18 もう離れたくはない
もうそうなってしまったら、互いが互いを敵と認識するまで時間は必要なかった。夜の白川郷に鈍い金属音が響いて、両者の間に緊張が走る。
神代が静かに相手の胸へ向けているのは、ドーズから渡された銃の口。月光によって黒く光るそれは、引き込まれるような神秘さを放っていた。
「おっ.....護身用の拳銃持って来てんのな...。そこのところは感心するぜ。」
対して、猟師から簑を脱いてガンマンのような姿になった男も、神代に向けてハンドガンを向けていた。
「......お前、いったい誰だよ。」
「へへっ、俺のこと言ってんのか?」
神代が男に問うと、男は口をゆっくりと開いてそう答えた。銃を突きつけ合っているというのに、男の返答にはどこか余裕があるように見て取れた。
「.....日本能力保全連合に所属している、俺の名前は火縄弾.....日本TOP10の1人だ。」
「...はっ?」
神代の身体が恐怖と震えで満たされるのを感じる。目の前の人間が数秒ごとに、人間離れした何かへと変わっていく。
『日本能力保全連合』
日本の能力案件の至る所に根を張り巡らせて、日本の中枢を担う組織。さらに国からも正式に活動が認められていて、独自の評議会によって能力に関する法律や企画なども行える。
正に裏の支配者。
だが、その権威を守るためにもある程度の戦力を保持しなければならない。
そのために行われているのが、全日本能力実態調査.....すなわち、能力テストだ。この国では6歳以上の国民に行うことを義務付けられている。そこで、能力テストの評価が全国10位以内だと、NPPの評議会に入ることができる。
(はっ....?....日本の10本指?)
あまりにも馬鹿げた言葉を聞き、頭がクラクラし出す神代。今自分が銃口を向けている相手がそんなにも強大だとはにはかに信じがたい。
「....逆に聞くけどよぉ....さっきはスルーしたが、なんでお前が拳銃持ってんだよ?」
「ッ...!」
突如、火縄に痛いところを突かれて顔を歪ませてしまう神代。先程までは一般人だった評価が一転して犯罪者に成り下がる。
「うーん....俺も持ってるから言えねぇけど、普通に銃刀法違反だぞ。」
そう言いながらも火縄は神代へと歩み寄る。この状況で相手と距離を詰めることは死を表すが、火縄の顔は冷静さを保ったままだ。
(クソがッ!......恐怖とかねぇのかよ!)
ジリジリと詰めてくるその姿は、まるで獲物を追い詰める肉食獣そのもの。このままいけばその通り、神代は火縄に食われてしまう。
「.....まぁ、とりあえずお前は警察に渡すわ。」
そうして火縄が後ずさる神代の手を掴もうとしたーー。
その瞬間だった。
「『能力解放』ッ!!」
刹那、火縄と神代がいた場に霧が満ちる。
「はっ...?」
予測不能な展開に火縄は思わず神代の手を離してしまう。そのチャンスを逃さないように神代は大きく腕を振って火縄を完全に振り払うと、先程の掛け声が聞こえた方角へと全力で走り出す。
「...!..まっ、待てッ!」
背後から火縄の静止する声が神代の鼓膜に届くが、今は自分の心臓の鼓動の方が大きいためあまり気にならなかった。
「.....高嶺っ!」
「何してんの!?.....はやくこっち!」
霧を抜けて周りを見回しながら高嶺の名前を呼ぶと、目の前に花柄の寝巻きを着た高嶺が現れる。彼女の額や首には汗がピッタリと張り付き、急いで駆けつけたことが見て取れた。
「なになにっ!?....何あいつ!」
「知らん!.....けど、とりあえず宿舎に逃げ込むぞ。」
「わ、分かった...!」
即座に一時撤退を選んだ神代と高嶺は、手を取り合いながら宿舎に向かって走り出す。ふと、後ろが気になり神代が振り向くと霧が晴れているのが分かった。
だが、もうそこに火縄の姿は無かった。
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「ねぇ!本当にあいつ誰なの?」
「........わからない。」
「はぁ!?」
2人は宿舎まで逃げ帰ったあと、部屋の中で状況を整理していた。全力で走った2人の顔には疲労感が滲んでおり、どれぐらい必死だったかを物語っている。だか、そんなことよりも先程の火縄という人物が2人とも気になってしかたがなかった。
「てかさ.....あの人、じゅ....銃、持ってたよね...?」
「......。」
高嶺の話し方的に、神代が拳銃を持っていたことはバレなかったらしい。おそらくだが、神代の後ろから近づいて来たため角度的に見えなかったのだろう。
「.......とりあえず、寝よう。」
「......う、うん...。」
「....俺は起きて、見張っておく。」
「えっ?」
高嶺の肺が全ての空気を口から排出する。彼女の顔は驚きと不安が張り付き、身体をワナワナと震わせていた。
「いつあいつが来てもおかしくない....俺が見てるーー。」
「ダメッ!」
いきなり声を上げる高嶺。女子特有の高い金切り声が室内に響き渡り、その迫力に音と時が止まったような感覚に襲われる。
「た、高嶺....?」
「ねぇ.....神代。アンタ、本当にあいつが来たらどうするつもり?」
「......。」
「見ただけでも分かったわ....あいつは強い。」
「それがなんだよ....?」
「多分......殺されるわよ?」
「.....。」
確かに高嶺の言う通り、火縄と戦うことは神代にとって死を意味するほどの危険さを伴う。だが、来てしまったならそれはそれでしょうがないと神代は考えている。
「.....早く寝ろ。」
今更だが、高嶺を連れて来てしまった自分の行動を後悔する。そのため、神代が1番にしなくてはならないことは『高嶺を守り抜く』という義務感。
早く寝てもらって明日には帰さないといけない。
「大丈夫だ......あいつは多分来ねぇよ。」
これは神代なりの気遣いであり、ここまでついて来てくれた高嶺への感謝があった。
だがーー。
「......やだ...。」
「....え。」
高嶺の言葉を聞き返そうとしたら、いきなり高嶺が神代の隣に座り込み身体をあずけてくる。
「お、おい....。」
神代が高嶺の奇行に驚いていると、高嶺が彼の声に被せるように言い返す。
「だって......」
囲炉裏の火が悶々と燃えて、2人を明るく照らす。だが、それとは違い、2人の心は冷たさで満ちていた。
そこへ突き刺される一筋の光の言葉。
「もう、離れたくないよ...。」
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