第15話 二十三年越しの陰謀
謁見の間のざわめきを裂くような悲鳴。声の方へ視線を向けると、周囲の人々が避けたことで、ぽっかりと空いた空間に若い男女二人が取り残されている。
男性の方は変色した顔の左半分を、女性の方は変色した左腕を押さえ、痛みを訴えながら蹲っていた。フォルの身に起きた最初の異変である体の黒変が、呪詛返しによって表れたということだ。
二人……やっぱり念者は複数人だった……
初めてフォルに会って呪いを見たとき、とても一人の念者がかけたとは思えないほどの深い呪いだと感じていた。それでも、二人でこれだけのものをかけたのだから、込められた『念』は相当なものだ。
「ファーヴェルとレジーナ、か……」
ぽつりと、フォルが二人の名前を呟く。その名前には聞き覚え……いや、正確に言えば見覚えがあった。フォルに頼まれて買った新聞の中、病に臥せっている第一王子フォルティスに代わり、立太子されたばかりの第二王子ファーヴェルと、フォルティスと婚約解消し、ファーヴェルと婚約を結び直した侯爵令嬢レジーナ。
うわー……最悪じゃん……
フォルの感情的にも、状況的にも、だ。もし念者が『第一王子フォルティス』にとって、政治的に対立する存在であったとき、「第一王子フォルティスと呪術師が組んで、呪詛返しに見せかけて呪いをかけて陥れようとしただけではないか」と、疑念を持たれかねないという懸念があった。
いつフォルと自分を糾弾する声が上がるかわからない。そんな焦燥と緊張から、この体に収まる心臓は爆発しそうなほど暴れ回っていた。
けれど、そんな声は一つも上がらない。全員の視線がファーヴェルとレジーナへ向いたまま、騒然としているだけだった。
『確かに自作自演を疑う者はいるだろうね。けど、それをその場で発言できる人間は……いるかな?』
『……そ、それってさ、もし発言しちゃったあとで言いがかりだって証明されたら、首がアレになるから、ってこと?』
『端的に言えば、それに近いね。第一王子の自作自演だと公言するわけだから、相応の根拠がないと。勘違いでしたで、謝って済むようなことじゃないから』
ほ、ホントに誰も何も言わない……そりゃ、誰だって死にたくないもんね。
フォルの言ってた通りになって良かったー……
正直なところ、自作自演をつつかれると面倒なことになる。特に呪術というものは常識や共通認識というものに乏しく、証明が難しい。さらに、呪術師は社会的信用も死んでいる。このピリピリの空気に、確実に救われていた。
「ファーヴェル、レジーナ、何か申し開きはあるか?」
国王の声は一段温度を下げ、音もなく喉元にナイフをつきつけるように二人へ尋ねた。二人は俯いたまま黙り込み、やがてファーヴェルの方が口を開いた。
「……俺が、兄上に呪いをかけました。いつも比較されて……俺に偉そうに指図して、澄ました顔で馬鹿にして……本当に目障りだった。兄上さえいなければ、全部上手くいくのにって」
ファーヴェルは顔も上げず下を向いたまま、フォルへの恨み言を吐いた。フォルがファーヴェルにどんな対応をしていたのかはわからない。少なくともこれまで見てきたフォルは、誰かを見下すような人ではなかった。
けれど、劣等感や思い込みというものは、些細な事実さえも簡単に捻じ曲げてしまう。同じ事柄でも、受け取り手の考え方や感じ方次第では、感謝にも嫌悪にも変わってしまうものだ。
「だから、兄上を確実に亡きものにするために、俺はレジーナを脅して、呪いをかける手伝いをさせたんです……!」
あ、この人今……嘘ついた?
フォルへの逆恨みを並べながら、いかに自分が憎しみを抱いているのかを語っていたファーヴェル。けれどその言葉には、いくつも違和感がある。
フォルへの呪いは、相当に根深く残酷なものだった。これだけの呪いをかけるには、相応の『負の念』が必要になる。それにしては、ファーヴェルの語る動機は浅い。
そしてもう一つ──
「ファーヴェル様、嘘はつかない方がよろしいのではありませんか?」
「呪術師ごときが、俺の言葉を遮るな! 俺は嘘なんてついていない!」
「念者には、対象者を呪うために捧げる『負の念』が必要なんです。アイツを呪え、と脅して恐怖で縛るだけでは、念者に仕立て上げることはできません。仮にできたとしても、ここまで深い呪いにはなりません。『負の念』の大きさは、呪いの深さに直結しますから」
呪術というものは……人を呪うということは、そんなに簡単なものではない。『影の隣人』は偽物を嫌う。粗悪な『負の念』で動いてくれるほど、生優しい存在ではない。粗悪なものには粗悪な呪いを、純度の高い『負の念』にこそ、相応の深い呪いを与える。
「レジーナ様、あなたはなぜ、フォルティス殿下を呪ったのですか?」
「それ、は……」
矛先をレジーナへ向けると、彼女は言い淀む。ファーヴェルの動機は浅いとはいえ、政治的に対立しやすい立場上いくらでも理由は見つけられる。けれどレジーナはフォルティスの婚約者だった人だ。普通に考えれば、将来結婚する相手に呪いをかけようなんて思わない。憶測ですら、動機が見えてこなかった。
レジーナは黒くなった腕を固く握りしめ、下唇を噛む。どんな思いを抱いているのかわからないが、体が小刻みに震えていた。
「フォルティス殿下は機嫌が悪いとき、私に暴力を振るったり……暴言を吐いてくることがありましたの。それが、怖くて……いなくなってくだされば、と……」
はぁ?
