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レベル1のおっさん、ダンジョン配信を始めたら世界最強だった  作者: tama


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天音の父

 ――天音の父親。


 その言葉が、直人の頭の中で何度も繰り返されていた。


「……お父さん?」


 天音は、目の前の男を見つめている。


 懐かしい。


 けれど。


 同時に、恐ろしい。


 そんな複雑な表情だった。


「どうして……」


 天音の声が震える。


「どうして、ここにいるの?」


「ずっといたよ」


 男は穏やかに答えた。


「君が気づかなかっただけだ」


「嘘……」


「嘘ではない」


「だって……」


 天音は拳を握る。


「お父さんは、私が小さい頃に死んだはず……」


「そうだ」


 男は頷いた。


「だから私は、死んだ」


「じゃあ、どうして……」


「死んだ私が、世界を作った」


 直人は男を睨んだ。


「ふざけるな」


 男が直人を見る。


「何がだ?」


「世界を作ったって……どういう意味だ」


「そのままの意味だ」


「じゃあ、今まで起きたことは全部、お前が?」


「すべてではない」


 男は首を振った。


「始まりだけだ」


 指を鳴らす。


 すると、周囲の景色が変わった。


 真っ白な空間。


 そこに、一つの小さな光が浮かんでいる。


「これが最初の世界だ」


 光が膨らむ。


 地面が生まれた。


 空が生まれた。


 海が生まれた。


 そして――人間が生まれた。


「私は、世界を作った」


「……なぜ?」


 直人が尋ねる。


 男はしばらく黙った。


「天音を生かすためだ」


「……!」


 天音が顔を上げる。


「私を?」


「ああ」


 男の目が、初めて悲しみに揺れた。


「君が病気になったとき、私は何もできなかった」


 天音は唇を噛む。


「医者でも、神でもなかった私は……ただ君が死ぬのを見ているしかなかった」


「……」


「だから世界を作った」


「そんな理由で……?」


「そんな理由だからだ」


 男は静かに言う。


「一人の人間を救うために、私は世界そのものを作り直した」


 直人が拳を握る。


「それで何人死んだ?」


 男は答えない。


「何人の人生を壊した?」


「……」


「天音を救うために、何人を犠牲にした!」


「二億一千四百三十六万人」


 即答だった。


 直人の顔が強張る。


「……何?」


「最初の書き換えで失われた命だ」


 天音が震える。


「お父さん……」


「私は間違えた」


 男は目を伏せた。


「天音一人を救うために、世界全体を犠牲にしてしまった」


「じゃあ、どうして今も続けてる!」


 直人が叫ぶ。


「どうして俺たちまで巻き込む!」


「終わらせるためだ」


「……終わらせる?」


「そうだ」


 男が手を広げる。


 無数の世界が、空間いっぱいに浮かび上がった。


 一つ。


 十。


 百。


 千。


 数え切れないほどの世界。


「私は何度も修正した」


「……」


「だが、どの世界でも天音は死んだ」


 天音の顔が青ざめる。


「病気」


「事故」


「戦争」


「そして、世界そのものの消滅」


 男は一つずつ世界を消していく。


「だから私は考えた」


「何を?」


「天音が死なない世界を作るのではなく――」


 男が直人を見る。


「天音が死ぬという運命そのものを消せばいい」


 直人の背筋に寒気が走る。


「……運命を?」


「ああ」


「そんなことをしたら……」


「世界は壊れる」


 男は淡々と答えた。


「だから君が必要だった」


「俺が?」


「君は天音を救うためなら、世界を何度でも書き換える」


 男の背後に、一つの映像が浮かぶ。


 若い直人。


 泣いている天音。


 そして二人が手を握っている。


「君の強い願いを利用して、私は世界を安定させた」


「……俺を利用したのか」


「そうだ」


「天音も?」


「そうだ」


「……許せない」


 直人の身体から、白い光が噴き出した。


 空間が震える。


 男は動じない。


「怒っていい」


「……」


「君には、その権利がある」


「だったら――」


 直人が一歩踏み出す。


「この世界を終わらせる」


 男の目が細くなる。


「できると思うか?」


「できる」


「君には無理だ」


「なぜ」


「世界を書き換えるには、代償が必要だからだ」


 男の指先に、一つの文字が浮かぶ。


 ――《記憶》。


「君が世界を書き換えるたび、何かを忘れていった」


 直人は息を呑む。


「……だから俺は、いろんなことを忘れていたのか」


「そうだ」


「じゃあ、最後に残るのは?」


 男は答えなかった。


 その代わり。


 天音が直人の手を握った。


「私がいる」


「天音……」


「何を忘れても」


 天音は涙を浮かべながら笑う。


「私が覚えてる」


 その瞬間。


 直人の胸に、温かな光が灯った。


 もう一人の直人が驚いた顔をする。


「……ありえない」


「どうした?」


「記憶の消去が……止まってる」


 男の表情が変わった。


「……そうか」


 初めて。


 天音の父親が、明確な動揺を見せた。


「その可能性だけは……計算していなかった」


 直人が天音を見る。


「何が起きてる?」


 男は答える。


「天音が君の記憶を保持している」


「それが?」


「違う」


 男は静かに首を振った。


「――君の記憶を、世界そのものが保持し始めている」


 世界中に、無数の光が灯った。


 一人。


 二人。


 十人。


 百人。


 やがて無数の人々の声が響き始める。


「……直人?」


「佐伯……直人?」


「知ってる……」


「この人を……知ってる」


 世界が、直人を思い出していく。


 男の表情が凍った。


「……まずい」


 もう一人の直人が叫ぶ。


「何がまずいんだ!」


 男は空を見上げる。


「世界が――」


 そして。


「君を選び始めた」


 ――その瞬間。


 空に巨大な亀裂が走った。


 その向こう側から。


 何かがこちらへ向かってくる。


 人の形をした――


 巨大な黒い影。


「……あれは何だ?」


 直人が問う。


 天音の父親は、初めて恐怖を露わにした。


「私が最も恐れていたものだ」


「何なんだ」


「世界を書き換える者ではない」


 黒い影が、ゆっくりと目を開く。


「――世界そのものだ」


 そして。


 世界が、直人の名前を呼んだ。


 ――佐伯直人。


 ――佐伯直人。


 ――佐伯直人。


 何億もの声が重なり。


 新しい世界が、目を覚ました。

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