第九章 オルタネーション5
柔らかな光が消えた時、
ルミナとルナは、どこまでも続く花畑の上で目を覚ました。
風は一定のリズムで吹き、
花々は同じ方向へ揺れている。
まるで“世界そのものが夢の中”にあるような静けさだった。
ルナは上体を起こし、ぼそりと呟く。
「……俺、死んだのか……?」
辺りを見回し、
ルミナに気づくと気まずそうに視線をそらした。
ルミナはルナの身体に傷がないことに気づき、
胸をなでおろす。
「……よかった……」
だが、すぐに表情を引き締め、
意を決して口を開いた。
「ルナ……なんで私を……
それに……里長さんを……」
ルナは下を向いたまま黙り込む。
言葉を探すように唇が震えた。
やがて、
ルミナの方を見て何かを言おうとしたその瞬間──
遠くから“誰かが近づく気配”がした。
ルナは目を見開く。
「……あれは……ルミナ……?
なんで……二人……?」
ルミナも息を呑んだ。
花畑の奥から歩いてきたのは──
ルミナと同じ姿をした存在。
その瞳は深い森のように静かで、
どこか懐かしい気配をまとっていた。
ルミナは震える声で尋ねた。
「あなたが……精霊王なんですか……?」
その存在は微笑み、
柔らかな声で言った。
「ようこそ──
“真の勇者”と、佐藤月よ」
ルナは眉をひそめる。
「真の……勇者……?」
ルミナは息を呑んだ。
「……なんで……私の前世の名前を……?」
精霊王は静かに語り始めた。
「邪神と女神に干渉されぬ魂を求めた。
その呼びかけに応えたのが、そなたじゃ。
ゆえに私は……そなたに“依代”を与えた」
「依代……?
私、ダークエルフじゃないんですか……?」
精霊王はくすりと笑った。
「おぬし、今までダークエルフを見たことがあるのか?」
「……ないです。
絶滅したって……」
「ならば言おう。
私の姿こそ、人間どもが“ダークエルフ”と呼んだものじゃ。
女神の敵である私を、いつしかそう呼ぶようになったのじゃよ」
ルミナは言葉を失った。
精霊王はルミナに近づき、
耳飾り──精霊王のピアスをそっと手に取る。
じっと見つめたあと、
ルナの方へ視線を向けた。
ルナはぷいっと横を向く。
精霊王は楽しそうに笑った。
精霊王はルミナの耳飾りをそっと手に取り、
その表面を指先でなぞるように見つめた。
「まあ、よい。
これは本来“守り”の力を持つピアスじゃ。
今より、そなたらに相応しい力を与えよう」
ピアスが淡く光り、
花畑の空気が震える。
「ただし──
ひとりで持つには、お前たちでは耐えられん。
ゆえに、二つに分けて授けよう」
精霊王は光を分け、
ルミナとルナの手のひらへそっと置いた。
その光は温かく、
まるで心臓の鼓動のように脈打っていた。
ルナは光を見つめ、
苦しげに眉を寄せた。
「……俺には……もう力なんてない。
紋章だって……ほら」
ルナは紋章の消えた手の甲を見せる。
精霊王は静かに頷いた。
精霊王は手をかざし、
空間から一本の剣を呼び出した。
光そのものが形を成したような、
澄んだ輝きを放つ剣。
「これは、かつて私が振るった剣。
そなたに授けよう」
ルナは驚きに目を見開く。
「……俺に……?」
剣がルナの手に触れた瞬間、
淡い光が彼の腕を包んだ。
精霊王は二人に向けて手をかざした。
「──行くがよい。
あの哀れな魔王を、救ってやれ」
光が二人を包み始める。
ルミナは思わず叫んだ。
「待って!
まだ聞きたいことが──!」
精霊王は優しく微笑む。
光が強まり、
花畑の景色が遠ざかっていく。
ルミナはルナの手を掴み、
ルナも強く握り返した。
次の瞬間──
二人の姿は光の中へ溶けていった。
花畑には、精霊王だけが残る。
彼は静かに目を閉じ、
風に揺れる花々へ語りかけるように呟いた。
「……行くがよい。
そなたたちの選ぶ未来へ……」




