時間の心臓――兄を救えば、世界が消える
――カチッ。
時計の針が止まった。
世界から、
あらゆる音が消える。
風も。
光も。
人の声も。
すべてが停止した。
ただ一人。
ミナの兄だけが、
時計の中心に立っている。
「……お兄ちゃん」
ミナが震える。
少年は微笑んだ。
『久しぶりだね、ミナ』
「ずっと……待ってた」
『うん』
「どうして……」
ミナの目から、
涙が落ちる。
「どうして帰ってこなかったの?」
少年は、
少しだけ目を伏せた。
『帰れなかったんだ』
⸻
■時間になった少年
少年の身体には、
無数の時計が埋め込まれていた。
胸。
腕。
首。
背中。
そのすべてが、
異なる速度で動いている。
天音が呟く。
「この人……」
「もう人間じゃない」
少年が笑う。
『そうだね』
『僕はこの世界の時間そのものだから』
直人が聞く。
「じゃあ」
「どうして時間を壊す必要があるんです?」
少年は答える。
『僕が時間である限り』
『この世界は僕を必要とする』
『そして僕が存在する限り――』
少年は、
ミナを見る。
『ミナは永遠に、この世界から出られない』
⸻
■世界を救う方法
直人が理解する。
「つまり」
「お兄さんを人間に戻すには」
『時間そのものを一度、終わらせる』
「そして?」
『新しい時間を作る』
美月が驚く。
「そんなこと……」
少年は頷く。
『できる』
『ただし』
時計の針が、
逆回転を始める。
『一度、世界が完全に停止する』
『その瞬間』
『この世界に存在するすべての記憶が消える』
ミナが息を呑む。
「記憶が……?」
『うん』
『僕のことも』
『君のことも』
『この世界そのものの歴史も』
ミナの顔が、
青ざめる。
⸻
■ミナの選択
「……嫌」
ミナが首を振る。
「それじゃ」
「お兄ちゃんを助けても」
「私たちが知らない人になっちゃう」
少年は、
悲しそうに笑う。
『そうだね』
「そんなの……」
『だから僕は』
少年は、
ミナに手を伸ばす。
『もう諦めていた』
⸻
■直人の第三の答え
直人は、
二人を見つめる。
「……」
天音が聞く。
「直人?」
「またですね」
「え?」
「また、二つしか選択肢がない」
直人は笑う。
「世界を残すか」
「お兄さんを助けるか」
そして。
拳を握る。
「でも」
「俺は――」
ミナを見る。
「三つ目を探します」
⸻
■不可能
少年が首を振る。
『無理だよ』
「どうして?」
『時間には容量がある』
『過去、現在、未来』
『すべてを同時に存在させることはできない』
「本当に?」
『うん』
「じゃあ」
直人は、
時間の流れを見る。
過去。
現在。
未来。
それぞれが一本の線になっている。
「この線を」
「一本にする必要はないんですよね?」
少年が黙る。
『……何を言ってる?』
⸻
■時間を「線」から解放する
直人は、
時間の構造に手を伸ばす。
【時間構造】
【現在】
【過去】
【未来】
「時間って」
「流れなくちゃいけないんですか?」
天音が目を見開く。
「……!」
直人は続ける。
「流れるから」
「過去が消えて」
「未来が来る」
「でも」
直人が笑う。
「全部残せるなら」
「流す必要、ないですよね?」
少年が、
初めて驚いた。
『……時間を』
『固定するつもりか?』
⸻
■止まった世界
直人が、
時計の中心に手を当てる。
【時間停止】
【世界固定】
【過去:保存】
【現在:保存】
【未来:未定義】
少女が叫ぶ。
「それじゃ未来がなくなる!」
直人は答える。
「だから」
「未来は――」
一瞬、
光が走る。
【新規未来生成】
「これから作ります」
⸻
■時間の再構築
直人の周囲に、
無数の時計が現れる。
それぞれが、
違う時間を刻み始める。
【過去】
【現在】
【可能性】
【記憶】
【未来】
