直人自身の未来――「お前が存在しない世界」
――静寂。
世界を覆っていた炎が、
ゆっくり消えていく。
空が青くなる。
止まっていた未来が、
一斉に動き始めた。
人々が笑う。
泣く。
走る。
そして――
明日を迎える。
カナは、
その光景を見つめていた。
「……未来って」
涙を流しながら笑う。
「こんなに……綺麗なんだ」
直人も笑った。
「そうですね」
⸻
■しかし
直人の視界には、
まだ消えない文字があった。
【第二世界:救済成功】
【試験進行率:2/∞】
【次の試験対象】
【佐伯直人】
直人の表情が止まる。
「……俺?」
天音が近づく。
「どうしたの?」
直人は、
表示を見せる。
天音の顔が、
険しくなる。
「……ついに」
零が聞く。
「何?」
天音は、
小さく答えた。
「試験の対象が」
「世界じゃなくなった」
⸻
■第三の扉
空に、
一枚の扉が現れた。
今までの扉とは違う。
黒い。
何も映さない。
ただ、
直人だけを待っている。
恒一が剣を構える。
「罠だな」
「はい」
直人も頷く。
美月が言う。
「なら、行かない方が……」
「いや」
直人は、
扉を見る。
「行きます」
天音が驚く。
「直人」
「俺が行かないと」
「この試験は終わらない」
⸻
■カナとの別れ
カナが直人の前に立つ。
「行っちゃうんだね」
「はい」
「……ありがとう」
「こちらこそ」
「また会える?」
直人は笑う。
「未来があるなら」
「きっと」
カナも笑う。
「じゃあ」
「未来で待ってる」
直人は、
その言葉を聞いてから、
黒い扉へ向かった。
⸻
■直人だけの世界
――扉を開く。
光はなかった。
音もない。
ただ、
白い空間。
そこに、
一人の直人が立っていた。
「……」
直人は目を細める。
「俺?」
目の前の男が、
静かに答える。
「そうだ」
「俺の未来?」
「違う」
男は、
直人を指差す。
「お前が存在しない未来だ」
⸻
■存在しない世界
場面が切り替わる。
街。
学校。
ダンジョン。
世界は平和だった。
美月が笑っている。
恒一が歩いている。
天音もいる。
零もいる。
蓮もいる。
誰もが、
普通に生きている。
ただ一つ。
違う。
――直人だけがいない。
「……」
直人は、
その世界を見る。
「俺がいなくても」
「みんな生きてるんですね」
男が答える。
「当然だ」
「お前は」
「世界に必要な存在ではない」
⸻
■直人の価値
直人は、
しばらく黙っていた。
「……そうか」
「寂しくないのか?」
「え?」
「自分がいない世界を見て」
直人は、
少し考える。
「いや」
笑う。
「みんなが幸せなら」
「それでいいです」
男の表情が、
初めて変わった。
「……本当に?」
「はい」
⸻
■試験の本当の目的
男が、
ゆっくり近づく。
「ならば」
「この世界を守れ」
直人が聞く。
「俺がいないまま?」
「そうだ」
「どうやって?」
「お前が消えれば」
「この世界は完全に安定する」
直人の目が、
細くなる。
「……」
「これまでの世界は」
「お前が干渉したから」
「崩壊の可能性が生まれた」
「だから」
男は言う。
「お前自身が存在しなければ、すべてが解決する」
⸻
■直人の迷い
直人は、
街を見る。
美月が笑っている。
天音が笑っている。
零も。
恒一も。
蓮も。
誰も、
直人を知らない。
誰も、
直人を必要としていない。
その光景は、
不思議なほど穏やかだった。
「……」
直人は、
自分の胸に手を当てる。
「俺が消えれば」
「みんなが幸せになる」
男は頷く。
「そうだ」
⸻
■天音の声
その瞬間。
どこからか、
声が聞こえた。
『直人』
「……!」
天音の声。
『聞こえる?』
「天音……?」
男が驚く。
「あり得ない」
声は続く。
『あなたがいない世界を見せられてるんだね』
直人は、
空を見る。
「はい」
『じゃあ』
『一つだけ聞く』
「何ですか?」
『その世界で』
