表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
優しい月と、江戸のまち  作者: 伊那
おまけ
49/52

①侍学園

このおまけの章は、本編とは時系列が異なるものや、本編に関係ないものを置く場所です。

 わたしたちのクラスに転校生が来たのは、梅雨入りも間近の頃だった。

 細長い教室、四十近い机と椅子がきれいに並べられた空間に、わたしたち生徒は黒板を向いて座っている。

 教壇のある黒板の前に、見知らぬ一人の少年が立っている。青い髪でややしかめっ面のその転校生は、右目に眼帯をしていて右腕は三角巾とギプスに包まれている。クラスメイトたちは、彼があらわれた時からざわめいている。転校生とは珍しい存在なのだ、生徒たちの口をつぐませる方が無理な話だ。

「あ……っ、さっきの……」

 近くの席のきさらちゃんが思わず、といった様子で声をもらした。あの青い髪の転校生と既に面識があるみたいだ。そういえばきさらちゃん、今日は珍しく予鈴が鳴ってから教室に駆けこんできたっけ。登校途中で転校生と道でばったり会ったから遅れたのかな。

 きさらちゃんの席は、わたしより教壇に近い。そのせいか彼女のつぶやきが、転校生くんにも聞こえたのか――彼らは一瞬、目が合ったように見えた。それを目ざとく見つけたのか、ある一人の女子生徒がにんまり笑う。

「もう会ってたの? それならきさら、保健委員だし彼のこと手助けしてあげれば?」

 わたしの隣りの席の撫奈(なづな)ちゃんが机から身をのりだしてきさらちゃんに耳うちした。その時わたしは見た。撫奈ちゃんの小さくない胸が机の上に載っている様を――。

 撫奈ちゃんはわたしと同じ、飲食店でバイトをする身。そのせいもあってかわたしたちはとても会話が弾む。気さくでおおらかで、聞き上手なのでクラスのお姉さん的存在。そんな素敵なお姉さん相手に、別にその胸ちょっと分けろなんて、わたしはちっとも思ってはいない。

「今日からこのクラスの一員になった、(あお)くんです。彼が困っていたら、助けてあげてくださいね」

 景雲(けいうん)先生が眼鏡を少しあげながら、クラスのみんなに告げた。けれど転校生の青くんは、景雲先生のそんな言葉すら面倒くさそうに眉を寄せる。なんだか、他人からの干渉をあまり好まないタイプに見える。

「それから、隣りのクラスにももう一人転校生がいますから、同じクラスでなくとも皆さん気がねなく声をかけてくださいね」

 女子生徒に人気の笑顔をしながら景雲先生は続けた。

 同じ日に同じ学年に二人も転校生が来るなんて、珍しい。隣りのクラスの朝陽に、あとで話を聞いてみよう。

「青くんの席は――、千吏(せんり)くんの席があいているから、そこにしましょう」

 千吏くんは引きこもりの不登校になってしまったので、随分と長い間学校に来ていない。景雲先生が手で示した場所を、なんとなくクラス中が注目する。転校生くんは自分の行動をいちいち眺められているのを鬱陶しそうに、歩き出した。

「それでは、ショートホームルームをはじめま――」

「景雲先生! ちょっと来てください!」

 転校生の紹介も終わって、ショートホームルームがはじまろうとしていたその瞬間、権左(ごんざ)先生が血相を変えてやってきた。教師同士で何やら話しだし、景雲先生は「ちょっと職員室に戻りますから、皆さん自習していてください」と言うと教室のドアを閉めるのも忘れ駆けて行った。自習っていっても、授業時間じゃないから何をしたらよいのか分からない。次の一時間目は生物の授業だけど、まさかみんなが真面目に自習するとは思えない。

「よお転校生、その怪我、一体どんなケンカしたらそうなるんだ?」

 そして真面目に自習どころか、転校生に友好的ではない態度をとる者までいる――。風紀委員のくせに不真面目な、緋狐(ひこ)くん狸休(りきゅう)くんコンビだ。にやにや笑いで、青くんを見下すような表情と声音をする。

