第16話 明かされていく真実
国王はフォルから手帳を受け取ると、内容に目を通す。中に書かれていることは、前王妃の遺体に『白薔薇の呪紋』があったこと、父自身が呪いをかけられてなお『黒薔薇の呪術師』を追っていたこと、そして自身が死んだとき遺体に『白薔薇の呪紋』がないか確認してほしいという三点だ。
国王は文官と、先ほど文官が連れてきた宮廷魔術師たちと何か会話を交わしている。恐らく内容の信憑性について話し合っているのだろう。どうか信じてくれと、祈るような思いで見つめていた。
「ヴィダルがナンナの死に疑問を持ち、秘密裏に動いていたことはわかった。彼の書いた報告書が保管されているはずだ。この手帳と筆跡を照合させてもらう」
国王は文官に手帳を手渡すと、文官は筆跡の確認のために足早に謁見の間を後にした。
「陛下、僕の体にも白い痣があることはご存知ですか? ファーヴェルとレジーナにあるものと全く同じものです」
「『祝福』の白い痣のことは覚えておるが、形が同じということはそれも呪いによるものということか? しかしフォルティス、その痣は生まれつきあったもののはずだ」
「まさにそこです。これは、母上が呪いを受けて亡くなった証拠の一つなのです」
フォルは説明を促すように、こちらへ視線を送る。呪術に関することは、専門家の呪術師が説明すべきということだ。平民で何も力を持たない分、役に立てるところで立っていかなくては。
「前王妃ナンナ様は、フォルティス殿下を生んだ際に亡くなったと伺っております。ナンナ様の胎内に宿る殿下もまた呪いを受け、ナンナ様の死によって呪いが完成し、お二人の体に呪紋が刻まれたと考えております」
「呪術師ノルンの証言は、我々が集めた資料とも一致しております。呪いとは、対象者が生きている間はいつ返されるかわからない不完全な術とされ、対象者の死か呪詛返しによってのみ完成する。完成の証として契約紋と同じ形の白い呪紋が刻まれるようです」
え、今、あの人味方してくれたの?
国王の傍に控えている宮廷魔術師の一人が、こちらの証言を補強してくれた。正直この時代にまだ資料が残っていたことも驚きだが、フォルティスが呪いをかけられた可能性が浮上してから、呪いを解くために王宮も本気で動いていたことが窺える。
フォル……大丈夫。
王宮にもまだ、思ったよりあなたの味方はいそうだよ。
「……ファーヴェル、レジーナよ。そなたらの証言で、ナンナたちの死に関与したものが誰であるか知ることができる。誰に依頼をしたのか……最早隠し立ては許さぬ」
国王の言葉と共に、謁見の間中の視線がファーヴェルとレジーナへ鋭く向けられる。それでも二人は口を開こうとはしなかった。もう黙っていることは許されないはずで、黙秘すれば秘密裏に何をされるかは……想像したくもない。
「相手に死をもたらす呪いは、触媒に命を必要とします。だから大抵の呪いは死なないし、死ねないんです。完成した呪いを完全に解くことはできません。呪詛返しで返った呪いの進行を止められる唯一の方法は、術者を殺すことです。ご自身のためにも、お話しください」
ファーヴェルとレジーナは顔を見合わせると、観念したような表情で互いに頷き合った。レジーナはフォルティスの方を向くと、深々と頭を下げる。
「フォルティス殿下、先程の偽証をお詫び申し上げます。私は、暴力も暴言も受けてはおりません」
「兄上の仰る通り、俺とレジーナは想い合っていました。それが兄上を呪った最も大きな理由です。けど俺たちは……本当に術者が誰なのか、知らないんです」
そうしてファーヴェルは、記憶を辿るようにフォルティスを呪うに至るまでのことを話し始めた。
* * *
ファーヴェルとレジーナは元々、兄の婚約者と婚約者の弟という関係だった。ファーヴェルは兄フォルティスへ羨望を抱き、ずっと劣等感を抱いていた。
「俺は兄上のようにはなれない。別に王位が欲しいわけじゃないけど、第二王子は能力不足だって影で言われるのは……もう疲れた」
