第12話 あの日交わした約束を
フォルの手を取り、手のひらに手をかざして魔力を込める。目を閉じて集中し、彼の体の中に巣食う呪詛の種を探っていく。しばらくして、手のひらにコツンと何かに行き当たった感触が伝わってきた。
「影の隣人よ、彼の者が身に宿せし呪いを我が手に」
吸い上げるようにコツンとした感触に魔力を凝縮させていく。全てが終わって目を開けると、フォルの手のひらの上に卵くらいの大きさの真っ黒な玉が乗っていた。
「これは?」
「呪詛玉っていって、フォルの中にあった呪いを吸い出して固めたものって感じかな」
フォルは初めて見る呪詛玉を恐る恐る指で掴み、光に透かしたりしながら慎重に眺めている。見た目としてはただの黒い石、あるいはガラス玉のような感じで、そこまで珍妙な外観でもない。呪術師にだけわかる、禍々しい呪いの気配以外は。
「どうしたらいい? 大切に保管すればいいのか?」
「『呪詛よ、あるべき場所へ返れ』って唱えながら、地面に投げつけて叩き割る」
「割る!?」
「これは呪いをかけられた人がやらないとダメなやつだからね。私がやってもダメ」
「そうなのか……」
意外な使い方だと思ったのか、フォルは石を凝視する。そうして持て余したように、静かにテーブルの上へと置いた。
「ちなみに割るとどうなる……? それで呪いが解けるのか?」
「そう。呪いが解けるし、呪詛返しも起きる。だから、念者だけなら簡単に炙り出せるよ。これは呪いを耐えきって解いた生還者へのご褒美みたいなものだね」
「確かに、僕の呪いは見た目にわかりやすく出るタイプだったし、一目瞭然だな」
呪詛返しはかけた呪いが形も深さもそのままそっくり念者へと跳ね返る。今回の場合、痛みを伴いながら体が黒く染まり、やがて形が崩れて瘴気を放つようになるというものだ。皮肉な話ではあるが、衆人環視の中、呪詛返しの瞬間を見せ、念者を証明するのにはこれ以上ないほどの好条件とも言える。
「ただねー、問題は術者の方なんだよね。正直なところ、念者を拷問にかけるか、王宮関係者全員を全裸にして契約紋がないか確認するくらいしか思い浮かばないかなー」
「念者の拷問はやれるだろうけど、関係者を全裸は陛下次第だね……」
呪詛返しをした瞬間、呪いは完成し、念者の体には呪紋が刻まれる。その呪紋の形が薔薇の花のような形であれば、前王妃や父に呪いをかけた『黒薔薇の呪術師』が今回も関わっている証明になる。とはいえ、『黒薔薇の呪術師』自体を見つけ出すことには繋がらないのが問題点だった。
「とりあえず、出せるだけの証拠は提示した方がいいだろうね。念者を捕らえて、術者は追々調査していくしかない。ひとまず、王宮内に入り込んでいる呪術師がいることを証明できるだけでも大きいと思うよ」
本当はもっと確実かつ安全にいきたいとこだけど、仕方ないか。
念者と術者が同じ……とかだったら最高なんだけど。
「そういえば、呪詛玉を割らない場合、呪いはどうなる? 割らない限りは解けないんだよね?」
「そう、呪いは未完成のまま維持されることになるね。だからまた蝕まれないように、定期的に呪詛玉の浄化が必要になるかな。面倒臭いでしょ」
呪詛玉はあくまでも呪いを抽出しただけに過ぎない。穢れを吸い込んで増幅すれば、また呪いに蝕まれていくことになる。自分で浄化できなければ、持病のように通わなくてはならなくなるのだから、割らずに残すことに利点は一つもない。
「浄化は、ノルンもできるのか?」
「そりゃ、できなくはないけど。やるならさすがに報酬としてお金は取るかも」
「……なら、呪詛返しはしたくないな」
「したくない!? なんで!?」
「ノルンに会いに来る口実になるから」
あれだけ酷い呪いをかけられておいて、呪詛返ししたくないなんてどうかしている。それも、ただ会いに来る口実のためだけだなんて。王族ともなれば、こんな森にホイホイ来られないのは当然だが、それにしたって……という話だ。
「まだそんなこと言ってる……」
「……冗談だよ」
フォルは柔らかく目を細めると、寂しそうに微笑む。住む世界が違う現実に胸が締めつけられて、チクチクしてくる。
ホント、下手な冗談。
王族ならもっと上手に表情を作ってくれればいいのに。それともこちらの気持ちを見透かして、わざと寂しそうにして見せているのか。どちらにせよ酷い話だが、こちらも酷いことをしたのでおあいこかもしれない。
「けど、僕が王宮に戻る前に、前に言ってた約束は叶えてくれる?」
「約束?」
「呪いが解けたら、祝ってくれるんじゃなかった? 街でおいしいものをごちそうしてくれるって。僕がまだ……ただのフォルでいられるうちに、ノルンと行きたいんだ」
王宮に戻ったら、もうフォルはいないんだ。
いるのは、フォルティス殿下だしね……
「そうだね。まだ完全には解けてないけど、もう肉も魚も食べていいし、お祝い兼、戦前の宴といきますか!」
「あぁ、楽しみにしてるよ」
フォルは少しだけ声を弾ませて、嬉しそうに笑っていた。それは今までの中で一番屈託のない、少しだけ幼さの滲むような笑顔だった。
* * *
夜、フォルとの約束通り街へと来ていた。何が食べたいか聞くと「ノルンがいつも行ってるとこで食べたい」と言われ、よくお世話になっている行きつけの料理屋を選んだ。
けど、第一王子的に大丈夫かな……?
