第19話 使えるものは、全て【フォル視点】
王宮へと帰り、『フォル』から『第一王子フォルティス』に戻った。呪いの件の事後処理に追われる中、国王である父から裁量を任されたことが一つあった。
それが、念者であるファーヴェルとレジーナの処遇についてだった。単純に言えば、二人は第一王子であり王太子であるフォルティスを呪いという形で失脚、あるいは暗殺を企てたことになる。何も考えなければ、処刑一択の状態であった。
ただ国王自身も今回の件は大いに非があることを認め、被害者とも言えるフォルティスのしたいようにするといいと言ってくれていた。そこにはもちろん、「陛下のご判断に従います」という選択も含まれるが、一度自分で考えてみたいと思い、一旦保留にして持ち帰ることにした。
少し事後処理も落ち着いた夜、フォルティスは地下牢に投獄されているファーヴェルとレジーナを訪ねることにした。見張りを務めている騎士に頼み、地下牢にある一室に二人を呼びつけた。
二人は部屋に入ってフォルティスを見るなり、平身低頭で謝罪したあと、ようやく椅子に座った。
「兄う……フォルティス殿下、何かありましたか? レジーナと同時に呼び出すなんて……」
普通は一人ずつ呼び出して話すものだが、二人同時に呼ばれたことを奇妙に感じているらしい。もちろんフォルティスも、意味もなく二人を同時に呼んだわけではない。確かめたいこともあって呼んだのだ。
「謁見の間ぶりだね。今日は二人と少し話をしたくて来たんだ。僕が呪いで臥せる前だから、三人で最後に話したのは半年以上も前か」
チクリと呪いの話をすると、二人は揃って表情を暗くした。呪いをかけたとはいえ、半分は脅されたことが原因だ。元々フォルティスを目障りに感じていたわりに、罪悪感はある方だろう。
「僕を呪って排除してまで、恋を成就させたかったようだが……結局失敗したな。欲をかくから、命まで取られる」
「えぇ、その通りですわね。もしかしたら、欲しいものが全て手に入った未来を得られるかもしれない……そんな誘惑に魅せられて、私たちは道を踏み外したのでしょう」
レジーナは諦めきった眼差しで俯いて、力なく笑っていた。後悔したところで、やってしまったことは消えるわけではない。
「本当に、愚かだった。何度謝罪しても、許されないこともわかってます。処遇はフォルティス殿下が決めると、聞かされてます。どのような罰も甘んじて受けるつもりです」
投獄される前のファーヴェルは、明るくて勢いのある性格をしていた。それゆえに僅かに詰めの甘さを感じることもあったが、特別気にするほどでもない程度であった。むしろ大きな失敗をしないところをフォルティスは評価していたつもりだったが、彼の心には届いていなかった。まさか一番最初の大きな失敗が、コレとは。
「きっと以前の僕だったら、間違いなく二人を処刑しただろうね」
淡々と、どうしてこんな愚かな真似をしたんだと疑問に思いながら、規定通りに粛々と処刑する。けれど、今のフォルティスはずいぶん変わってしまった。
「けど今は少しだけ、二人の気持ちもわからなくはないと感じる。僕がその立場ならきっと、呪いはかけずに駆け落ちでもしたかもしれないな」
フォルティスの考えが意外だったのか、ファーヴェルとレジーナは目を丸くして顔を見合わせた。二人とは、もうずいぶんと長い付き合いになる。そんな二人でも意外に感じるほどなのだから、ノルン……いや、エイルはフォルティスの思考や価値観を大きく変えてしまったのだろう。
「呪いを解いてもらっているときに、全部捨てて平民として生きようとしたんだけど……王宮に帰れと叱られたよ。まぁ、君たちからすれば、僕が平民として生きてくれてた方が都合が良かったんだろうけど」
二人はまたもや目を丸くして顔を見合わせる。第一王子としての責務と期待を真面目に処理してきた、いわゆる優等生だった。そんなフォルティスが、全部捨てようとしたなどと不真面目なことを言っている。けれど優等生にだって、全部が嫌になるときくらいあるものだ。
「それはあの呪術師のノルンさんのこと、ですね? フォルティス殿下を殿下とわかっていて……とても胆力のあるお方ですのね……」
「優秀なフォルティス殿下を、不真面目な俺たちの気持ちがわかる側にさせてしまっただけのことはありますね。他人を呪えば幸せにはなれないと……身を持って知りました」
そこでほんの僅かに……憑き物が落ちたように二人は笑った。ずっと憔悴した様子で、表情にも乏しかったのに。投獄後、初めて二人が対面できたというのも大きいのだろうが、ここでもエイルの存在が少しだけ他人を変えてしまったのだ。
「ここまでは前振りで、二人を呼んだ本題はここからなんだ。僕には、どうしても欲しい未来ができた。それには、君たちの協力が不可欠でね。もし協力してくれるなら、命と二人で一緒にいる権利だけは残してもいいと思ってる」