それらが一本の線ではなく、
一つの巨大な円になる。
少年が呟く。
『……時間を』
『循環させるのか』
「はい」
『そんなことをしたら』
『世界は永遠に同じ場所を回る』
「だから」
直人は笑う。
「少しだけ」
時計の円に、
一つの切れ目を作る。
「進めるようにします」
⸻
■新しい時間
――カチッ。
時計が動いた。
しかし。
今までとは違う。
秒針が一周するたびに、
世界が少しずつ変化する。
過去は消えない。
現在も消えない。
未来だけが、
新しく生まれていく。
【新時間構造】
【記憶保存:100%】
【世界維持:100%】
【時間管理者:不要】
少年の身体から、
時計が一つずつ消えていく。
『……』
ミナが叫ぶ。
「お兄ちゃん!」
⸻
■人間に戻る
少年の身体から、
光が溢れる。
時計が砕ける。
胸。
腕。
背中。
最後に――
心臓の時計が消えた。
少年が、
ゆっくり床へ落ちる。
ミナが駆け寄る。
「お兄ちゃん!」
少年が目を開ける。
「……ミナ?」
「うん!」
「……寒い」
ミナは、
泣きながら笑った。
「人間に戻ったんだよ」
少年は自分の手を見る。
「……そうか」
「僕」
「人間に戻れたんだ」
⸻
■世界が動き出す
――ゴォォォン。
時計塔が、
大きな音を鳴らす。
止まっていた世界が、
動き始める。
風が吹く。
鳥が飛ぶ。
街に人の声が戻る。
崩れていた建物が、
ゆっくり修復されていく。
そして。
空が青くなる。
「……」
直人は、
その光景を見つめていた。
⸻
■救済成功
直人の視界に、
文字が浮かぶ。
【世界救済:成功】
【世界崩壊:回避】
【時間管理者:解放】
【新規未来:生成開始】
直人が笑う。
「……よかった」
天音が隣に立つ。
「うん」
「初めての救済」
直人は頷く。
「成功ですね」
⸻
■しかし
その瞬間。
【警告】
突然、
世界の空に亀裂が走った。
美月が叫ぶ。
「え!?」
恒一が空を見る。
「またかよ……!」
亀裂の向こうに、
別の世界が見える。
そこでは――
巨大な都市が、
炎に包まれていた。
無数の人々が、
空を見上げている。
『助けて!』
『誰か!』
『世界が壊れる!』
直人が、
その世界を見る。
「……」
そして。
新しい文字が浮かぶ。
【次の救済対象】
【世界番号:0002】
【崩壊まで:27分】
直人は、
ゆっくり拳を握った。
⸻
■ミナとの別れ
ミナが直人の袖を掴む。
「……行くの?」
「はい」
「また?」
「困ってる人がいるので」
ミナは少し寂しそうに笑う。
「じゃあ」
「また会える?」
直人は頷く。
「もちろん」
ミナの兄も、
直人へ近づく。
「ありがとう」
「いえ」
「君のおかげで」
「僕はもう、時間じゃない」
直人は笑う。
「じゃあ」
「今度は普通に生きてください」
少年は笑った。
「うん」
⸻
■新たな扉
直人たちの前に、
次の扉が開く。
その向こうは、
炎に包まれた都市。
天音が直人を見る。
「行こう」
「はい」
零が続く。
「次はどんな世界かな?」
直人は、
燃える空を見る。
「分かりません」
そして。
「でも」
扉へ歩き出す。
「助けに行きましょう」
⸻
■そして、世界の外側
誰もいなくなった時計塔。
ミナと兄が、
直人たちを見送っている。
しかし。
時計塔の最上階。
止まっていたはずの、
古い時計が一つだけ動いていた。
――カチッ。
――カチッ。
その時計の文字盤には、
数字ではなく、
一つの文字が刻まれている。
【???】
そして。
時計の奥から、
誰かの声が響いた。
『第一世界、救済成功』
『第二世界へ移行』
『想定以上の速度で適応中』
少しの沈黙。
『やはり』
『彼は危険だ』
そして最後に――
『佐伯直人が、試験の意味に気づく前に終わらせろ』




