創造者の正体
――世界が、崩れていく。
空が砕けた。
大地が割れた。
しかし、直人たちは落ちなかった。
足元にあったはずの地面そのものが、すでに「存在する」という概念を失っていた。
それでも。
直人は天音の手を離さなかった。
「絶対に離すな」
「うん」
天音も強く握り返す。
その向かいで、もう一人の直人が空を見上げていた。
「……来る」
「何が?」
「創造者だよ」
巨大な眼が、空の裂け目からこちらを見下ろしている。
『佐伯直人』
声が響く。
『お前は、また同じ選択をするのか?』
「……同じ?」
『そうだ』
空間が歪む。
そこに、一つの光景が映し出された。
――病室。
ベッドに横たわる天音。
その手を握っている、若い直人。
まだ世界が壊れる前。
まだ何も知らなかった頃。
「……これが」
直人の声が震える。
「俺たちの始まり……?」
『違う』
声が答えた。
『これは、お前が忘れた始まりだ』
映像の中の天音が目を開ける。
「直人……」
「天音!」
若い直人が顔を上げる。
「私……死ぬの?」
直人は答えられない。
医療機器の音だけが響いている。
「……嫌だ」
若い直人が呟く。
「俺が何とかする」
「無理だよ」
「無理じゃない」
「直人……」
「絶対に助ける」
その言葉を聞いた瞬間。
現在の直人の胸に、強烈な痛みが走った。
「……そうだ」
記憶が戻ってくる。
自分は何度も願った。
何度も世界を変えた。
そして――何度も失敗した。
「俺は……何回やり直した?」
『――二千三百七十二回』
直人の顔から血の気が引いた。
「……そんなに?」
『お前は天音を救うたびに、別の誰かを失った』
映像が切り替わる。
街が消える。
国が消える。
人々の記憶が消える。
時間そのものが巻き戻る。
『だから、お前は世界を二つに分けた』
「……」
『天音が生きる世界』
『世界が存続する世界』
直人は拳を握った。
「それで……今、二つがぶつかっている」
『そうだ』
「なら、統合を止めればいい」
『できない』
「なぜだ」
『お前が望んだからだ』
直人が顔を上げる。
「俺が?」
『お前は最後の世界で、こう願った』
空間に文字が浮かぶ。
――《すべてを一つに戻してくれ》
直人は言葉を失った。
「……俺が、そんなことを?」
「そうだよ」
もう一人の直人が口を開く。
「君は最後に、全部を終わらせようとした」
「だったら……」
「でも、終わらなかった」
もう一人の直人は、自分の胸に手を当てた。
「君の願いから、僕が生まれた」
「……お前が?」
「世界を一つに戻すための存在」
天音が尋ねる。
「じゃあ、あなたは……」
「僕は、君を殺すために作られた」
直人が息を呑む。
「……何?」
「世界を一つに戻すには、片方の世界を消す必要がある」
もう一人の直人は静かに続ける。
「そのためには、天音が存在する世界を消すしかなかった」
「ふざけるな!」
直人が叫ぶ。
「それじゃあ、天音は――」
「消える」
即答だった。
「そして君も」
「……俺も?」
「二つの世界を作った中心が君だから」
直人の足元に亀裂が走る。
「じゃあ……俺たちが生き残る方法は?」
もう一人の直人は、しばらく黙っていた。
そして。
「一つだけある」
「何だ」
「創造者を殺す」
空気が凍った。
『――面白い』
巨大な眼が細くなる。
『まさか、その答えに辿り着くとは』
直人は空を睨んだ。
「お前を倒せば、世界は自由になるのか?」
『違う』
「なら何が変わる」
『私は創造者ではない』
「……何?」
巨大な眼が消える。
代わりに、空の裂け目から一人の人間が降りてくる。
黒い服。
白い髪。
そして――
直人と同じ顔。
「……また俺?」
直人が呟く。
しかし。
その男を見た瞬間、天音が青ざめた。
「……知ってる」
「え?」
天音は震えながら言った。
「この人……」
男が笑う。
「久しぶりだね、天音」
天音の瞳から涙がこぼれた。
「……お父さん」
直人は凍りついた。
「……え?」
男は直人を見る。
「初めまして」
そして。
「――君が、私の娘を救おうとしている未来の直人か」
直人は言葉を失った。
天音の父親。
そして――
この世界を作った者。
男は静かに告げる。
「私が、最初の世界を書き換えた」




