第五章 辺境の村3
隊長が出ていった扉を見つめながら、
サンはしばらく動けなかった。
(……なぜだ。
あの慈愛に満ちた国王が、どうしてこの村に応援を送らない?)
胸の奥に、重く冷たい疑念が沈んでいく。
ふと──
脳裏に、あの傲慢な王妃と教皇の顔が浮かんだ。
「……まさか、な」
呟いた瞬間、空気が変わった。
外から、肌を刺すような“異様な気配”が流れ込んでくる。
サンは反射的に立ち上がり、村の入り口へ駆け出した。
そこには──
大勢のルーテシア騎士団が武器を構え、
その前に“異様な男”が立っていた。
血の気のない灰色の肌。
骨のように細い体。
黒いマントが、風もないのに揺れている。
男はゆっくりと手を上げた。
その瞬間──
地面から黒い靄が噴き出し、
村を囲むように無数の魔族が姿を現した。
アリスが震える声で呟く。
「……なに……これ……」
隊長がサンの隣に駆け寄った。
「あいつが……例の幹部だ」
声が震えていた。
「撃てッ!」
号令と同時に、矢が雨のように放たれた。
だが──
男は避けもしない。
矢はすべて、男の身体をすり抜けていった。
「……っ!」
騎士たちがざわめく。
サンは聖剣を握りしめ、力を込めた。
剣が眩い光を放つ。
「はああああッ!」
光の軌跡を描きながら、幹部へ斬りかかる。
だが──
斬った感触はない。
刃は、まるで霧を切るようにすり抜けた。
「……なんだ……こいつ……!」
何度斬りつけても、手応えは一度もなかった。
幹部は薄く笑いながら言った。
「もう終わりですか……?
噂の勇者とは、この程度なのですね」
サンは歯を食いしばり、一歩後ろへ下がった。
その時──
「どいてッ!」
ルビーの声が響いた。
彼女は両手を高く掲げ、魔力を一点に集中させる。
「──極大魔法!」
手のひらが白く輝き、地面へ叩きつけられた。
次の瞬間、幹部の周囲に炎が渦を巻き、
巨大な火炎竜巻となって天へと伸び上がった。
轟音と熱風が村を揺らす。
ルビーは息を荒げながら呟いた。
「……これでダメなら……もう終わりね……」
炎の竜巻はしばらく燃え続け、
やがてルビーの魔力が尽き、彼女は尻餅をついた。
竜巻は徐々に弱まり、消えていく。
そこには──
何も残っていなかった。
騎士たちは歓声を上げた。
「やったぞ!」
「幹部を倒した!」
サンも緊張が解け、肩の力を抜いた。
だが──
黒い靄の魔族たちは、まだ消えていなかった。
「雑魚なら我々でもなんとかなります!」
騎士の一人が叫ぶ。
その時、アリスが震える声で言った。
「……ねぇ……あれ……見て……」
指差す先で、
一匹の魔族がゆっくりと近づいてくる。
靄が剥がれ落ちるように消えていき──
そこから現れたのは、
さっき消えたはずの“幹部”だった。
誰もが息を呑む。
幹部だけが、薄く笑っていた。
「……久しぶりですね。
あっ……先ほどぶりでしたっけ?」
ルビーは震えた声で叫ぶ。
「うそ……なんで……倒したはずなのに……!」
幹部はニヤリと笑った。
「ふふ……あれくらいで終わったと思ったのですか?」




