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優しい月と、江戸のまち  作者: 伊那
終幕.
44/52

***

 あれから――何年たっただろうか。

 あれから、とてもたくさんの出来事があり、変化があり、江戸の町は随分と様変わりした。町の人も、大きな世の中の移り変わりに、戸惑いながらもいつしか受け入れ、少しずつ変わりはじめている。変わらないのは、わたしの未熟な恋心だけ。

 今度会ったら伝えたい事があると言った後――多くの事件が起こってしまい、“今度”は訪れなかった。

 居待はあれから、姿を消してしまった。真偽の定かではない噂がいくらかあったが、それももう今ではなくなった。

 わたしはいつからか、この、江戸の町が眼下に眺められる丘の上に何度も訪れるようになった。まるで、あの人がいつ戻ってもすぐに見つけられるようにと思っているかのように。いくらなんでも町の全貌は見えないし、人の顔なんて小さくてよく見える訳もないのに。

 けれどわたしは丘の上に立って、どこにもいない人を探す。

 唇を噛んだあと、ふるえるように息を吸う。

「どこにいるの……っ」

 会いたい。

 生きているのかも死んでいるのかも分からない。何度戻ってはこないと諦めようと思った事か。何度死んだりしないと首を振った事か。何度――心をさまよわせてきた事か。その度に涙して、もう泣く事なんてないと思ったのに、また目頭が熱くなる。

 ここに帰ってきて、なんて贅沢な事は言わない。せめて無事な姿を一目見せてくれるだけでいいのに。

 ただもう一度、会いたい。

 会いたい。会いたいよ。

 気づくとわたしは膝をついていた。風が強いのが悪いのだ。塵が舞って目に痛い。だから汚れを落とそうと目が何かがあふれる。わたしは長い髪が地面につくのも構わずに、うずくまった。

 ずっと、あんな日が続くと思っていた――

 それは無理でも、せめて。

 好きな人が生きている証がほしいのに。

 それだけ、なのに。

「……何やってんだよ、こんなとこで」

 心臓が、とまる。

 呆れたような声は、背後からした。

 記憶にあるものより低い声だけれど、凄んだ時のそれに似て、過去と重なる。

 うそ。

 わたしの両手はふるえだす。

 訳の分からぬ焦燥感がわたしを縛る。身動きが、とれなかった。

 うそ、でしょ。

 なんとか顔を上げる。

 まだ背後の気配は消えない。

 でも。

 確かめるのがこわい。

 ざり、と小石を踏むような足音にわたしは立ちあがった。

 いかないで。

 うそでも夢でもなんでもいいから。

 行ってしまう前に、その顔を。

 せめて一度だけ。

 振り返ったわたしの頭には、韓紅のリボンが翻っていた――




 あの大きくてふしぎな魅力を持つ月は、どれだけ離れた場所にいても変わらず夜空にのぼる。

 変わるものもあれば、変わらないものもある。

 月はいつも姿を変えるけれど、

 いつだって夜空に――戻ってくる。







 おしまい



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