第五章 辺境の村2
サンは静かに前へ進み出た。
焦げた匂いがまだ残る集会場の空気は重く、誰もが息を潜めている。
サンは深く頭を下げた。
「……頼む。力を貸してくれ」
勇者が頭を下げるという異様な光景に、
周囲の騎士たちがざわめいた。
ルビーとアリスも慌てて並び、同じように頭を下げる。
「お願いします……!」
「どうか……!」
その必死さに、一瞬だけ空気が揺れた。
だが──
隊長は冷たい目でサンたちを見下ろした。
「……神聖国は応援も寄越さず、よく言えたものだな」
机を叩く音が、鋭く響く。
「それに──」
隊長はサンを睨みつけ、声を低くした。
「そちらの国王が“何を崇拝しているか”……
あなた方は本当に、ご存じないのですか?」
その言い方は、噂を事実として扱う残酷な断定だった。
アリスが怒りで震え、前に出ようとする。
「そんなのデタラメよ! うちの国王は──」
「アリス、やめろ」
サンが静かに制した。
その声には、怒りよりも深い悲しみが滲んでいた。
だが隊長は止まらない。
「我々は慈善事業じゃないんだよ!」
怒号とともに机を強く叩き、
隊長はそのまま集会場を出ていった。
扉が乱暴に閉まる音が響き、
場には重苦しい沈黙だけが残った。
サンは下を向き、唇を噛みしめた。
(……まただ。
俺は……何も守れていない)
胸の奥が、じわりと痛む。
少年の涙、倒れた騎士たち、村の焦げた匂い──
すべてがサンの心を締めつけた。
ルビーは心配そうにサンを見つめ、
アリスは悔しさで拳を握りしめている。
その時──
隊長の後を追うように、副隊長らしき騎士が歩み寄った。
「……隊長を悪く思わないでください」
その声は、先ほどの怒号とは違い、静かで優しかった。
「彼は……仲間の命のことを思って言っているのです。
ここに倒れている者たちは、皆……彼の部下ですから」
サンは顔を上げられないまま、
かすれた声で答えた。
「……わかってる。
わかってるよ……」
その表情は、勇者ではなく──
ただの青年の、痛みに満ちた顔だった。




