第14話 第一王子フォルティス・アンヴァナートという人
翌朝、二人は王宮の城門の前に来ていた。当然、王宮を警護している騎士が見張りに立っている。父は国王の近衛騎士をやっていたものの、王宮になんて来たこともなければ近づいたこともなかった。
「フォルの家、でっっか……」
「王宮を家と言われると、なんか少し違和感あるな」
「私の家なんか農機具庫だよ、これ」
「ははっ、その暢気さに救われるよ。さぁ、行こうか。僕がフォルティスって気づいてくれると良いんだけど……どうかな……」
フォルは外套のフードを取ると、門前に立つ騎士へと近づいていく。騎士は怪訝そうに眉根を寄せ、槍を握りしめる手に力を込めた。
「僕は第一王子、フォルティス・アンヴァナートだ。通してくれ」
「フォルティス殿下!? し、しかし、殿下は今、病に臥せっておられるはずだ。殿下を騙る不届き者は──」
「まさか……僕を見てわからないなんて、新兵か? 上官を連れてくるといい、それですぐにわかることだ。早くしろ」
フォルは騎士の声を遮ると、威圧的に迫る。空気に小さな雷でも走ってるのではと思うほどピリピリしている。相手からしたら偽物の可能性もあるのに、一つでも間違ったら首が落ちそうな緊張感がある。
ほ、ほぉぉぉ……怖ァ……
『今日の僕は、威圧感で嫌なヤツに見えるかもしれない。引かないでくれると、ありがたいんだけど……』
どっちが本物なんだろ……
フォルが素ってことで、合ってるんだよね?
ここへ来る前に、項垂れながらぼそぼそと呟いていた言葉はこのことだったのかと理解する。けれど、思わず同一人物か疑いたくなるほどの変貌ぶりでもあった。
その後、別の騎士が上官と思しき騎士たちを引き連れてくると、フォルはいくつかの確認を取られたあと『第一王子フォルティス』だと認められ、王宮へと通してもらえることになった。フォルの威圧作戦は見事に功を奏したことになる。
最初に疑いをかけた騎士は、かわいそうなくらい平身低頭にフォルに謝罪していた。今日のこの時間、ここを担当していた彼は相当に運がない。少し気の毒に思った。
「フォルティス殿下、こちらの方は?」
「彼女は僕の命の恩人だ。丁重な対応をするように」
「承知いたしました。陛下がお待ちです。参りましょう」
髭を蓄えた綺麗な服を着た老年の男性がフォルに話しかける。雰囲気的には騎士ではなく、文官のような感じだ。彼に促されるまま、フォルについていく。流されるように、国王への謁見が決まっていた。
謁見の作法なんか知らないよー!
どうしよ……不敬だーっていきなり首飛ばされたら……!
内心でガタガタ震えて命乞いしながら、謁見の間へと通される。けれどこちらがあれこれするよりも前に、声が聞こえた。
「フォルティス……フォルティスなのか? よく無事で戻ってきてくれた。体も、すっかり元に戻っておるではないか……」
頭上に輝くとんでもなく高そうな王冠。周囲にいる高級な服を着ている人たちよりも、さらに高級そうな服。間違いない、今声を発したあの人が国王だ。国王自ら、厳格な空気をぶち破ってくれた。ものすごく救われた気持ちだ。
「陛下、心労をおかけしましたこと、深くお詫び申し上げます。この通り、ここにいるノルン殿のおかげで、元の姿を取り戻すことができました」
フォルの後ろに続いて、中央に敷かれたやたら縦長い絨毯の上を歩き、玉座のある高座よりも少し手前で止まった。
「おぉ……そなたがフォルティスを救ってくれたのだな。名はなんと申す」
それまでフォルへと向いていた国王の視線が、スッとこちらへと向く。威厳や威圧感はやはりあるが、敵意のようなものは感じられない。
ここで挙動不審だと、ナメられる……威圧感、威圧感……
「私は、ノルン・フェーリと申します」
「フェーリ……まさか、ヴィダルの……」
「はい。彼女はヴィダル殿の娘で間違いありません」
「そうであったか。子がいるとは聞いていたが……ヴィダルの娘が立派な大人になったこと、我も嬉しく思う」
国王の目が、明らかに親しみを持って和らぐ。国王の近衛騎士をしていた父のことを、親しみを持って信頼してくれていたのだろう。亡くなって十年も経つのに、覚えていてくれたほどに。
父さんは、この人を守る仕事をしてたんだ……
どんな気持ちで隣にいたのかな?