フォルはそんな人じゃない!
絶対嘘っぽいのに、反論のしようがないのが……
そんな焦りをよそに、当人であるフォルは呆れたように小さく嘆息する。二人を見る眼差しは、一層温度を失った。
「言いがかりはやめてくれないか。僕は暴力を振るったこともなければ、暴言を吐いたこともない。素直に認めるなら目を瞑ってやろうと思っていたが……ファーヴェルとレジーナは恋愛関係だったんだろう。僕が気づいてないとでも思っていたか?」
えっ、恋愛!?
そういう関係だったの!?
新聞で婚約者がフォルティスからファーヴェルに移ったことを知ったとき、感情も無視して入れ替えるなんてと思ったものだが、まさか二人にとっては願ったり叶ったりだったとは。しかし、二人の関係を知っててそのまま婚約を継続し、王太子妃にレジーナを据えようとしていたフォルもフォルだ。割り切りすぎでしょ、とつっこみたくなる。
王宮……想像してたより地獄じゃん……!
「それこそ言いがかりですわ!」
「そうやって嘘すら真実だって顔で、簡単に人を陥れる。そういう人間だから俺は……!」
「もう動機は結構です。念者がファーヴェル殿下とレジーナ様であることは間違いありません」
これ以上動機ばかり深掘りしたところで、意味は薄い。争点はそもそもそこではなく、念者から術者を割り出すことが真の目的だ。
「それより、あなた方はフォルティス殿下を呪うよう、誰に依頼したんですか?」
それまで威勢良く反論していたファーヴェルとレジーナは途端に口を引き結び、黙り込んでしまった。正体を明かしてはならない契約でもしているのかもしれないが、こちらが黙って見守ってやる道理もない。
呪詛返しによって呪いが完成したことで、返された二人には『白い呪紋』が体のどこかにあるはずだ。こちらから近づくと、二人は睨みつけながら身構える。ファーヴェルは黒変した顔の左半分を覆う左手の甲に大きめの呪紋、レジーナは左側の首筋に銅貨くらいの大きさの呪紋がそれぞれ刻まれている。
どちらも、薔薇の花の形をした『白薔薇の呪紋』が。
「呪いが完成したときに出る白い呪紋、薔薇の花の形をしてますね。前王妃ナンナ様と、私の父ヴィダルを呪い殺した術者と同一人物で間違いないと思います」
フォルに告げる体で、謁見の間全体に聞こえるように声を張ると、傍観している者たちの中から、悲鳴にも似たどよめきが起きる。第一王子フォルティスに呪いをかけた者を炙り出す場が、前王妃の暗殺と近衛騎士殺害を追及する場へと変わった。
「そなたは一体何を言っている。ナンナとヴィダルの死が、呪いであると……?」
「陛下、こちらを。僕が持っていたヴィダル殿の手帳とノルンの知識が、真実に近づけてくれたんです」
フォルティスはヴィダルの遺品の手帳を開き、国王へと手渡す。
『少し卑怯かもしれないけど、この手帳は僕が持っていたものということにしてもいいかな? その方が、この手帳が効力を発揮すると思うから』
『わかった。でも、信じてもらえるのかな』
『ヴィダル殿は、僕の剣の師でもあるからね。母上の死を調べ、自身が限界を迎える寸前で、とっさに僕に真実を託した。それを僕は秘密裏に追っていた。そういう筋書きでいこうと思う。『黒薔薇の呪術師』にも、僕を消したい理由がある方が、何かともっともらしく見えるだろう?』
『はぁ~、バレませんように……』
『心配いらないよ。それより、この手帳が本物だって信じてもらえるかの方が重要だね』
本物の証拠に、嘘を織り交ぜて。王宮に暗躍する『黒薔薇の呪術師』を、確実に炙り出すために。