行きつけの店は、「大衆食堂」もしくは「大衆酒場」と冠したくなる賑やかで雑然とした場所だ。気品、洗練、優雅などという上流単語とは無縁の世界に位置している。
扉を開けると、カランカランと来客を知らせるベルが鳴り、柔らかな橙色の明かりと食欲をそそる香ばしい匂いが二人を歓迎する。まだ少し夕食には早い時間だが、すでに店内では何組か酒を片手に食事を楽しんでいるようだった。
「いらっしゃーい! あら、ノルンちゃんじゃない!」
この店は夫婦で切り盛りしており、給仕を担当しているカーラの軽快な声が飛んでくる。酒をテーブルへ供したあと、パタパタと足早に出迎えてくれた。
「いつもの席なら空いて……あら、あらあらあら……! ノルンちゃんが誰か連れてくるなんて初めてじゃない?」
「うん、友達のフォル」
カーラに紹介するとフォルはなぜか少し機嫌を良くしたのか、外套のフードはそのままに、礼儀正しく妙に洗練された所作で一礼する。初対面の相手に当然と言わんばかりの様子は、明らかにこの場から浮いていた。それはもう、地面から拳一個分くらい宙に。
「初めまして。ノルンの行きつけの店と聞いて、楽しみにしてます」
なんの挨拶始まった……?
「まー! なんて礼儀正しい色男! 友達なんて言ってるけど、もしかしてノルンちゃんの……」
「もー、違うよ。カーラさんが気に入ったからって、テキトーなこと言わないで」
本当にそうなれる関係なら、どんなに良かっただろうか。フォルという人は、第一王子フォルティスが、期間限定で羽織っている外套みたいなものだ。外套に想いを寄せたって、どうしようもない。
「ふふふ、いいじゃない。ごゆっくりどうぞ~」
カーラからメニューが書かれた大判の板を受け取り、よく使っている席へフォルを案内した。メニューを差し出すと、フォルは物珍しそうに受け取る。王族なら、こういった店とは縁もないだろう。黒く塗られた粗末な板に、石灰で書かれたメニュー表なんて見たこともないのかもしれない。
「何にする? なんでも食べたいもの選んでいいよ。国庫には及ばないけど、フォルのおかげで財布に余裕があるからね~」
以前、フォルが討伐してくれた魔物から採取した蜜玉は良い値段で売れた。そのときの分はしっかりと貯めておいてある。
「種類が多くて迷うな……料理の名前もざっくりしすぎてて、味の想像がしにくいというか……」
「あははっ、そうかもね。でも、私たちにはこれでちょうどいいよ。なんとかの炒め物ーとか、なんとかの煮込みーとか」
慣れない空間に戸惑って緊張しているのか、肩に少し力が入っているように見える。料理選びの方も失敗したくないのか、冒険が怖いのかわからないが、まるで人生の選択のように慎重になりすぎている印象だ。
「決めきれないなら、とりあえず私がいつも頼んでるやつ食べてみる?」
提案した途端、ガバッとフォルが顔を上げる。フクロウのように目をまんまるにして、ありありと期待を滲ませている。聞かなくても、返事がどちらであるかわかりそうなほどだった。
「食べたい……!」
「カーラさん、いつものやつと蜂蜜酒二杯でお願いねー!」
カーラの朗らかな返事が聞こえてくると、すぐに蜂蜜酒のグラスが二つ運ばれてくる。料理はいつも通りの、にんじんのマリネ、ハムの盛り合わせ、豚肉の葡萄酒煮込みの三品が供された。
フォルは早速グラスを手にすると、控えめにグラスを傾けて一口だけ飲んだ。
「蜂蜜酒……甘いけど、意外とスッキリしてるんだな」
「私は渋いお酒は苦手だから、いつも蜂蜜酒なんだよね。花の種類でも味が結構変わるから、面白いし」
小皿を取り、すでにテーブルにある料理三品をそれぞれ取り分けていく。注文するとすぐに出てくるおかげで、この三品は定番になっている。
「私の『いつもの』はもう一品あるんだけど、それが一番お気に入りなんだよね」
「お気に入りか。どんな料理なんだ?」
「それは来てからのお楽しみってことで。まずはこっち食べてみてよ。この煮込みとか最高なんだから」
うちに来てから野菜しか食べてないし、私の料理ですら文句言われたことないし……たぶん大丈夫だよね?
ここのお店の料理はどれもおいしいと思っている。けれどそれが王族であるフォルの舌を満足させられるものなのかはわからない。そもそも彼が毎日どんなものを食べていたのか、想像もつかなかった。




