直人、世界の裏側から帰還する
――暗闇。
音がない。
光もない。
時間すら存在しない。
そんな場所で――
直人は一人、立っていた。
「……」
右手を見る。
そこには小さな光。
弱々しい。
けれど――
確かに存在している。
「まだ消えてない」
直人は笑った。
「じゃあ、帰れますね」
少女が答える。
『簡単にはいかない』
「どうして?」
『お前はもう、元の世界には存在していない』
「……」
『世界から削除された存在が、元の世界に戻るには――』
少女が指を向ける。
暗闇の向こう。
そこに巨大な壁が現れる。
『世界の外壁を破壊する必要がある』
直人は壁を見る。
「これを?」
『そう』
直人は拳を握る。
「分かりました」
少女が少し驚く。
『怖くないのか?』
「怖いですよ」
『ならばなぜ?』
直人は笑う。
「みんな待ってるので」
⸻
■世界の外壁
直人が歩く。
巨大な壁の前に立つ。
近くで見ると、
壁には無数の文字が刻まれていた。
【存在】
【時間】
【記憶】
【運命】
【因果】
【世界】
それぞれが巨大な鎖になって、
世界を固定している。
「……これが世界?」
『違う』
少女が言う。
『世界を“世界だと思わせているルール”だ』
「なるほど」
直人は拳を構える。
「じゃあ――」
光が拳に集まる。
「ルールを変えればいい」
『待て』
少女の声が鋭くなる。
『それを壊せば、お前自身も消える』
直人の動きが止まる。
「俺も?」
『お前は世界の一部だ』
『世界を壊せば、お前も存在できない』
直人は少し考える。
「……じゃあ」
拳を下ろす。
「壊すんじゃなくて」
壁に手を触れる。
「入口を作ります」
⸻
■世界への穴
直人の手から、
小さな光が広がる。
【存在定義】
【対象:佐伯直人】
【復元要求】
壁が震える。
『拒否』
直人は苦笑する。
「やっぱり駄目ですか」
『拒否』
『対象は削除済み』
『存在権限なし』
直人は壁を見る。
「……そうですか」
拳を握る。
「じゃあ、聞き方を変えます」
光が強くなる。
【存在権限】
文字が書き換わる。
【存在権限――不要】
少女が目を見開く。
『何をしている?』
直人は笑う。
「存在するのに、許可が必要っておかしくないですか?」
――ドン。
壁に亀裂が入る。
「俺が存在したいなら」
――ドン。
「それでいいじゃないですか」
――ドンッ!
巨大な穴が開いた。
⸻
■帰還
世界の表側。
天音は空を見上げていた。
「……」
何かを感じる。
「来る」
美月が振り返る。
「何が?」
「分からない」
恒一が剣を握る。
「俺もだ」
蓮だけが笑った。
「やっとか」
「蓮?」
「帰ってくるぞ」
空に、
小さな亀裂が入る。
――ピシッ。
亀裂は広がっていく。
そして――
拳が突き出された。
「……!」
全員が息を呑む。
「よっ」
直人が顔を出した。
「ただいまです」
⸻
■直人が帰ってきた
「直人!」
美月が走る。
天音も駆け出す。
直人は少し驚く。
「そんなに心配してたんですか?」
「当たり前でしょ!」
美月が涙を流す。
「急に消えるんだから!」
「すみません」
「謝って済む問題じゃないです!」
直人は苦笑する。
「ですよね」
天音は何も言わない。
ただ――
直人の前に立つ。
「……」
「天音?」
天音は直人の頬を、
そっと触る。
「本物?」
「たぶん」
「……」
天音の目から涙が落ちる。
「馬鹿」
「はい」
「本当に……馬鹿」
「すみません」
天音は直人を抱きしめる。
「もう消えないで」
直人は少し戸惑いながら、
天音の背中に手を回す。
「はい」
⸻
■しかし
蓮が空を見上げる。
「喜ぶのはまだ早い」
直人が振り返る。
「何かあります?」
「ある」
空に、
巨大な文字が浮かんだ。
【第四試験――失敗】
