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【第一章完結】助けた黒泥が、呪われた王太子だなんて聞いてませんけど?  作者: まな板のいわし
第1章

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第17話 『死の呪い』

「これが、契約紋なのか……それに似た、黒い薔薇の形の痣は知っている──」


 驚きと動揺を滲ませて呟いたのは、他でもない国王だった。その瞳がゆっくりと、その痣の持ち主を指し示すように横へと向く。国王の視線は、横に座っている現王妃マルフェへと向いていた。


 王妃のマルフェ様に?

 確かに影響力もあるし、王宮関係者でもあるけど……


「は、母上……?」


 実の息子であるファーヴェルは、目が落ちそうなほどに丸く見開いてマルフェを凝視する。自分を嵌めた相手が実母かもしれないなんて、すんなりと信じられないのも当然だ。


「陛下、わたくしの体にはそのような痣はないはずですわ」

「とぼけているのか、気づいていないのかは知らぬが、右側の内腿のあたりに親指の爪ほどの大きさの黒い痣があったはずだ」


 位置……位置が妙に生々しい……


「侍女に確認させよう」

「陛下、お待ちになって?」


 侍女を呼びつけようとした国王を、マルフェは柔らかな声かけで制した。ここで抵抗すればますます怪しまれるはずだが、特に焦っている様子もない。


「ここまでのお話、あの呪術師の方が正しい前提で進んでますけど、彼女の発言内容にはどの程度の信憑性があるのかしら?」


 ぐぅぅ……そこを突かれると痛いんだよねぇ……!

 みんな呪術のこと知らないし、正しいかは証明が難しいし!


 こうなってしまうと、宮廷魔術師たちがどこまで情報を集められているかに全てがかかっていると言っても過言ではない。怪しい人物を浮上させるところまで辿り着けたのに、ここで完全に他人依存になったのは大打撃だ。


「ファーヴェルたちを唆してフォルティスに呪いをかけ、それを解いてやることで恩を売り、呪術師と名乗って正誤のわからないことを知識のように語ってらっしゃるのでは? 手柄を得るための自作自演という可能性だってあるでしょう?」


 フォルティスを救ったことを逆手に取られたことで、ギリギリ稼いでいた信用が反転し、地の底に叩き落とされる。ほんの僅かの間に、背筋が寒くなるほどの窮地へと追い込まれていた。


 ここで何か反論したって、言い訳にしか聞こえない。

 何か……言い訳に聞こえないほどの説得力のある言葉を返さないと……!


「私は誓ってそのようなことはしておりません。先程宮廷魔術師の方が仰っていましたが、『呪いの完成の証として契約紋と同じ形の白い呪紋が刻まれる』んです。ファーヴェル殿下やレジーナ様の呪紋と私の契約紋は一致していません。私はお二人を唆した術者ではありません」


 私の言葉が信用されなくても、宮廷魔術師の言うことなら……信用されるはず。


「それに、僕が生まれたのは二十三年前……この契約紋の持ち主は二十三年前には存在していた。ノルンはまだ生まれてもない。一体どうやって呪いをかけると?」

「そうだったわね。少し猜疑心を持ちすぎてしまったかしら」


 フォルも擁護してくれたおかげで、術者だという疑いは晴らせそうだ。マルフェは上品な微笑を保ったまま、余裕を保っていた。その後、黒薔薇の契約紋がないかを確認するため、国王の命で侍女と共に別室へと下がった。


 しばらくして戻ってくると、侍女たちから報告がなされた。国王の証言通り、確かに「同じ形の薔薇の花の黒い痣」があった、と。マルフェが『黒薔薇の呪術師』だったのかとざわつく中で、彼女だけが不敵に微笑んだままだった。


「なぜ、わたくしが術者だと決めつけてらっしゃるの? 確かに似ている痣はあるけど、これは契約紋ではなく、ただの痣よ。わたくしは術者ではないわ」


 そんな言い訳ある……?


 誰もがマルフェが術者だと思っている。そんな中、どう考えても苦しい言い訳を堂々と口にしたせいか、謁見の間がしんと静まり返っていた。


 限りなく似ていても、似ているだけで契約紋ではないと言われれば詰めきれない。マルフェはきっとそう思っているのだろう。けれど、ここには呪術師がいることを忘れてはいけない。


「マルフェ様、何か簡単な属性魔術を使ってください。呪術師は『影の隣人』との契約で魔力を捧げてしまうので、属性魔術が使えなくなるんです。ですから、本当に簡単なもので構いませんので」

「……申し訳ないけど、魔術を使うのは昔から苦手なのよ。もし使って、怪我人が出てしまったらどうしましょう。考えただけでも、恐ろしくて恐ろしくて……」


 こんなのもう、マルフェ様が術者で確実でしょ!?


 本当に小さなものでも、属性魔術を使えば呪術師ではないと証明される場で、それをしない。術者だと見なされれば処刑は免れないような状況、普通であれば是が非でも潔白を証明しようとするはずなのに。それが何よりも呪術師であることを物語っているのに。


 怪我人を出してしまうかもと言われてしまえば、強く迫ることもできない。確実に証明しきれるはずの一手を、のらりくらりと乗り切る姿に思わず歯噛みした。もっと確実に攻める一手を、そう考えたときだった。


「もうよい」


 国王の声が、断頭台に取り付けた刃を落とすように低く響いた。その場にいる全員が息を細くし、成り行きを見守っている。


「マルフェを拘束せよ。時間稼ぎに付き合う道理はない。身の潔白は、地下牢でゆっくりと証明するがよい」


 国王の冷たい視線がマルフェを射抜く。その瞬間、それまで全く揺らぐことのなかったマルフェが取り乱し、隣の玉座に座る国王へ縋ろうと手を伸ばす。


「陛下……! わたくしを信じてくださいませ! どうして……どうして……!」


 しかしその手が届くことはなく、近衛騎士たちによって速やかに捕らえられる。


「騙されてはなりません! フォルティスとあの呪術師は──」

「マルフェよ、そなたの言う通りだ。まんまと二十三年も騙された愚かな王も、ようやく目が覚めたようだ」

「陛、下……?」

「連れて行け」


 マルフェを捕らえた騎士が、地下牢へ連行しようと彼女の腕を強く引く。力が抜け、おとなしく連れていかれると思っていた。


「フェーリ……フェーリ……! 父娘(おやこ)揃って、わたくしの邪魔を……!」


 騎士に羽交い締めにされながらも、食ってかかる勢いでこちらへと吠える。先程までの王妃様然とした淑やかな雰囲気は、すっかり消え失せていた。


「ノルン・フェーリ、お前だけは逃さないわ。『影の隣人』よ! わたくし、マルフェ・アンヴァナートの名を捧げ、ノルン・フェーリに死の呪いを与えよ……!」


 死の呪い──呪術の中で最も重く、最も深く、最も単純な呪い。触媒として、念者の命を代償に差し出さなければ使うことはできない。そして呪いが完成したとき、念者は『影の隣人』に喰われる一瞬に、永遠にも思えるほどの痛みと恐怖を刻みつけられながら死ぬと言われている。


 もう言い逃れができない、黙って処刑されるくらいなら一矢報いてやろうとマルフェは思ったのだろう。名を捧げる……つまり自身の命を含む全てを代償に死の呪いをかけ、道連れにしようとしていた。


「勝ったと思わないことね。わたくしは、お前を連れていくわ」


 不敵に口元を歪めて嗤うマルフェの胸から、人の手の形をした影がいくつも飛び出す。それらはこちらに狙いを定め、死の世界に引きずり込もうと放たれた矢のように鋭く伸びた。

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