第三章 光と闇5
黒焦げになった熊の死体を見下ろしていた男は、
背中の大剣に手を伸ばした。
次の瞬間──
黒い大剣は淡く光り、
男の手の甲に刻まれた紋章へと吸い込まれるように消えた。
「……え?」
ルミナは息を呑んだ。
その光は、どこか禍々しく、
けれど美しくも見えた。
男はその反応を見て、口元をわずかに緩めた。
「驚くよな。
俺は──勇者だ」
「勇者……?
勇者はサンじゃないの……?」
声が震えていた。
自分でも気づかないほど、体が強張っている。
男は吹き出すように笑った。
「ははっ。あいつか。
あいつは“光の勇者”だよ」
そして、静かに名乗った。
「俺は──“闇の勇者”ルナだ」
「……ルナ?」
その名前を聞いた瞬間、
ルミナの胸がふっと温かくなった。
(ルナ……わたしの、前の名前……)
ほんの少しだけ、緊張が緩む。
ルナは首を傾げた。
「……で、お前は?」
ルミナは自然に答えていた。
「わたしは……ルミナ」
だが──
その瞬間、脳裏に“あの絵本”がよみがえる。
『ダークエルフは邪神が作った醜い怪物。
勇者に滅ぼされた存在。』
心臓が跳ね、
手足が冷たくなり、
呼吸が浅くなる。
(……わたし……殺される……?)
ルミナは一歩下がり、
震える声で言った。
「……わたしを……殺しに来たの……?」
ルナは目を丸くし、
次の瞬間、呆れたように笑った。
「は?
あんな“教会が作ったおとぎ話”を信じてるのか?」
「え……?」
ルナは肩をすくめ、
まるで当たり前のことを言うように続けた。
「この世界を作ったのは“邪神”だ。
女神はその世界を見て“醜い”って言って、
勝手に人間どもを作った」
ルミナの心臓が大きく跳ねる。
ルナは淡々と、しかしどこか怒りを含んだ声で続けた。
「邪神は怒って“魔王”を作り、
女神は対抗して“勇者”を作った。
……それが本当の歴史だ」
ルミナは息を呑んだ。
(じゃあ……あの絵本は……全部……)
ルナは続ける。
「教会は女神側だからな。
邪神が作った種族──魔族、獣人、ダークエルフを
“悪”に仕立て上げたんだよ」
ルミナの手が震えた。
(わたし……悪じゃない……?
滅ぼされる存在じゃ……ない……?)
胸の奥がじんわりと温かくなる。
ルナは空を見上げ、ぼそりと言った。
「なんでか知らねぇが、今回は“勇者が二人”生まれた。
光の勇者サンと──俺、闇の勇者ルナ」
そして、ルミナを指差す。
「だからよ。
あいつより先に──
嫌われ者同士で魔王を倒すぞ」
「……悪いのは女神なんでしょ?
なんで魔王を倒すの?」
ルナは少しだけ寂しそうに笑った。
そして、手の甲の紋章を見せる。
「勇者だから。
……」
その言葉には、
深い諦めと、どこか孤独が滲んでいた。
ルミナは胸が締め付けられた。
(……この人も……わたしと同じ……)
その時──
ぐぅぅぅぅぅぅぅ……!!
森に響くほどの大きな腹の音。
ルナは気まずそうに腹を押さえた。
「……悪い。
なんか食い物、ないか?」
ルミナは思わず吹き出した。
「ふふっ……あるよ。
こっち」
ルミナはルナを自分の家へと案内した。