【対象:佐伯直人】
【存在復元を確認】
【世界改変レベル――上昇】
そして。
【上位管理層による直接介入を開始】
美月が青ざめる。
「直接……?」
蓮が答える。
「今まで俺たちが戦っていたのは、全部代理だった」
直人が空を見る。
「じゃあ今度は?」
「本体が来る」
⸻
■空が開く
――ゴゴゴゴゴ……。
空全体に巨大な亀裂が走る。
そこから現れたのは、
巨大な建物でも、
怪物でもなかった。
“人間”。
白い服。
黒い髪。
穏やかな顔。
普通の青年に見える。
その青年が、
ゆっくりと地上へ降りてくる。
「……普通ですね」
直人が呟く。
蓮が答える。
「普通に見えるだけだ」
青年が直人を見る。
「初めまして」
直人も頭を下げる。
「どうも」
「私は――」
青年が微笑む。
「世界管理局・第一執行官」
空気が変わる。
「天城零」
⸻
■第一執行官
天城零は、
周囲を見回す。
「興味深い」
「何がです?」
「世界から削除された人間が、自力で帰還した」
直人は頭をかく。
「帰ってきたかったので」
「理由はそれだけ?」
「はい」
天城は少し黙る。
「……理解できない」
「よく言われます」
天城は笑う。
「では質問を変えよう」
「どうぞ」
「なぜ、この世界に戻る?」
直人は仲間を見る。
美月。
恒一。
蓮。
そして――
天音。
「みんながいるからです」
天城の笑顔が消える。
「それだけ?」
「それだけです」
⸻
■天城の警告
天城は静かに言う。
「ならば忠告する」
「はい」
「この先へ進めば」
空に無数の世界が映る。
「お前が知っている世界は、すべて敵になる」
直人は黙る。
「人間も」
「魔物も」
「ダンジョンも」
「神も」
「そして――」
天城が天音を見る。
「お前が守りたい者すら」
天音の表情が変わる。
「……私?」
「そう」
天城は頷く。
「最終的に、お前を殺すのは」
直人を見る。
「お前が一番信頼している人間になる」
直人の目が細くなる。
「……誰です?」
天城は答えない。
ただ――
天音を見る。
⸻
■揺れる空気
「……」
天音が黙る。
美月が叫ぶ。
「そんなの嘘!」
恒一も剣を抜く。
「惑わされるな!」
蓮だけが、
何かに気づいたような顔をしていた。
「……まさか」
直人が聞く。
「蓮?」
「いや」
「何です?」
蓮は答えない。
天城が言う。
「第四試験は終了した」
「え?」
「次は第五試験」
空に文字が浮かぶ。
【第五試験】
【対象:佐伯直人】
【試験内容】
【最も信頼する者を選択せよ】
直人が首をかしげる。
「選択?」
天城が笑う。
「そう」
「この中から一人だけ選べ」
「そして――」
空に新しい文字。
【選ばれなかった者は、すべて敵となる】
美月が息を呑む。
恒一が歯を食いしばる。
蓮が剣を握る。
天音が直人を見る。
直人は――
全員を見た。
⸻
■直人の答え
「……」
しばらく沈黙。
天城が言う。
「さあ」
「誰を選ぶ?」
直人は――
笑った。
「選びません」
「……何?」
天城の表情が初めて崩れる。
直人は拳を握る。
「全員仲間なので」
「一人だけ選べって言われても」
拳に光が集まる。
「そんなルール、知りません」
天城が目を見開く。
「お前……」
直人は空を見る。
「第五試験も」
「ルールごと――」
拳を構える。
「殴って変えます」
⸻
■最後の一文
その瞬間。
世界の外側で、
何かが初めて立ち上がった。
『……またか』
低い声。
『また“ルールそのもの”を否定するのか』
そして。
世界の最深部から、
巨大な扉が開く。
『ならば――』
『次は、お前自身の“始まり”を見せよう』
直人の目の前に、
一枚の映像が浮かぶ。
そこに映っていたのは――
幼い直人。
そして。
その隣に立つ、
見覚えのない少女だった。