『あなた自身は――』
『幸せ?』
直人は、
答えられなかった。
⸻
■初めての答え
直人は、
笑おうとする。
「みんなが幸せなら」
「俺は――」
言葉が止まる。
胸が痛い。
なぜか。
理由は分からない。
「……」
直人は、
拳を握る。
「俺も」
「そこにいたかった」
男が、
目を見開く。
⸻
■人間としての願い
「俺」
直人は、
自分自身を見る。
「世界を救いたい」
「でも」
「俺だけいなくなるのは」
少し笑う。
「嫌ですね」
天音の声が、
静かに響く。
『うん』
『それでいい』
⸻
■試験失敗
空間に警告が走る。
【試験回答:拒否】
【自己犠牲:否定】
【世界安定:失敗】
男が、
初めて怒りを見せる。
「なぜだ!」
「なぜ世界より自分を選ぶ!」
直人は答える。
「違います」
「何?」
「俺だけを消して」
「みんなを幸せにするのは」
「世界を救ったことじゃない」
一歩踏み出す。
「俺も世界の一部だから」
⸻
■世界を書き換える力
直人の身体から、
強烈な光が溢れる。
【存在定義】
【再構築】
【可能性干渉】
【自己選択権】
男が叫ぶ。
「やめろ!」
「お前は」
「自分自身の存在まで書き換えるつもりか!」
直人は笑う。
「違います」
拳を握る。
「俺が書き換えるのは――」
一歩。
「この試験のルールです」
⸻
■試験管理者
男の身体に、
無数の亀裂が走る。
「……!」
仮面が砕ける。
その下にあったのは――
人間の顔だった。
直人に、
よく似ている。
「……誰?」
直人が呟く。
男は答える。
「俺は」
「お前が最初に捨てた可能性」
「……?」
「お前がまだ」
「ただの人間だった頃の――」
一瞬、
世界が揺れる。
「佐伯直人だ」
⸻
■もう一人の直人
直人は、
言葉を失った。
「……俺?」
「ああ」
「俺の……」
「可能性だ」
男は笑う。
「お前が世界を書き換えるたび」
「俺たちは生まれた」
「失敗した未来」
「捨てられた未来」
「消された可能性」
その背後に、
無数の「直人」が現れる。
一人。
二人。
十人。
百人。
千人。
全員が、
直人を見ている。
⸻
■無数の自分
『俺は守れなかった』
『俺は逃げた』
『俺は世界を壊した』
『俺は仲間を捨てた』
『俺は全部諦めた』
『俺は――』
無数の声。
そして最後に。
『俺は、お前になりたかった』
直人は、
拳を握る。
「……」
そして。
「じゃあ」
顔を上げる。
「俺になればいいじゃないですか」
全員が、
静かになる。
⸻
■直人の答え
「俺だって」
「最初から強かったわけじゃない」
「怖かったし」
「逃げたかったし」
「何度も失敗しました」
「だから」
直人は、
無数の自分へ手を伸ばす。
「失敗した未来も」
「捨てられた未来も」
「全部」
「俺です」
男が、
震える。
「そんなことをしたら」
「お前の存在は――」
直人は笑う。
「もっと大きくなりますね」
⸻
■融合
――光。
無数の直人が、
一斉に直人へ向かって歩き出す。
一人。
また一人。
次々と、
直人の身体へ吸い込まれていく。
【存在数:∞】
【統合開始】
【失敗記録:保存】
【可能性:統合】
【適応――】
そこで表示が止まる。
そして。
【佐伯直人:再定義】
⸻
■最後の一文
白い世界が、
一瞬で消えた。
直人は、
元の世界に立っていた。
天音が駆け寄る。
「直人!」
「……天音」
零も、
美月も、
恒一も、
蓮もいる。
全員、
無事だった。
しかし。
直人の右手には、
見たことのない紋章が浮かんでいた。
天音がそれを見る。
「それ……」
直人は、
自分の手を見る。
「何でしょうね?」
その瞬間。
世界の外側から、
声が響く。
『試験第三段階』
『終了』
『佐伯直人――』
少しの沈黙。
『合格』
直人の目が、
大きく開く。
「……合格?」
しかし。
その直後。
別の声が重なった。
『――ただし』
『本当の試験は』
『ここからだ』




