第4話 未来への約束
薬草水用の薬草を摘み、家へと戻る。その道の途中で、突然フォルが立ち止まった。
「……疲れちゃったかな? そこで少し休んで──」
フォルが突然こちらへ飛んだかと思うと、思い切り体当たりされる。ボヨンッと強く弾かれて吹っ飛び、とっさに地面に手をついたものの、勢いが良すぎたのか少しだけ体を擦りながら滑った。
背後、フォルのいた方からカチカチと不愉快な音が聞こえてくる。何事かと振り返ると、人間の赤子くらいの大きさの蜂の魔物がフォルに群がっていた。
あんな大量の魔物、相手にしたことない……けど……!
腰に下げていたナタを抜き、フォルを助けようと駆け出す。今は迷っている暇はない。魔物を往なしながら、フォルを連れて逃げなくては。
けれどこちらが駆けつけるよりも早く、フォルの体が白く発光する。その瞬間、光が枝分かれするように空気を駆け巡り、魔物の体を鋭く貫いた。その一瞬で、一撃で、魔物は一匹残らずぼとぼとと地に落ちていった。
「……え?」
目の前で何が起きたのか理解できず、ナタを握りしめたまま呆然と立ち尽くしていると、フォルがバスケットを掲げたまま近づいてくる。すぐ傍で立ち止まると、じっとこちらを見上げていた。
「フォルって、魔術で戦えるの?」
フォルはバスケットを押さえながら触手の先を少し浮かせると、ぺちっと一回だけ叩いた。
得手不得手はあっても、魔術を使えない人間はほぼいない。けれどそれを攻撃に転用し、魔物と戦える者は騎士や冒険者、傭兵などに限られる。
フォルは呪いをかけられる前、戦うことに関わりのある生活をしていたのかもしれない。騎士であれば、捕らえた犯罪者に恨まれたのか。冒険者であれば、見つけた素材や宝物の取り合いで恨まれたか。傭兵であれば、もっと血生臭くたくさんの恨みを買っていそうだ。
「すごいね。怖いところで、たくさん頑張ってたんだね」
争いの中に、憎しみや恨みは生まれる。そういったものに近いところに身を置けば置くほどに、害意に晒される危険も高まる。
呪術は禁術として取り締まられ、人を呪えば処刑される時代もあった。そうして呪術も呪術師も淘汰され、消えた──と、人々には思われている。けれど呪術師が影に棲まう闇の精霊……『影の隣人』と契約を結んで人を呪うように、人目に触れないところで呪術師は息を殺して生きているのだ。
「守ってくれてありがとう、フォル。あなたも無事で良かった。体の方は大丈夫? 痛まなかった?」
フォルをギュッと抱きしめて、労るように背中のあたりをさする。人間からかけ離れた姿から戻らないままに、あんなふうに魔力を使って大丈夫だろうか。守るために無理をさせてしまったのではないかと心配になった。
優しく撫でていると、フォルは身を固くしてぷるぷると震え始める。フォルはフォルなりに怖かったのかもしれない。けれど、そろりと下りてきた触手がこちらの肩に触れ、一回だけぺちっと叩いた。それは「大丈夫、痛くなかったよ」という返事であり、強がりだと思った。
* * *
家に戻り、『フクロウの金目』と呼ばれる巨大な木の実から搾った水分と、今日採ったばかりの薬草『羊の枕』の花と『マンドラゴラの親戚』の根で薬草水作りにとりかかることにした。
小さな足場を持ち込み、棚の一番上に置かれたフクロウの金目水の瓶に手を伸ばしたが届かない。最後に使ったときに、指先で奥に押し込んだことを後悔した。
つま先立ちになればなんとか指先は届くが、つるつると滑って掴み取ることができない。足場をぐらつかせながら奮闘していると、トンと背中に何かが触れ、後ろへ倒れないように支えられた。
振り返ろうとした顔の横を触手が通り過ぎ、思わず目で追う。その先端が瓶をくるりと巻き取って、そのままテーブルの上へと置かれた。
「あぁ、取ってくれたんだ! ありがとう、助かったよ」
フォルの丸パンの天辺をぽんぽんと触れて労うと、フォルは撫でられたところを見上げるように、にゅうぅと少しだけ縦に伸びていた。
バスケットを開くと、ケタケタと薄気味悪い声で笑い始めた小さめのにんじんサイズの『マンドラゴラの親戚』をテーブルに叩きつけて黙らせる。作業板の上に乗せ、ナイフでササッと薄い輪切りにしていく。『羊の枕』は小さな白い花が鞠のような形で密集して咲くのが特徴で、この小さな花を手で丁寧にほぐし、下準備したものを空の瓶へと入れた。
そこへ先程取ってもらった『フクロウの金目水』を注いでいく。あとは夜までこのまま漬け置きし、月光に当てながら濾過したら薬草水の完成だ。
「今晩には完成するからね。よし、残り全部干したら昼食にしよっか!」
バスケットにまだまだたくさん入っている『羊の枕』と『マンドラゴラの親戚』を麻紐に結んでいく。部屋の端から端にかけて吊る作業はフォルも手伝ってくれた。
これらを干したものは、魔法薬にもよく使われる素材だ。薬草や魔物から採取できる素材を街の魔法薬店で買い取ってもらって、これまで細々と生計を立ててきた。
「見て、フォル! 蜂の魔物から採れた蜜玉だよ」
フォルがあの蜂の魔物を討伐してくれたあと、解体して蜜玉を取り出してきた。テーブルの上には、黄金色のつるんとした結晶が小さな山を作っている。
フォルを下から押し上げて椅子の上によじ登らせると、ひょこっとテーブルの上に頭を出した。そろそろと伸ばした触手で蜜玉を一つ掴み、顔の傍に寄せてじっと観察していた。
「そんなに数が取れないのに用途はたくさんあるから、蜜玉は結構良い値段で売れるんだよ。フォルの体が戻ったら、街においしいもの食べに行こうね。お祝いとお礼を兼ねて、ごちそうするから!」
フォルは蜜玉を山の中へ戻すと、テーブルをぺちっと一回叩いた。けれどそれでは足りなかったのか、二本の触手を上に伸ばし、パチパチと何度も拍手した。
こんな体になってしまって、きっとつらいことも苦しいこともたくさんあったはずだ。けれど今、「呪いが解けることを信じて」食事に行くことを楽しみにしてくれていることが嬉しかった。




