第六章 獣人の村8
森の奥へと続く血の跡を追い、
ルナとルミナは息を切らしながら開けた場所へ飛び込んだ。
そこで目にした光景に、二人は息を呑む。
血まみれのリフレが立ち尽くし、
その足元には──
シンハが横たわっていた。
「……シンハ……」
ルナは呟き、
胸の奥がきしむように痛んだ。
次の瞬間、
その痛みは怒りへと変わり、
ルナの瞳は鋭くリフレを射抜いた。
リフレは口元を歪め、
一つ目を細めて笑う。
「ずいぶん遅かったわね……
こいつはもう手遅れよ」
その声は、
死を愉しむ者のそれだった。
「それに──
三人でも勝てなかったのに、
二人でどうにかなるとでも?」
挑発するような声。
だがルナは即座に叫んだ。
「三人だ!!」
リフレの笑みが一瞬だけ止まる。
「何をバカなことを。こいつはも──」
言い終わる前に、
ルナが低く言い放った。
「お前の傷を見ろ」
リフレは一つ目を下へ向けた。
自分の身体──
肩、胸、腹、腕。
そこには深々と刻まれた爪痕と斬撃。
黒い血が止まらず流れ落ちている。
ルナは一歩、前へ踏み出した。
「その傷は……
シンハが命がけでつけたものだ」
剣を構え、
怒りと覚悟を宿した瞳でリフレを睨む。
「だから──
あとは二人でトドメを刺すだけだ」
リフレは鼻で笑った。
「戯言を……!」
次の瞬間、
リフレの身体から衝撃波が放たれた。
空気が裂け、
地面がえぐれ、
木々が悲鳴をあげる。
ルナは瞬時に身を翻し、
衝撃波を紙一重で避けながら、
リフレへ斬りかかった。
剣が風を切り、
リフレの血の匂いがさらに濃くなる。
リフレは血まみれの身体で、それでも余裕の笑みを浮かべながら、
迫りくるルナの斬撃を左の爪一本で受け止めた。
ギィンッ──!
金属が軋むような音が森に響く。
「お前など……片手で充分よ」
リフレは嗤い、左腕に力を込めてルナを押し返した。
「こいつ……強い!」
ルナは歯を食いしばりながら叫ぶ。
その声を聞きながら、ルミナは必死にリフレの動きを観察していた。
血まみれの右腕──一度も動かしていない。
(……右手が……使えない?)
「ルナ! 右側が弱点よ!」
ルミナは叫ぶと同時に、
氷の矢を生成し、風魔法で加速させて撃ち出した。
ヒュッ──!
氷の矢は一直線にリフレの右腕へ飛び、
深々と突き刺さった。
「ぐっ……!」
リフレの身体が大きく揺れ、
一つ目が怒りに震える。
「ルナ! 右側から攻めて!!」
ルミナが叫んだ瞬間──
リフレの身体から、
怒りに任せた無数の衝撃波が放たれた。
ドォンッ! ドォンッ! ドォンッ!
空気が裂け、地面がえぐれ、
木々が悲鳴をあげる。
ルナの身体は吹き飛ばされ、
ルミナの方へ弾き飛ばされ──
崖の縁へ叩きつけられた。
足元の地面が崩れ、
崖の下には激流の川が渦を巻いている。
リフレは嗤った。
「右爪が使えなくても……お前らなどどうにでもなるわ」
そして、
ルナを見下ろしながら言葉を続けた。
「闇の勇者……
お前は人間から嫌われているのに、
なぜ味方する?」
「……うるせえ」
ルナは低く唸るように言った。
リフレは口角を吊り上げる。
「私はお前の紋章のこと……
知りたいことは何でも教えてやる。
それと──
お前を“完璧な勇者”にしてやることもね」
一つ目が妖しく光る。
「さあ……こっちに来い」
リフレは血まみれの右手を差し出した。
その瞬間、
ルナはルミナを振り返り、短く言った。
「……ルミナ。逃げろ」
「え……?」
ほんの一瞬だけ、
ルナの手が震えた。
だが次の瞬間──
ルナは剣を振り下ろし、
自分とルミナの間にある崖の地面を切り裂いた。
バキィッ──!
地面が崩れ、
ルミナの足元が消える。
「やだ……やだよ……ルナ……行かないで……!」
ルミナは激流へ落ち、
白い手が空を掴むように伸び──
激流に呑まれ、姿が消えた。
世界が一瞬、静まり返った。
ルナはその姿を見つめ、
静かに呟いた。
「……生きろ」
そして、
シンハの亡骸へ一瞬だけ視線を落とし、
自分の“腕”に刻まれた紋章へ目をやる。
黒い紋章が、
まるで呼応するように脈打った。
ルナは剣を構え直し──
ゆっくりと、
リフレのもとへ歩き出した。