今はもう答えの聞けない疑問が、ぽつりと雨のように落ちる。仕事のことをほとんど話さなかった父の、知らない一面を少しだけ垣間見たような気がした。
「しかし、なぜそなたがフォルティスの体を戻すことができたのだ? 医師も神官も魔術師も、誰も治すことができなかったというのに」
いよいよ核心に迫る質問に、思わず背筋が伸びる。呪術の話に踏み込む……ここからがいよいよ、本当の戦いになる。
「ノルン殿、説明してくれるか?」
「はい。フォルティス殿下は、何者かに体が黒泥と化す呪いをかけられていました。私がその呪いを解くことができたのは、私自身が呪術師であり、曾祖母から受け継いだ知識と技術のおかげです」
強く言い切ると、謁見の間は、にわかにざわめいた。国王に集中していて気づかなかったが、隣には王妃も着席しているし、老若男女問わず高級そうな服を着た人たちが大勢並んでこちらを見ている。その目の大半は異様なものを見る視線だった。
呪術師は忌避されている。存在だけで投獄されかねない。だから、正体は明かさない方が得策だ。けれど、フォルの呪いを解いたことに対する説得力としては明かさざるを得なかった。
「ここに、呪詛玉というものがございます。これは殿下の体から抽出した呪詛の塊です。これを割ることで呪詛返しという現象が起き、念者……殿下に呪いをかけたいと術者に依頼した犯人に同じ呪いが返ります」
「つまり、僕を陥れた者は体が黒く変化する。今ここで呪詛玉を割り、犯人を炙り出そうと思っております。陛下、どうか許可を」
国王は真剣な面持ちになり、考え込む。実の息子といえど、すんなりと許可はしてくれないらしい。国王は側仕えの文官の一人を呼びつけると、何か耳打ちした。
「それは、危険はないのか? 他の罪のない者に害が及ぶようであれば、認められぬ」
「呪いというものは、基本的に念者と術者と対象以外には無関係のものです。呪いが伝染ったり、間違った人へ返ることもありません。呪術師ノルン・フェーリの名にかけて……誓います」
万が一があれば、命はない。国王の前でする発言の重さは、フォルから嫌というほど忠告として聞かされてきた。
それでも賭けなくては、信用を得られない。「私の発言は、命と同等の重さと責任を持っている」と。王族と比べたら草のように軽い命だとしても、それが持っているものの中で一番重いものだから。
「……元々フォルティスの異変に呪いの疑いが出てから、調査は行ってきていた。それで犯人を捕らえることができるのなら、許可しよう」
「感謝いたします、陛下」
フォルを陥れた犯人が、この場で炙り出されるかもしれない。その状況にどよめきが起こる。好奇、恐怖、動揺……様々な感情の熱が渦巻き、二人に絡みつく。その中心でフォルは、国王へ恭しく一礼した。
「フォルティス殿下、呪詛玉を」
フォルは一つ頷いて手を差し出す。その手のひらの上に、真っ黒な呪詛玉を乗せ、後ろへと下がった。彼は呪詛玉を見つめたあと小さく息を吐き、口を開く。
「呪詛よ、あるべき場所へ返れ」
フォルは、教えた言葉を唱えて大きく振りかぶると、呪詛玉を床へと叩きつける。呪詛玉は鋭い破裂音を発して、粉々に砕け散った。その一瞬、禍々しい黒い光がギラリと閃き、霧散する。
──そして、謁見の間に悲鳴が響いた。