「けったいな怪我やなー。あんたをヤったやつは、よっぽど強いんか、あんたが弱いんか、どっちやろなぁ」

 というか、ケンカを売っている。青くんが教室に姿を見せた時とは違うざわめきが教室内に生まれる。

「あの二人、まただよ……」

「風紀委員長に怒られるぞ……」

 緋狐くん狸休くんは、血の気が多いというかケンカっ早い。学校内だけでなく、他高生ともケンカしているとの噂がある。

 転校生が挑発に乗るのを待っている――そんな二人に、しかし青くんは一瞥をくれただけだった。青くんの席は、緋狐くん狸休くんの席に囲まれている。偶然だろうが、そこに行くには彼らを避けて通る事は出来ない。

「……めんどくせぇ……」

 しかし、青くんは嘆息して足を止めた。緋狐くんがさりげなく右足を青くんの進路に出していたのを見咎めたから――それに気づかず青くんが進めば、彼は転んでいたかもしれない――かと思いきや、踵まで返す。青くんは教室のドアに向かって歩いているように見える。

「おい、こにしき、そいつを止めろ、風紀委員だろ」

 立ち上がった緋狐くんはドアに近い席の音羽(おとわ)くんに命じる。

「えっ俺?!」

 突然自分のあだ名――こにしき――をあげられ、音羽くんは目を丸くしていた。確かに音羽くんも風紀委員だけれど、緋狐くんたちのようにケンカは得意じゃない。むしろ積極的にケンカを避けるタイプだ。同じ委員会所属の緋狐くん狸休くんに雑な扱いをされる事の多い音羽くんだが、それでも彼が自ら争いごとに飛び込むような真似が出来るはずがない。

「でも別に、彼は何もしてないし……」

 音羽くんは軽く笑う。事実といえば事実だが、それでも青くんの歩みが進むといよいよ教室から出て行きそうになる。

「待てよ転校生。びびってんのか?」

 結局自らの手で青くんを止めようと、緋狐くんが教室を横切って青くんの元に向かう。

 緋狐くんは顎を引き、青くんを正面から睨みつける。青くんの方も、相手を鬱陶しいと思っていそうな顔ながら視線をそらさない。なんだか一触即発だ。

 先生もいないし、このケンカがはじまりそうな空気を、誰なら止められるんだろう。わたしはくるりと教室内を見回す。きさらちゃんははらはらして両手を合わせている。撫奈ちゃんはちょっと面白がってる顔に見える。剣道部主将の立待ちゃんは朝練がおしているのかまだいないし、男勝りで空手部の天音(あまね)ちゃんは――また居眠りをしている。そういえば柔道部あたりに所属していた武くんは――また遅刻らしい。

 一体、どうしたら――。

「はい、授業をはじめますよー」

 ほぼドアの前にいた青くんの肩をがしりとつかんだのは、生物の織久(おりひさ)先生。なんとなく有無を言わせぬ雰囲気がぬぐえない笑顔をしている。

「本鈴が鳴っていたのに気がつかなかったんですか?」

 ぐいぐいと青くんの背中を押し、織久先生は教壇へとあがる。そういえば、チャイムが鳴っていたような気もするけど、教室内でケンカがはじまりそうでそれどころじゃなかった。

 緋狐くんは舌打ちをすると、苦い顔のまま自分の席へ戻った。青くんもうんざりした顔だったが、指定されていた席へ行く。

 結局、大した騒ぎにはならなかったが、青くんの転校初日は、平和とは言い難いはじまり方をしたようだった――。


 二時間目は体育だ。隣りのクラスとの合同授業で、二クラスの生徒がグラウンドに集まる。更衣室からグラウンドへ向かう道すがら、わたしは早速親友の朝陽に今朝あった事を話した。

「へえ、そっちはそんな事になってたのね。うちのクラスの転校生の耶八(やはち)くんなんて、すごく人懐っこくて、もうハチっていうあだ名で呼ばれてる。明るくってさ、同じ底抜けに明るい(らい)とも既に十年来の友達って感じ」

「それはすごい……」

 うちのクラスの転校生とは大違いだ。

「あ、でも友達っていえば、そっちのクラスの転校生とは親友なんだって言ってたわ、ハチくんは。こっちはまだ会ってないのに“青ちゃん青ちゃん”って連呼されて、もう覚えちゃった」

 話すうちにわたしたちはグラウンドに着いた。先に着いていた立待ちゃんと、居待くんに手を振るが、妙な視線を感じてわたしは顔を動かす。居待くんの隣りに立つ雷くんが、わたしを威嚇するような目つきで見ている。朝陽によると、雷くんは居待くんを女の子だと信じきっていて――実際、居待くんは女子の制服であるブレザーとスカートを着用して登校しているので一見普通の女子高生にしか見えない――恋をしているのだとか。居待くんは男なのに。

