第六章 獣人の村4
村の入口へ駆けつけた二人は、思わず足を止めた。
……静かだ。
魔族が攻めてきたという割には、
血の匂いも、殺気も、戦いの音すらない。
「……ほんとにこっちでいいのか?」
ルナが眉をひそめる。
焦りと不安が混じった声だった。
ルミナは周囲を見渡し、指を伸ばす。
「合ってるみたいだよ。あそこ──」
村の外、木々の影の向こう。
大勢の獣人たちが円を描くように集まり、
その中心に“何か”を囲んでいた。
ルナとルミナは駆け寄る。
そこにいたのは──
二メートルを超える異形の魔族。
髪はぼさぼさに伸び、
ひし形の顔の中央に、
ぎょろりとした巨大な“ひとつ目”が光っている。
その腕は太く、鋭い爪が生えていた。
そして、その爪が掴んでいたのは──
「……シロ!」
ルナの声が震えた。
魔族はシロの首を片手で掴み、
爪を食い込ませながら持ち上げている。
「離せよ! 離せよ!!」
シロは必死に暴れ、
涙と怒りで顔を歪めて叫んだ。
「兄貴を返せよ!!」
だが魔族はシロの叫びを完全に無視し、
ゆっくりとルナの方へ顔を向けた。
巨大な一つ目が、ぎょろりと動く。
「……おや。勇者様じゃないですか」
口元が裂けるように歪み、
不気味な笑みが浮かぶ。
「こんな田舎までわざわざ……
死にに来たんですか?」
ルナは剣を抜き、低く唸る。
「俺が相手してやる。だからシロを離せ」
魔族は鼻で笑った。
「なんで私が、あなたごときの言うことを聞く必要があるんですか?」
そして──
シロの首に食い込む爪をさらに深く押し込んだ。
「っ……あ、ぐ……!」
シロの顔が苦痛で歪む。
ルナが踏み出そうとした、その瞬間だった。
魔族の巨大な一つ目が、ぎょろりと細められた。
それは、獲物を嬲る前の獣の笑みに見えた。
次の瞬間──
空気が爆ぜた。
「っ……!」
村の獣人たちが一斉に膝をつき、
ルミナも地面に手をついて崩れ落ちる。
ルナだけが辛うじて立っていたが、
足は震え、呼吸は乱れ、額から汗が滝のように流れ落ちた。
全身を押し潰すような圧力。
肺が潰れそうなほどの重圧が、空気そのものに混じっている。
「……なんだ、この圧力……!」
ルナが歯を食いしばりながら呟く。
魔族はシロの首を掴んだまま、
楽しげにルナへ視線を向けた。
「早く来ないと……死んじゃいますよ?」
その声は、耳の奥を直接叩くような不快な低音だった。
シロが悲鳴をあげる。
「……兄ちゃん……助けてよ……!」
弱々しい声。
その言葉は、獣人たちの心をえぐるように響いた。
ルナが再び踏み出そうとした、その瞬間──
轟音。
地面が揺れ、爆風が魔族とルナの間を切り裂いた。
土煙が一気に舞い上がり、視界が真っ白になる。
「……なんだ?」
魔族が低く唸る。
煙が風に流され、ゆっくりと晴れていく。
そこに立っていたのは──
虎の獣人の青年。
鋭い眼光で魔族を睨みつけ、
その腕には、気を失ったシロをしっかりと抱えていた。
青年の体からは、怒りと殺気が溢れ出している。
その姿は、まるで獣そのものだった。
ルナは息を呑む。
「……お前……」
青年は魔族から目を離さず、低く呟いた。
「……シロに触るな」
その声は、静かで、しかし咆哮よりも重かった。




