第23話 父の足跡を辿るような
レジーナに黒変した左腕を差し出してもらい、近くで観察したり触診しながら状態を確かめていく。軽く指で押すと、レジーナはぐっとこらえるように小さく眉間にシワを寄せた。
「痺れとか、疼痛がありますよね?」
「はい。ですが、この痛みも罰ですもの。このようなことで、エイル様のお手を煩わせるわけには参りませんわ」
「えっ、いやいやいや!」
レジーナの黒変した左腕を診ていたが、彼女は申し訳なさそうに袖を戻しながら引っ込めようとする。慌てて腕を優しく押さえ、袖をまくり直した。
「二人が頑張った恩恵をタダで受け取ってる感じになってるんですよ? 何もしない方が逆にめちゃくちゃ居心地悪くて……」
「その仕事ってのも、罰なんですけどね……処刑代わりの」
「処刑……まぁ、確かに首が飛ぶくらいなら、タダ働きさせられてる方を選ぶかもだけど……食事は出てくるし」
「あの、実はやることがなくなって役に立てなくなってしまうと、それこそ首が危うくなってしまうのです。ですから、人助けと思って私たちに仕事をお預けくださいませ。政務に関するご相談もなんなりと」
「とりあえず、俺たちに不満はないから、そこだけは心に留めておいてもらえたらありがたいです」
一番後回しではあるが、余裕ができれば二人に任せきりになっている内務についても覚える気でいたエイルにとって、なんとも返答しにくい反応だ。エイルが一通り仕事をこなせるようになったことで二人は処分されました……などと言われたら後味が最悪だ。
宮廷魔術師の仕事が多忙そうだから、できるとしてもだいぶ先にはなりそうだけど。
「覚えておきますけど、診療は受けてもらいますよ。と言っても、呪詛返しの呪いは解けないので、診療というよりは経過観察と緩和くらいですが」
レジーナの左腕とファーヴェルの右の顔半分の観察を終える。呪詛返しも、一つの呪いを二人で分け合ったからこそ、初撃がこの程度で済んだのだろう。二人で呪ったからこその深さとはいえ、一人で受けていたらこの程度では済まなかったはずだ。
「少し調合の調整をするので、しばらく待っててください」
元々穢れを祓うために使う薬草水を、緩和用に再調整していく。触れてみた感じ、疼痛だけでなく熱感と肌の硬化のような症状が見受けられた。呪いの影響を弱め、鎮静させる作用の方が効くはずだ。
静まり返った室内に、素材に触れる乾いた音や瓶と匙がぶつかる音が響く。前方からファーヴェルとレジーナの二人分、左右から護衛騎士二人分の視線が刺さる。
見られてると、やりづらい!
「あの……何かお話しして待っててもらっても構いませんよ? 待たせてるって圧がちょっとしんどい……ので……別に構いませんよね?」
二人が会話しても問題ないかフレキアたちに尋ねると、無言で一つ頷いて許可された。というよりは、「エイル様が許すなら従います」といった反応だった。
「話して、いいのですか?」
「そんなふうに言ってもらえたのは初めてで、少し戸惑いますわ……」
二人は少し照れ臭そうに視線を合わせたあと、密やかに内緒話を交わすような静けさで話し始める。その会話は特別なものではなく、どこにでもある恋人同士のささやかなやり取りでしかなかった。
フォルはフォルティス・アンヴァナートという名前を捨て、地位も名誉も何もかも捨てて平民となり、エイルと一緒にいようとした。もしエイルがその選択を受け入れ、今も二人であの森で暮らしていたら、きっと近い将来『第一王子フォルティスは病死した』として存在を葬られていただろう。
だからフォルと二人はきっと、紙一重だったのだ。ファーヴェルとレジーナも、今では処刑されて死んだ人扱いになり、地位も名誉も何もかもを捨てる羽目になった。それでも最後にたった一つ、フォルは二人に、欲しかった互いの想いだけを残した。
もしかしたら、「全てを捨ててでも欲しかったほどの強い想いを、君たちも持っていたか?」という、無言の問いかけだったのかもしれない。
「月光を浴びるとかなり楽になると思うんですけど、ここ地下牢ですよね……せめて満月の日だけでも浴びれるようフォルティス殿下に交渉してみます。あと、新月の夜はできるだけ様子を見に来るつもりなのでよろしくお願いします」
二人は感謝を口にして、深く頭を下げた。できた薬草水の使い方を説明し、毎日一回使用するように伝え、部屋を後にした。
* * *
「フレキアさんもゲイリーさんも、こんな時間まで付き合ってくれてありがとうございます。遅くまでお疲れさまでした」
「エイル様、そろそろ敬称は取ってもらわないと俺たちが困っちゃいますよ。フォルティス殿下からも、他の人からも叱られます!」
「え? あ、そうでしたね。つい……貴族の騎士様だぁ~って感覚が抜けなくて」
部屋まで送ってもらってお礼を言うと、ゲイリーは困ったように苦笑した。護衛騎士を務めるような騎士は、誰も彼も貴族の家の出身だ。仕えられる立場になったと言われても、長年染み付いた平民根性が一朝一夕で抜けるはずもない。
「いつでもエイル様の御身を守るのが、我々護衛騎士の務めです。交替制ですし、時間帯で何かが左右されるということもありません。ご安心ください」
「今回みたいに明らかに危険な場所へ行くときは、必ず俺かフレキアを指名してください。フォルティス殿下からも、そのように仰せつかってますので」
「護衛、騎士……そっか。父さんもこんな感じだったのかな……」
まさか自分が護衛騎士に守られる立場になる日が来るなんて夢にも思わなかった。けれどその働きを、守られる立場として見られたことで、知ることの叶わなかった父の姿にまた一つ手が届いたように思えた。
「父さん……と仰ると、あのヴィダル・フェーリさんのことですね」
「……はい。ヴィダル・フェーリのことで合ってますが……?」
「私がまだ幼い頃、貴族向けの公開演習で彼の剣術を見ました。あの鮮やかな剣捌きに憧れて、騎士を目指したのです」
え、意外すぎる。
「フレキアはもっと殊勝な理由かと思ってました……」
「殊勝とは、どのような?」
「え? うーん……『民の平和を』とか……『国の安寧のために』とか?」
いつも凛とした冷静な表情しか見せないフレキアが、ふっと隙を見せるように小さく笑みを零す。それがまた意外で、綺麗で、思わず目を丸くしてしまうほど内心驚いていた。
「格好良く剣を振り回すのが騎士の醍醐味です。どうぞ危険な地へ赴くときほど、私をお選びいただけましたら幸いです」
「フレキアの戦闘狂は今に始まったことじゃないですよ」
「戦闘狂……」
「そうそう……俺は見たことはないですが、ヴィダルさんの剣技は古参の騎士たちが今でも時折口にするほどなんですよ。平民出身で、剣術一本で国王陛下に取り立てられた伝説の人扱いされてます」
で、伝説の人?
父さんって、そんなすごい人だったの?
仕事のことや、騎士としての姿を感じさせなかった父。その話を聞いても、記憶の中の父は明るく朗らかに笑って、頭をガサガサ撫でたり、肩車してくれたりしてくれるどこにでもいそうな人のままだった。
「教えてくれてありがとうございます」
お礼を言うと、二人は「いえいえ」と言うように温かく微笑んだ。エイルの護衛騎士は何人もいるが、その筆頭としてなぜフレキアとゲイリーが選ばれたのかわかったような気がした。




