知ってる」
「この人を知ってる……」
直人は息を呑んだ。
「また……」
世界が自分を思い出している。
だが。
今回は違った。
思い出しているのは直人だけではない。
「……天音」
直人が振り返る。
天音の周囲にも、無数の人々が集まり始めていた。
「天音さん……?」
「あなたを知ってる」
「ずっと昔から……」
「あなたが死んだことも」
天音の顔が青ざめる。
「……私が、死んだ?」
その言葉を聞いた瞬間。
頭の中に大量の記憶が流れ込んできた。
病室。
雨。
直人。
ミオ。
そして――
自分の死。
「……っ!」
天音が膝をつく。
「天音!」
直人が支える。
「大丈夫か!」
「私……」
天音の目から涙が溢れる。
「思い出した」
「何を?」
「全部……」
直人の身体が震えた。
「俺も……」
失われた記憶が戻ってくる。
何度も繰り返した世界。
何度も迎えた天音の死。
何度も書き換えた世界。
そして。
最後の選択。
「……そうだった」
直人は呟く。
「俺たちは……一度、全部を終わらせた」
「うん」
「それなのに」
直人は空を見る。
「どうして戻ってきた?」
答えは。
空から降ってきた。
『――呼ばれたからだ』
声。
あの少年だった。
黒い月の欠片を持つ少年。
街の上空に、巨大な映像として姿を現す。
「……お前」
直人が睨む。
少年は静かに言った。
「俺は、旧世界を忘れられない」
「だから戻したのか?」
「ああ」
「お前のせいで、今の世界が壊れる」
「分かってる」
「天音も消える」
「分かってる」
「それでも?」
「それでもだ」
少年の左目が黒く光る。
「俺には、あの世界しかなかった」
直人は黙った。
その気持ちは理解できた。
理解できるからこそ。
許せなかった。
「だったら……」
直人は前へ出る。
「俺たちが、もう一度世界を作り直す」
少年が笑う。
「もう権限はない」
「知ってる」
「なら、どうする?」
「世界を書き換えない」
直人は空を見上げる。
「世界を――説得する」
「……何?」
直人の隣に天音が立つ。
「私たちは、もう誰か一人のために世界を変えない」
天音が言った。
「この世界も、旧世界も」
「どちらかを消して終わりにはしない」
少年の表情が変わった。
「そんなこと……できるわけない」
「やってみなきゃ分からない」
そのとき。
ミオが現れた。
「……二人とも」
「ミオ!」
直人が振り返る。
ミオは息を切らしながら走ってきた。
「見つけた」
「何を?」
「方法」
ミオは三人を見る。
「旧世界を戻す必要もない」
「第三の世界を壊す必要もない」
「二つの世界を――一つにする」
少年が叫ぶ。
「無理だ!」
「できる」
「二つの世界は矛盾している!」
「だから――」
ミオは空を指差した。
「世界そのものを変えるんじゃない」
黒い月が震える。
「世界と世界の間に――」
巨大な光の線が走った。
「第三の場所を作る」
直人が目を見開く。
「世界と世界の間?」
「そう」
ミオが頷く。
「そこなら、旧世界の人々も存在できる」
「第三の世界の人々も」
「誰も消えない」
少年が震える声で言った。
「……そんな世界が、本当にあるのか?」
「まだない」
ミオは笑った。
「だから作るんだよ」
直人と天音が顔を見合わせる。
そして。
二人は頷いた。
「やろう」
「うん」
直人が手を伸ばす。
天音が重ねる。
ミオも手を重ねた。
少年は迷っていた。
やがて。
ゆっくりと近づき。
四人の手に自分の手を重ねた。
「……俺も」
その瞬間。
黒い月が砕けた。
しかし。
その中心から。
一つの巨大な扉が現れた。
扉には文字が刻まれている。
――《境界世界》
直人が扉を見る。
「これが……」
ミオが頷く。
「誰も存在を否定されない世界」
天音が扉に手を伸ばす。
しかし。
触れる直前。
扉の向こうから声が聞こえた。
「――誰が、そんな世界を作ることを許した?」
全員が凍りつく。
扉がゆっくり開く。
その向こうにいたのは――
天音の父親だった。
だが。
その姿は以前とは違っていた。
人間ではない。
巨大な黒い翼。
光る瞳。
そして背後には、無数の世界。
「私はまだ――」
男が言う。
「この世界の創造者だ」
直人が拳を握る。
「……まだ終わってなかったのか」
男は微笑んだ。
「終わると思ったのか?」
そして。
背後の無数の世界が、一斉に開いた。
「――ここからが、本当の世界戦争だ」




