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月と二人の勇者  作者: あると


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第八章 リメインズ9


「......そういえば、教皇は?」

アリスの小さな呟きが、謁見の間の空気を一変させた。

誰もがその存在を忘れていた。

視線が一斉に周囲へ向けられる。


その時──

騎士たちの背後、柱の影に隠れるようにして、

そっと扉へ向かう人影があった。


教皇だ。


王が鋭く叫ぶ。


「逃がすな! 捕らえよ!」


騎士たちが駆け寄り、教皇の腕を掴む。

だが教皇は、どこか余裕の笑みを浮かべていた。


「……これは、とっておきでしてね」


懐から取り出した小瓶を、

教皇は騎士の首元へ突き刺した。


緑色の液体が弾け、

空気が一瞬で濁る。


騎士の身体が震え、

輪郭がゆらりと歪んだ。


次の瞬間──

その身体は形を失い、

淡い緑のスライムへと変質していった。


教皇は後ずさりしながら叫ぶ。


「さあ……あれらを喰らい尽くせ!」


しかし──

怪物は教皇の方へ向き直った。

触手を何本も何本も絡めていく。


「ま、待て……私は違──」


言葉は最後まで続かなかった。

緑のスライムが波のように押し寄せ、

教皇の姿はスライムの中へ溶けるように消えていった。


ソフィアが眉をひそめる。


「……なんじゃ、あれは」


怪物はゆっくりと広がり、

床を這うようにして騎士たちへ迫る。


「王を守れ!」


矢が放たれるが、

怪物はすべてを吸い込むように飲み込み、

形を変えながら前進を続けた。


ソフィアは杖を構え、

低く呟く。


「⋯⋯ならば、これでどうじゃ

⋯⋯極大魔法ファイアーストーム⋯⋯」


炎の渦が天井まで立ち上がり、

謁見の間を赤く染めた。

熱風が吹き荒れ、床が震える。


王は頭を抱えた。


「室内で使う魔法ではないぞ……!」


騎士たちは慌てて消火に走るが、

ソフィアは気にも留めず笑った。


「細かいことはよい。あれを消せれば十分だろ」


炎はやがて弱まり、

煙が薄れていく。


ソフィアは目を見開いた。


「……まだおるのか」


そこには、

炎を受けてもなお形を保つ怪物がいた。


ルミナが前に出る。


「……なら、これなら……!」


彼女の周囲に、

無数の小さな氷の粒が浮かび上がる。


ソフィアは驚いたように言う。


「初級魔法では効かんぞ」


だが次の瞬間、

氷の粒は回転し始め、

風を巻き込みながら速度を増していった。


「……な、なんじゃと……?」


ルミナを見てソフィアの声が震える。

氷と風の魔法を発生させていた。


「他属性魔法を同時に発動してるのか……?

 そんなことありえんのだが……!」


氷の渦が広がり、

謁見の間全体を包み込む。

空気が一気に冷え、

床も壁も白く凍りついていく。


渦が消えた時──

怪物は巨大な氷塊となって静止していた。


サンが一歩前に出る。

黒い瞳が氷塊を見据えた。


そして、

静かに手を伸ばす。


氷塊に触れた瞬間、

細かな光の粒となって砕け散り、

怪物は跡形もなく消えた。


ソフィアは息を呑み、

ルミナへ向き直る。


「……すごいのう。まさか、あれほどの魔法を……」


ルミナは頬を赤らめ、

小さく首を振った。


「ただの……初級魔法、です……」


その言葉に、

ソフィアは思わず笑った。


「初級であれとは……末恐ろしいわい」


謁見の間には、

ようやく静けさが戻り始めていた。


ルミナは、サンの髪と瞳が黒く濁っていて首には黒い痣が蠢いてるのに気づき、

胸の奥がざわついた。


「サン……それ、どうしたの?」


サンはゆっくりと視線を落とし、

自分の手を見つめながら答えた。


「……わからない。

 勇者の力は……もう使えない。

 でも──」


握った拳が、かすかに震える。


「……力そのものは、増してる気がする」


その言葉に、アリスが一瞬だけ俯いた。

その肩が、ほんのわずかに震えている。


そして、決意したようにサンへ歩み寄る。


「……私、もう外れるわ」


サンは驚き、声を荒げた。


「なんでだよ!」


アリスは静かに首を振る。


「あなたたちには……もうついていけないの。

 私がいたら、また迷惑をかけるだけだもの」


その声は震えていた。

強がっているのが、誰の目にも明らかだった。


サンは唇を噛み、悔しさを押し殺すように俯いた。


アリスは無理に明るく笑う。


「これからは、ゆっくり暮らすわ。

 お金はあるしね」


サンは少しだけ笑い返した。


「……じゃあさ、教皇の後釜やればいいじゃん」


「はぁ!? 何言ってるのよ、冗談言ってる場合じゃ──」


アリスが言いかけたところで、

王が腕を組んで口を開いた。


「それは良い案だ。元勇者パーティーなら誰も文句は言うまい」


「ええええええええっ!?」


アリスの叫びが謁見の間に響く。


「いろんなアイス食べて……のんびり……って思ってたのに……」


ルミナの顔が目に入った瞬間、

アリスは言葉を飲み込んだ。


そして、拳を握りしめて叫ぶ。


「もうっ……! 私が世の中変えてやるんだから!」


天井を見上げ、

どこか遠くを見るように呟く。


「ルビー……見ててね」


その時だった。


窓から白い鳩が舞い込み、

ソフィアの肩に止まった。


ソフィアは足に結ばれた手紙を開き、

その表情が一瞬で変わる。


「……なんだと、これは」


ルミナが不安そうに尋ねる。


「ソフィアさん、どうしたんですか?」


ソフィアはしばらく黙り、

深く息を吸って言った。


「エルフの里が……魔族に襲われた」


ルミナの心臓が跳ねる。


「……え?」


ソフィアは続けた。


「襲撃した者は──

 予言のリフレと……ルナじゃ」


「なんで……なんでよ!」


ルミナは叫び、駆け出そうとする。

だがソフィアが肩を掴み、静かに止めた。


「ルミナ……大丈夫か?」


ルミナは震える声で答える。


「……ルナに、聞かなきゃいけないことがあるんです」


ソフィアはふっと笑い、

懐から二つのものを取り出した。


「忘れ物じゃ。

 世界樹の杖と……鎧のドレス」


ルミナは目を見開き、深く頭を下げた。


「ありがとうございます……!」


ソフィアはサンへ視線を向ける。


「行けるか?」


サンは力強く頷いた。


「……行く」


ソフィアは杖に魔力を込める。

窓の外で風が渦を巻き、

巨大な影が現れた。


ガラスを突き破って姿を現したのは、

翼を広げた大きなグリフォン。


王は頭を抱えた。


「……外でやってくれ」


ソフィアは笑い、

ルミナとサンを振り返る。


「行くぞ。空の旅じゃ」


三人を乗せたグリフォンは、

王宮を離れ、

空高く舞い上がった。


新たな戦いへ向かうために。

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