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【完結】助けた黒泥が、呪われた王太子だなんて聞いてませんけど?  作者: まな板のいわし
第2章

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第27話 想いの全てを託して

 フォルの手がエイルの頬に触れ、指先がつう……と輪郭をなぞっていく。たったそれだけなのに胸がきゅうっと締めつけられ、小さく息が漏れた。


 フォルの視線が少しだけ落ち、唇へと注がれる。深い水底のような瑠璃色の瞳が、エイルを沈めるように下りてくる。


「……エイル」


 彼の気配に目を閉じると、呼吸をそっと唇でかじり取るようにゆっくりと柔らかく口づけられた。


 一度唇が離れ、指を絡め合い、再び口づけが落ちる。交わし合う吐息すら甘く、求め合うように唇は何度も重なる。ふわふわとして、嬉しくて、与えられる感覚に夢中になっていた。


 キスをするのは初めてではないのに、初夜を意識した途端に体がそわそわと落ち着かなくなる。全身が火照って、鼓動がうるさくて、苦しいくらい胸がはち切れそうで。怖くないのに、何度も何度も背中がゾクゾクと震え、身動いだ。


 エイルの反応が伝わったフォルは唇を離していく。フォルの感触が名残惜しくて、無意識に彼の唇を目で追っていた。


「エイルのそんな目……初めて見た」

「どんな、目?」

「……僕以外に向けてたら、心が裂けそうなくらいの目」


 抽象的すぎて、よくわからなかった。それでもこれだけは確実に言える。きっとそんな目で見てしまうのは、フォルだけだ。


 だって今の私、フォルともっとキスしたいのにって思ってたから……


「もっと、触れても大丈夫?」


 エイルが頷くと、苦しそうに細められていたフォルの目が安堵したように和らぐ。ほっと零れるため息と共にするりと腰のあたりに腕が回され、引き寄せられた。


 フォルは、何を考えてるんだろ?


 じっと注がれ続ける眼差しには、木漏れ日よりも鋭い煌めきが宿る。けれど感じるのは、爽やかな温かさではない。蝋燭の小さな炎にじわじわと炙られるような、とろりとした熱が全身を舐めていくようだった。


 フォルの空いた方の手が、頬から顎へ、顎から首筋へ、鎖骨を撫でて肩へ、そして体の輪郭を象るように緩やかになぞりながら下りていく。触れられているところが甘く痺れ、怖くないはずなのにビクビクと体が震えた。


 体をなぞる指先が脇腹まで辿り着くと、フォルは頬をこちらへと寄せる。熱い吐息が耳元を掠め、顔を埋めてくる。


 次の瞬間……首筋に唇で食むように口づけられた。


 初めての感覚に思わず体が跳ね、小さく戸惑いの声が漏れる。そのまま捕食されていくような侵食感と、首筋に沈み込む甘やかな柔らかさ。感じたことのない羞恥に固く目を閉じると、頬と目頭がじわりと熱を灯した。


 な、何っ……首は、知らない、よ……


「大丈夫。もう僕に委ねて」


 耳のすぐ傍で囁かれ、頭の奥が優しく痺れていく。安心させるように肩を擦ってくれる手さえ、ヒリヒリして心を乱していく。


 薄い夜着の布越しに感じる手の感触と体温はより生々しく、ゾクリと何かが背中を駆け上がる。くすぐったいのにもっと欲しくなる不思議な感覚に、フォルにギュッとしがみついた。


 体が熱い……これは私の、熱さ?

 それとも、フォル……?


 触れているところ全てからフォルの体温を感じて、溶け合って、じわりと染み込んでくる。浴室の温かい湯気のようで、湿っぽくて、思考が白っぽくなるようなふわふわとした……愛おしさに似た感情。


 フォルの体に溶けて、沈んでいきそう……


 応えるように抱きしめ返されると、ゆっくりと後ろへ押し倒されていく。頭に柔らかな寝具の感触が伝わり、寝台が軋んだ。


 フォルの涼しげな瑠璃色の瞳は涙に濡れたように潤み、とろりと蕩けるような熱を灯して、エイルを見下ろしている。その目を見て、『他の人に向けてたら、心が裂けそうなくらいの目』の意味を知った。そうして互いの眼差しを最後まで追いかけながら、吐息を結び合うように深く唇を重ねる。


──やがて部屋の明かりが消え、暗闇が二人を抱きしめた。



* * *



 誰かが、髪を梳くように頭を撫でている。まぶたの向こうに薄く明るさを感じて目を開けると、すぐ傍にフォルの瑠璃色の瞳が見えた。カーテン越しの朝日に銀糸のような髪が柔らかく輝き、サラリと零れている。


「おはよう、エイル」

「フォル……おはよう……」


 フォルに返した挨拶は、空気を含んだようにガサガサと少しだけ掠れていた。


 まだ少しだけ眠い。隣にあるフォルの体温がぽかぽかと温かくて、包まれているみたいで安らいでいく。できることならこのままもう一度、フォルの隣で眠りに落ちてしまいたい。


 眠気に抗えず、まぶたが緩やかに下り、フォルの姿も緩やかに暗闇に霞んでいく。閉じられる直前、手のひらの上にそっとフォルが手のひらを重ねてきた。


 目を開くと、ちょうどフォルの指がエイルの指の隙間に、ゆっくりと沈んでいくところだった。少し固くて骨張った指の感触が撫でるように隙間を埋めていき、柔らかく握りしめて深く絡められた。


 フォルと、夫婦になれたんだ……私。


 フォルの手を握り返すと、嬉しそうに目元を和らげて、くすぐったそうに唇を震わせていた。小さなその仕草に、しみじみと大切にされていることを実感する。


「よく眠れた?」

「うん。あんなにドキドキしてたのに、今はフォルが温かくて……すごく落ち着く」


 昨夜はどうしてしまったのだろうと思うほど、今は鼓動も体の火照りも落ち着いている。フォルに抱きしめられるたびに感じていたものと同じ安らぎを感じていた。


 やっぱり信じてよかった。

 フォルとなら大丈夫だ、って。


 王太子妃なんてとんでもないと思っていたのに、今はフォルと結ばれて、彼と夫婦になれたことが嬉しくてたまらない。そして、諦めずに求婚に来てくれたフォルの勇気と努力に、深い敬意と感謝を抱いていた。彼でなければきっと、この幸せはなかっただろうから。

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