ここに来て処刑以外の道が提示されたことで、二人の顔色にほんのりと血色が戻る。それも二人で一緒にいる権利までついているのだから。けれど、そんな甘い部分しかないような条件なわけもない。
「ただし、公には死んでもらうよ。地位も名誉もないし、幽閉もするから自由もない。君たちがどんなに働いて功績を立てようと評価されることもない。かといって手を抜いたら……まぁ、言わなくてもわかるよね」
「協力の内容は、どんなものですか? そもそも俺で本当に務まるものなのか……」
「問題ないと思うよ。特にレジーナがついてるし」
「私、ですか?」
「あぁ。王太子妃、ゆくゆくは王妃が担う内務の処理と、政務の支援をしてもらいたい」
そこでようやく二人は、フォルティスの「どうしても欲しい未来」がどんなものかを理解したようだった。
「これはある種の取引みたいなものだ。僕は欲しい未来のために、君たちの能力を利用する。君たちも生き延びたいなら、僕を利用するといい。返事は今じゃなくていいよ。けど、五日以内には決めてくれ。それ以上は待てない。決められない場合は──」
「いえ、やらせてください。生きてレジーナといられるなら、俺はなんだってやります」
「私も、ファーヴェル殿下と同じ思いですわ。私たちに慈悲をくださり、ありがとうございました」
「良い返事が聞けて、僕も良かったよ」
フォルティスは立ち上がり、見張りの騎士に面会の終了を伝えて部屋を後にする。二人が、この取引を本心ではどう感じていたのかわからない。それでもただ処刑されるよりは、選べる選択肢があるだけ幸運なことだろう……そう、考えることにした。
* * *
「情けをかけたとお思いでしょうが、陛下……これは慈悲ではなく、どうしても叶えたい未来のためです」
「構わぬ。裁量を任せたのは我だ」
無事に報告も終え、フォルティスは王宮に隣接した離宮の私室へと戻る。自身の立てた計画は全て思い通りに事が進んだはずなのに、心は晴れない。
フォルティスは自身を救い、心を砕いてくれたエイルを王太子妃として迎えたかった。しかしいくらエイルが『第一王子を救った英雄』とはいえ、平民をいきなり王太子妃にすれば反発は免れない。
そこで二人を生かすことにした。二人は表向き処刑され、死んだ人間になる。どれだけ働こうと、それは二人のものではなく『王宮側』のものとなる。エイルを王太子妃として迎えても、『文官の支援を受けながらも、滞りなく回っている』と示せば、反対する者も減っていくはずだ。その『文官』が『何者であるのか』は、一切明かされることはないが。
もちろんエイルに求婚を断られる可能性はある。それでも、将来誰かが王太子妃になったとき、裏で政務を支える人間がいれば心強く、不利益にはならない。だからこそ、二人には生かしておくだけの価値があるとフォルティスは判断した。
しかし、死んだ者として扱われ、評価もされないのに、贖罪のためだけに生かされて政務に向き合える者は少ない。それが、二人を引き離さなかった最大の理由だ。
愛し合う二人は互いが生きる希望となり、それを心の支えに働ける。働きが不十分であれば、いつでも首を刎ねられる立場だということも、二人はわかっている。表向きは死んでいるのだから、いつ処刑しても不都合はないということなのだから。
「僕も同じ、か。いつの間にか、私欲のために誰かに犠牲を強いる人間になってしまったな……」
ため息と共に、乾いた笑いが漏れる。処刑が妥当な罪人とはいえ、普通の人ではあり得ない扱いで利用する事実は変わらない。けれどそこに迷いや後悔はなく、だからこそ少しだけ恐ろしくも感じられた。
エイル……エイル、君に会いたい。
声を聞きたい……話がしたい。
私室の窓から外を眺める。明かりが灯る王都の街が広がる向こうに、エイルが住んでいた森がある。今日もあの森の中、あの家で過ごしているのだろうか。
こんな自分で、エイルに受け入れてもらえるのだろうか。エイルがよく知っているのは『フォル』であって、『フォルティス』ではない。王宮にいれば、フォルだった頃のようにはいられない。
あの『フォル』は紛れもなく、フォルティスが第一王子としての責任から離れ、心のままに振る舞えていたからこその姿だった。
君が好きになってくれた僕は、もういないのかもしれない。
それでも僕は、君を諦められそうにない。
王宮に帰されたあの日から、僕はずっと──
窓の外で、ふわりと白いものが落ちていく。それはやがてひとつ、ふたつと増える。雪が降り始め、いつの間にか冬になっていたことに気づく。エイルと初めて会ったのが夏の終わり頃だったことを思い出し、時間の流れの早さに、微かに胸が締めつけられる。
王宮に戻ってまだそれほど日も経っていないのに、もう恋い焦がれている。エイルに触れたときの体温が指先に蘇り、抱きしめるように手を握りしめた。
エイルが、寒さに震えてないといいんだけど……
頑丈な宮殿の一部屋で、ぬくぬくとしながらそんなことを祈るしかできない。第一王子でも、エイルに対してはあまりにも無力だと思わざるを得なかった。