 雷くんはそんな恋する相手と仲のよい男子生徒を嫉妬の目で見るため、わたしまで目の敵にされている。わたしも女子の制服を着ているはずなのに、違うクラスで会う回数が少ないせいか、雷くんには女だと思われていない。男女一緒のジャージを着る体育の授業で顔を合わせる事が多いのも、わたしが女と思われない要因になっているのかもしれない。今だって白い半そでTシャツに青いハーフパンツという恰好だ。全校生徒が着るジャージだけど。

 確かにわたしは髪も短いし胸もないし背も無駄に高いけど、スカートを穿いていても何故か雷くんには男認定されるので、もはや服装とか関係ないのかなと思っている。諦めの境地だ。

 ちなみに体育の授業は男女別に行っているんだけど、それでも雷くんには違和感を持ってもらえていない。わたしは彼と一緒に体育をしていないのに。

「相変わらず雷のやつ、優月のこと男と思ってるのね。まごうことなき馬鹿だわー」

 雷くんと幼なじみの撫奈ちゃんが呆れたように苦笑する。その時、男子を指導する虎ひげ先生が集合をかけたので雷くんは行ってしまったが、その背中を撫奈ちゃんはしばし眺め続けていた。なんとなく哀愁のただよう撫奈ちゃんに、わたしは疑問になる。ちょっと寂しそう? まさか、撫奈ちゃんは雷くんの事――

 そんなはずないか。わたしは自分の考えを打ち消した。

 女子を指導する朋香(ほうか)先生も、わたしたちを呼んでいる。いい加減、授業をはじめる頃だ。ぞろぞろと女生徒たちは一ヶ所に集まりはじめる。ちなみに、居待くんも女生徒として体育の授業にのぞむ。理由はなんだか知らないし、性別にうっすら気づいている人もいるけれど、学校では居待くんは女子だし、立待ちゃんは男子という事になっている。本当は逆の性別だけど。

 そんな訳で居待くんと共に女子は女子で集まった。

 準備運動をしたあと、女子はソフトテニスをする事になっている。授業用のテニスラケットはたくさんあるが、テニスコートの数は限られている。一部の生徒がテニスコートを使う間、他の生徒は単純な球の打ち合いや、ボレーの練習をしていた。

 コート待ち組だったわたしは、飛んで行ったボールを取りに行く途中、居待くんとすれ違った。拾ったボールをむにむにさせながらさっき居た場所に戻ろうとしていたら、声をかけられる。

「今日の放課後、クレープ屋さんに行きません? 評判のお店があるんですのよ」

 居待くんからお出かけのお誘いだ。珍しい、と思っていたら、

「姉上がずっと行きたい、と言っていたものですから」

 案の定立待ちゃんの発案だった。居待くんは超がつくほどのシスコンだ。お姉ちゃんである立待ちゃんが行くところなら、大抵ついて行く。

「……そうだよね……。じゃあ、朝陽もさそって……」

「別に二人でも構いませんのに」

 三つ編みの髪をひとつ、手で肩へ流して居待くんは言った。

「…………え?」

 わたしの手から、ぽとりとテニスボールが落ちた。

 二人、とは? 誰と誰を示すものなのだろうか? 居待くんと立待ちゃん? それだったら最初っからわたしに声をかける必要はない。という事は、居待くんと、わたしだけの二人? 二人っきり? YOU&ME? それって一体? どういうこと??

 完全に混乱したわたしが黙り込んだのを、訝しく思ったのか居待くんは小さく呆れ顔になった。

「下見ですわ、下見。評判のお店ならどれくらい混雑するのか事前に知っておきたいですし、味だって姉上に食べさせられるようなものなのかどうか」

 両手を腰にあてて、言い含めるような居待くん。

 確かにお姉ちゃん思いの彼なら、あまりに行列の出来るお店に赴かせて、お姉ちゃんを疲れさせるような事はしたくないと思うだろう。そして毒見もしたくなるだろう。自分だけの舌では確信できなければ、もう一人ぐらい毒見役もほしくなる。