「フォルティス殿下が特別なだけですわ。ファーヴェル殿下が頑張っておられることは、私も知っております。心ない言葉に、負けてしまわないでくださいませ」
そんな悩みや弱音を聞き、励ましていたのがレジーナだった。会話を重ね、交流するごとに惹かれ合い、気づけば恋仲になっていた。
そうして逢瀬を重ねていたある夜、二人の前に術者が現れた。黒い外套をまとい、フードを目深にかぶって顔は見えず、背中を丸めて杖をついていた。
「フォルティス・アンヴァナートが、憎くはないかい?」
術者は開口一番二人にそう告げた。二人はそれを否定しようとしたが、術者は矢継ぎ早に言葉を紡いでいく。
「お前たちが恋仲なのを、私は知ってるよ。こんなにも近くにいて互いに愛し合っているのに……政略結婚で引き裂かれてしまうなんてねぇ。不憫に思って、ちょっとしたお節介を焼こうと思ったのさ」
「……結構だ」
「おやおやおや、いいのかい? フォルティスがいなければ、お前が次期国王で、王妃はお前になるってのに。権力も恋も、何もかも全て、お前たちのものになるんだ……欲しくはないかい?」
「騎士を、呼びますわよ」
「呼べばいいさ。けど、こちらにも考えがあるよ。お前たちの関係を王宮……いや、国中に広めてやろうじゃないか。そうなったらお前たちは……どうなると思う? 国王に王妃に、王太子……みーんなお許しになるのかねぇ?」
明るみになれば、破滅する。全てを失い、人生も終わる。弱みを握られ、退路を断たれた二人は、欲望と生き残りのために術者の提案に乗ることを決めた。
「……けど、一体どうやって?」
「呪術を使えばいいのさ。呪いなら手を汚さず、誰にも気づかれず、簡単に消してしまえる。お前たちは私の言うものを用意するだけ。あとは私が呪いをかけたら……フォルティスはおしまい。どうだい、何も難しいことはないだろう?」
そうして言われるままに、触媒になるフォルティスの髪や大切にしているものを差し出した。そして互いが結ばれる未来を信じ、『負の念』を捧げ──フォルティスを呪った。
* * *
「羨望や欲望だけでなく、恐怖心で排除願望を煽って増幅させる……だから、ここまで深い呪いになったんでしょうね」
浅いと感じていた動機も全て聞けば、十分深く呪えるほどの『負の念』があるとわかった。それも二人分だ。
フォルがいなければ、結ばれる未来があるかもしれない。胸の底に隠されていた「いなくなればいいのに」という思い。それを、術者は恐怖を植えつけることで、「絶対に消してやる」へと押し上げた。命、存在、未来……全てがかかった、追い詰められた末の必死の呪い。ここまで深くなるのも当然だった。
「へぇ……それはまた、ずいぶんと自信のある呪術師のようだ。まるで自身の発言が国中に響くのが当然みたいな口ぶりで」
少しは傷ついたのではと思ったのに、フォルはすでに一歩先を歩み始めている。さすが、弟と婚約者が想い合っていても黙って飲み込んで婚姻しようとしていただけある。肝の座り方が並大抵じゃない。
「呪術師の社会的信用って結構悲惨ですからね。表の顔は、私みたいな平民とは違いそう……ですね」
「内情にも詳しそうだし、術者も王宮関係者かもしれない」
王宮関係者……そうだ、王宮関係者!
ハッとして、周囲を見回す。ここに集まっている人は全員、王宮関係者だ。この中に『黒薔薇の呪術師』もしくは、心当たりのある人がいてもおかしくはない。
急いで服のボタンに手をかけ、上から三つほど外していく。襟を左側へ引いて、自身の雪華に似た契約紋を見えるように露わにした。
「これが、呪術師の契約紋です。契約紋は一人として同じ者はいないと言われています。こんな感じの、黒色で、薔薇の花のような紋章に心当たりはありませんか? 皆さんも見てください。誰か、心当たりはありませんか?」
一人一人に見てもらって、見覚えがないか確認してもらおうと謁見の間をぐるりと練り歩く。そして、一人が声を上げた。
「これが、契約紋なのか……それに似た、黒い薔薇の形の痣は知っている──」




