第九章 オルタネーション4
エルフの里では、
サンの身体を包む黒い靄が濃くなり、
まるで世界そのものを拒絶するように揺らめいていた。
その中心で、
サンは微動だにしない。
ただ、靄の奥から“魔王”が目を覚ましていく気配だけがあった。
リーフは震える手で弓を構え、
里長をそっと地面へ下ろした。
「……返してよ……お母様を……!」
矢が放たれる。
しかし──
黒い靄に触れた瞬間、矢は音もなく消えた。
サンがゆっくりとリーフの方へ顔を向ける。
その瞳は、
もう“サン”のものではなかった。
リーフは後ずさりし、
声を震わせた。
「来ないで……来ないで……!」
その時──
背後から叫び声が響いた。
「リーフ!!」
リーフは振り返り、
目を見開いた。
「……お姉様!!」
そこには、
ソフィアが駆け寄ってきていた。
倒れた里長を見つけた瞬間、
ソフィアの表情が凍る。
「……お母様……?
これは……いったい……」
だが、サンの姿を見た瞬間、
異質な気配に顔が強張る。
ソフィアは杖を構え、
氷の槍を放つ。
だがサンは、
槍を手で掴み、魔力の圧で砕いた。
そして、
ゆっくりとソフィアへ歩き出す。
「……っ、リーフ! 下がりなさい!」
ソフィアは里の外へ向かって走り出した。
サンも速度を上げ、
影のように追いかけてくる。
森を抜け、
里から大きく離れた場所で、
ソフィアは振り返った。
「──極大魔法!」
炎の竜巻が天へと伸び、
サンを飲み込む。
轟音と熱風が吹き荒れ、
大地が震えた。
だが──
炎が晴れた時、
サンは何事もなかったかのように立っていた。
ソフィアは息を呑む。
「……やっぱり、一筋縄じゃいかないわね」
彼女は木陰へ身を隠す。
サンは迷いなく追いかけ、
気配を辿って近づいてくる。
ソフィアが姿を見せた瞬間──
空から待機してあった無数の氷の槍が降り注いだ。
サンは面倒くさそうに腕を振り、
槍を弾き飛ばしながら速度を上げる。
次の瞬間、
サンはソフィアの目の前に立っていた。
腕が振り下ろされる。
ソフィアの身体は──
煙のように消えた。
「……幻影よ」
周囲には、
無数のソフィアが現れていた。
サンは腕を振り回し、
幻影を次々と消していく。
だが、幻影は増え続ける。
ソフィアは微笑む。
「そんなんじゃ、いつまでたっても⋯⋯」
その瞬間、
サンを包んでいた黒い靄が晴れ──
“魔王”となったサンが姿を現した。
紋章が眩い光を放ち、
周囲の空気が裂ける。
次の瞬間、
魔王の一振りで、周囲の幻影がすべて断ち切られた。
ソフィアの本体が姿を現す。
魔王は剣を構え、
一気に距離を詰める。
剣が振り下ろされ──
大地が震えるほどの衝撃が走った。
ソフィアは目を開けた。
自分の前に──
グリフォンが血まみれで立っていた。
彼女を庇うように翼を広げ、
魔王の一撃をソフィアの代わりに受け止めていた。
「……あなた……どうして……」
魔王が再び剣を振り上げる。
その瞬間──
二人の間に光の球が現れ、
魔王を強烈な力で弾き飛ばした。
大地が揺れ、
魔王は木々をなぎ倒しながら後方へ吹き飛ぶ。
光の球は、
まるで“誰かの意志”を宿しているように、
静かに脈動していた。




