7 気狂い
「――というわけだ。まぁ、今日は風も強いからみんなくれぐれも用心して過ごすように!分かったか?」
『はい!!』
朝のホームルームの話題は最寄駅近くの街頭樹を誰かが切り倒したという報告から始まった。警察が切り株を確認すると、ものすごいスピードで何かが衝突したような跡が見られたため、不許可能力使用案件として受理された。NCUP自体が昔でいう不審者情報みたいなもので、ある程度の緊張感は持つがそこまで重大視されていない。
(.......あいつがやった.....って言っても俺のことはみんな信じないんだろうなぁ......。)
神代はいつも通り窓越しに校庭を眺めながらため息をつく。そんな様子を見かねてか、神代の友人が後ろから神代の頭を叩く。
「おい、どうした?そんな顔して.....ズル休み中に何かあったか?」
「何もねぇよ.....てか、ズル休みって何だよ?」
「えっ?だってあのクソ担任が『神代なら仮病で休んだぞ。』って。」
「あいつ.....ふざけやがって...。」
友人には秘密だがズル休みをしたことは本当だ。だが、理由が理由なので言うことはできない。担任に仮病がバレたのは想定外だったが、気にするに値しないだろう。
「まぁ、気にすることはねぇよ。」
「.....気にしてはないけど....お前はどうなんだよ?」
「えっ、俺?」
「うん、俺と一緒にいたら、他の奴らになんかされるんじゃないかと思ってな。」
「あぁ、そういうことか....。」
神代はそう言って友人を気にかける。親切な彼は人当たりが良く、誰に対しても同じ態度で接している。そのため学級委員長や応援団長を任されていて他生徒からの信頼も厚い。さらに能力面でも優秀で、あの高嶺の次に強いと言われている。
そんな人がなぜ無能力者に話しかけてくれるのか?
入学式から気をかけてくれた彼が疑問で仕方がなかった神代は思い切って聞いてみることにしたのだ。すると、突然の質問に友人は驚いたのか腕を組んで真剣に考えだす。数秒たった後、友人が出した答えは至極シンプルだった。
「う~ん.......いや、だってお前って優しいじゃん。」
「はっ?いったい何を言って――。」
「いやいや、マジよ。大マジ!!........だってお前やり返さないじゃん。」
「.......?」
「どんなに無能力者だって虐げられても、お前は一切怒らなかったし手を出さなかった。」
「.........。」
「そんな優しさがお前のいいところだと思うんだ。.......あっ、あと趣味が合うところ。」
「ははっ、最後に付け足すなよ。」
「えぇ?だってさぁ――。」
彼と話すと神代の顔も必然と明るくなる。神代にとって彼は太陽ともいえる存在、そんな彼が消えてしまったら神代がどうなるかは容易に想像できる。だからこそ、手放してはいけない。
そう、神代は心の中で深く決心する。
こうして、2人は長くも短い朝の時間を過ごしていた。その時、時計の針はそろそろ一限目の始まりまで残り5分の場所まで来ていた。そろそろ準備でも始めようかと話していたら――。
月が昇ってきてしまったのだ。
「クソ代ッ!クソ代はいるかしら!?」
地獄のような声が教室内に響き渡る。
「あっ!......いるじゃない、クソ代。なんでアンタ休んでないのよ?」
「........。」
「この前アンタが休んだ時は私の家でパーティーが開かれたのだから。その時に誘ったみんながまたパーティーを開きたいと言っているのよ。ほんっ.....とうに空気が読めない奴ねッ!」
神代の日常はこれで始まる。
高嶺の嘲笑、クラスメイトの冷ややかな視線、そして.....友人の心配そうな顔。全てが神代にとって苦しみになっていて、特に友人のは毎回頭を悩ませていた。本当はやり返したいところだが、学校で目立った行動をすれば学校中から虐げられてしまう。
(今回も..........何もせずに――。)
「おい、高嶺!!.......お前、毎朝ここまで来て神代に茶々入れやがって......そろそろいい加減にしろよッ!!」
突如、友人の怒声が高嶺の甲高い声を上書きするように教室内に響く。クラスメイトや神代はもちろん、高嶺も驚きと恐怖で両肩が一瞬浮いてしまう。
「な、何かしら.......芳泉学級委員長....?」
「お前......やってる人が人なら自殺事件に発展してもおかしくないんだぞ!?そこのところ分かって言ってんだろうな?」
「ふん、なんだそんなことね.....。」
「.......『そんなこと』?......お、おま......お前ふざけんじゃねぇぇ!!」