 ただ、それだけだ。

 わたしが誘われたのも、剣道部で忙しい立待ちゃんや新聞部の朝陽と違って何の部活動もやっていない帰宅部だからこそ、予定がないだろうと誘いやすかっただけなのだ。

「あ。そっかそういうこと。なーんだそっかあはははは」

 わたしは一体、何を勘違いしそうになっていたんだろう。自分の愚かさに、けっこう笑える。

 居待くんは転がっているテニスボールをラケットで引きよせ、一度跳ねさせラケットのガットの上にぽんと載せる。ソフトテニス部員のよくやる動作を難なくやってのけ、顔を上げた居待くんはにやりと笑った。

「なんですの、デートのお誘いとでも思いました?」

 まるでわたしの頭の中を見透かしたような笑み。

「えっ、そ、ちが……っ」

 わたしの顔は一気に熱くなる。頭を見透かされて困るのは、わたしが勘違いをしていたからってだけじゃなくて、それをのぞんでいたかのような思考をしていたのが知れると――言い訳が出来なくなるから。

 居待くんはただからかっているだけって分かっているのに、その表情が、わたしの勘違いを嫌がっていないようにも見えて、更に勘違いしそうになるから、もっと困る。わたしとデートをしたい訳じゃなくても、少なくとも拒絶はしないくらいには――わたしに好意的であると、思えてしまえて。

 いや、別に、わたしはそんな。居待くんとどうこうなりたい、わけじゃないし。だって仲のいい友達だし。居待くんは絶対わたしの事、からかいがいのある変なやつぐらいにしか思ってないはずだし。

 ぐるぐるする思考が遮られるのは――その五秒後。

「あ」

 居待くんの淡々とした声。

 後頭部に激しい衝撃。

 強い痛み。

 揺れる視界。

「わーごめーん!」

 慌てたような誰かの声。

 転がったサッカーボールが見えたような気がして、わたしは思い出した。男子の体育はサッカーだったという事を。

 自分の身に何が起きたかうっすら勘付きながら、わたしの世界は暗転した。




 ・

 ・

 ・




 おかしな夢を見た。

 目覚めてしまった今では細部までは思い出せないが、よく知った顔や知らない顔が、当たり前のように見知らぬ場所で一緒に生活していた夢だった。特に、場所が奇妙だった。江戸とはまったく異なる建築様式の建物の中にわたしは居た。夢の中で会った人の中には、会った事もない相手がいたが、どうしてか少し懐かしいような気もした。

 爽亭を開店させる準備をして、忙しくしているうちにその内容のほとんどは忘れてしまった。

 けれどわたしは、その日やって来た朝陽に夢の話をする事にした。

「聞いてよ朝陽、変な夢を見たんだけどね、そこでわたしたち――」

 まるでどこか遠く未来の話。

 あるいは別の世界のわたしたち。

 まだ見ぬ人が懐かしいのは、いずれ会うべき運命だからか。

 思いこみかもしれないけれど、夢で会った人と、いつか会える日がくるのなら。わたしはきっとうれしいと思う。

 それに――会った事のある人も、また爽亭に来てくれるのだと、信じて。

 それはきっと、しあわせな夢。

 思い出すときゅっと胸がさわぐあのひとの姿も脳裏に浮かべ、わたしは小さく微笑んだ。







ベタな夢オチパロディ。

学園パロディは大の好物です。

学パロ、前からやりたかった。エイプリルフールネタにしようと思って間に合わなかった。


途中で煮詰まってこんなんなっちゃいました(おい)

学園ものだと優月さんちょっとあほっぽい。

別に胸が小さいの気にしてなんかいないから。


きさらちゃんは食パンくわえて走ってたら青髪の少年とぶつかって転んでしまい、謝りもせず起き上がる手助けもしてくれないで去った少年にむっとしながら教室に入るとさっきの転校生だったの?!

というべったべたな展開をやっていた事でしょう。

あ、でこぱちと玖音ちゃんもやってそう……(笑)


風紀委員長は葉ちゃんで、風紀委員顧問は烏之さま。

賽ノ地の住人とは優月目線じゃ会えそうにないので、いっぱい出したかったんですが話を収拾させられる気がしなくて;;

でも大好きな音羽くんとか出せてよかったですv(笑)


YOU&Iが正しいんですけど、夢の中の出来事なのでYOUMEとムリヤリ読ませる親父ギャグがしたかったのでそうしました……(ひどいギャグ)



ちなみに学園のイメージは完全に作者の母校。男子は学ランです。

そして作者は元ソフトテニス部です。

楽しかったです!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