怒りで自我を失った芳泉が高嶺に向かって拳を振り下ろす。だが、顔に当たる直前で高嶺に受け止められると足を引っかけられて地面に倒されてしまう。廊下に鈍い音が響くと、ほかのクラスからも興味本位でやってきた生徒たちでいっぱいになる。
「.......くっ...。」
「およしになったほうがいいですわよ?あなたと私じゃあ、レベルが違うんですもの。」
「は、離せ.......。」
「離しませんわ.......だって、また暴れる可能性がまだ残っていますの。弱いとはいえ、能力ありの模擬戦では私と肩を並べる存在.......ここでは狭いですし、何より面倒ですわ。」
「て、てめぇ.......。」
血走った目で見あげる芳泉。それを冷たい目で見下ろす高嶺。全ての人がこの先の展開がどうなるのか楽しんで見ていた時、神代は違った感情で2人を見ていた。
「おい......どういうことだよ?」
「?」「?」
「お、お前らとぼけんなよ.....。」
気がついたら神代は思っていたことを口に出していた。
「お、俺はお前らの模擬戦なんて聞いたことねぇぞ!?」
学校内の模擬戦情報は昇降口や教室内に張り紙で掲載される。それはどんなに小さいものでもだ。大体は放課後に行われることが多いため、帰宅部の神代は観戦したこと自体はないが誰と誰が戦うかは知っている。
それなのに、現状の学年1位と2位が行う試合が神代の耳に入らないわけがない。
何かがおかしい。
「おい、芳泉。ちょっと体見せろ。」
「えっ......?」
「見せろって言ってんだよっ!!」
神代が高嶺を押し退けて芳泉を立たせる。そして、荒っぽい手つきで服を捲り上げると、そこには真実があった。
「.....!...お、おまえ....何だよこれ?」
「へへ、バレちまったか.....。」
「バレちまったかじゃねぇよ!?.....お、お前ーー。」
「な、何だよ!この青アザはっ....!?」
服の下には芳泉の身体を覆うほどの、見苦しい青アザがあった。もう、誰にやられたかは言われるまでもない。
「あら、知らなかったの?」
「......。」
「てっきり話しているかと思ったのに....。」
「.....。」
「ったく、あなた達も仲がいいわね。もう、学校中でカップルなんじゃないかって噂されてるんだから。」
「....。」
「けど、その仲の良さが仇となったわね。」
「...。」
「人間ってば、仲間がいないものからどんどん死んでいくのよ?」
「......黙れよ。」
不意に出てしまった言葉。だか、全く神代は気にしない。だが、どうやら気にしているのは高嶺らしい。
「黙れですって?......ふふ、この事はアンタにも原因があるのよ、神代透。」
「は?」
「アンタが私の模擬戦の誘いを断ったせいで芳泉学級委員長が身代わりになってくれたのよ。」
「.....はっ?」
神代は申し訳なさそうに目を逸らす芳泉をじっと見つめる。その顔には何かを諦めたような感じがした。
「ふふ、今まで私が誘った回数は入学式の2日後から数えて合計『54回』。その回数分、彼が犠牲になってるのよ。.....あっ、そういえば、アンタが無能力だから能力無しの縛りで戦ってたわね。ふふ、あれは滑稽だったわ。」
高嶺が言い終わると周りからは芳泉に向けられた笑い声や罵声など、様々な言葉が飛んでくる。そんな中、高嶺が発した一言が神代の耳に止まった。
「あの学級委員長が校庭でゴキブリみたいに這う姿はとても可愛らしかったわぁ。」
その瞬間、神代の中で何かが切れる音が聞こえた。
「けど、みんな頑張ったのよ。あなたに伝わらないように.....だって、知ったらどうせ止めに来ーー。」
「おい、高嶺......表出ろ。」
「.......えっ?」
「聞こえなかったのか、高飛車クソ女。....表出ろって言ってんだよ。」
「た、高飛車...!?」
突然の言葉に高嶺が後ろに一歩後ずさる。それを逃さないように、神代は大きく一歩を踏み込んだ。
「お前、散々好き勝手言ってくれたようだが......いいぜ、受けてやるよ....模擬戦。」
『模擬戦』
神代から決して発せられることのない言葉に野次馬達は歓声をあげる。だが、その中央で呆然と立ち尽くしている女は、神代の言葉を静かに問い返す。
「ほ、本当なの?」
「......。」
「ね、ねぇ......ねぇってば!!」
普段怒るはずのない神代でも怒るときは怒る。その時には必ず言う言葉が存在していた。
その言葉を神代は高嶺に言い放つ。
「......ブッ殺してやるよ。」
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