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【第一章完結】助けた黒泥が、呪われた王太子だなんて聞いてませんけど?  作者: まな板のいわし
第1章

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第11話 空に届かぬ大地は、一雫を宝物のように握りしめた

『僕はずっと一緒に、いられたらって、思うように、なった。ノルンが、好きなんだ』


 フォルが自分と同じ気持ちを抱いているなんて、夢にも思わなかった。嬉しくて、胸が高鳴って、けれど……フォルを信じていいのかわからなかった。


 呪いを依頼し、呪詛返しを受けたかもしれない人。こんなに深く残酷な呪いをかけられるほど、誰かに恨まれている人。もしかしたら、『第一王子フォルティス』かもしれない人。


 フォルは目が見えるようになってから、新聞から情報を集めるようになった。一緒に新聞に目を通すようになって、王宮の事情にも触れるようになって、気づいた。『黒薔薇の呪術師』を通して殺されたのは、前王妃と、前王妃の呪殺に気づいた国王の近衛騎士である父と、どちらも王宮関係者だった。そこへ突然現れたのが、なぜか『白薔薇の呪紋』を体に持ち、呪いに苦しむフォル。


 病に臥せっている第一王子、フォルティス。最初は名前が似ていることをきっかけに、あまり根拠もなく結びつけた。けれどそもそも、『呪術師』という存在自体が希少なのだ。『黒薔薇の呪術師』は王宮関係者の誰かのお抱え呪術師という可能性は高い。


 新聞記事の内容から疑問が湧いたあと、街に出たときに贔屓にしてくれている魔法薬店の店主に『あること』を尋ねた。


『前の王妃様って、どんなふうに亡くなったか知ってる?』

『前の? そうかぁ、ノルンちゃんが生まれる前だもんなぁ。あれはよく印象に残ってるよ。詳しくは知らないけど、フォルティス殿下を生んで亡くなったって話だけは有名だな。たぶん、難産だったんだろうねぇ』

『それって、何年前?』

『そりゃ決まってるだろ。殿下の生まれた年だから──』


──二十三年前だな。


 その瞬間、背筋に寒気が奔った。フォルに年齢を聞いたとき、彼が紙に書いたのも【二十三】だった。偶然だと処理するには、あまりにもできすぎているように思えた。


 フォルの体にある『白薔薇の呪紋』の、もう一つの可能性。前王妃の死が『黒薔薇の呪術師』による呪いのせいなら、亡くなったときに呪いが完成したことになる。つまり名付けられる前、前王妃の中に胎児として存在したフォルティスに、前王妃の死という形で完成した呪いが刻まれたのかもしれない。


 そしてフォルの『痣は生まれつきのもの』という答え。赤子や胎児が誰かを呪えるわけがないのだから、呪詛返しはあり得ない。母体が呪われていたと考える方が自然だ。


 前王妃の死と、彼女の遺体にもあったという『白薔薇の呪紋』……そしてフォルの体にある生まれつきの『白薔薇の呪紋』。フォルが『第一王子フォルティス』だと仮定すると、あまりにも綺麗に辻褄が合う。


『僕は、フォル。家も、姓も、仕事も、財産も、何もない……ただの、フォルだ』


 病で臥せっていることにされて、廃太子され、何もかも奪われてしまった第一王子。何もない、ただのフォル。好きな人から、全てを断ち切ってまで一緒にいたいと言ってもらえたことが嬉しかった。同じ想いを持ってくれていることも、嬉しくてたまらなかった。


 だから、少し欲が出てしまったのかもしれない。思い出で構わないから、フォルの想いの一欠片がほしい。自分だけのものにしたい。一夜だけ、いや……ほんのひとときだけ──夢を見たくなってしまった。


「一緒にいて……フォル……」


 全部わかっていて、次の瞬間には突き放すと決めて、けれど今この一瞬だけでも欲しくて受け入れて、口にした言葉は嘘偽りなく本当の気持ちがあふれてしまった。本当に卑怯で、狡くて、最低な人間だ。そう、胸の内で吐き捨てた。


 フォルの、躊躇いがちに伸びる指先。怖がらせないようにと優しく触れた唇。彼の人柄のように温かな熱。彼の震える吐息は甘くて、けれど少しだけ胸の奥が苦い。


 フォル、私も……好きだよ。

 好きだったんだよ。


 閉じた瞳の奥に、じわりと湿った熱が滲む。絡め合った指に刹那の繋がりを感じて、抱きしめた熱はきっとこれが最初で最後で。それが苦しくて、悲しかった。


「……ふふ……フォルティス殿下の、嘘つき」


 フォルが小さく息を呑み、微かに体を強張らせる。その反応が何より雄弁に、彼の正体を語っていた。


「ちゃんと、王宮へ帰って。私を理由に逃げないで……迷子の道案内は、私がしてあげるから」


 泣いてしまいそうなのをこらえて、そうやって強がるので精一杯だった。


 でも、嘘じゃない。

 王宮へ帰る手立てはまだある……上手くいくかは、賭けだけど。



* * *



 あの夜から五日、フォルの呪いはもうほぼ解けていると言っていいところまできていた。あとは『影の隣人』の力を借りて、彼の体から呪詛を取り除くだけでいい。そしてあの夜、「呪いを解くときに、全て話そう」と約束していた。


「呪いを解く前に、僕も聞いておきたかったことがある。君は、一体何者なんだ?」


 五日前に自分が尋ねたことと同じことを聞かれ、一瞬声が詰まる。呪術師は長らく排斥されてきており、禁術を扱う存在として危険視されている。けれど、フォルならきちんと受け止めて、頭ごなしに否定はしない人だと信じられた。


「私は……ノルン・フェーリ。解呪専門の、呪術師だよ」

「解呪専門?」

「そう、解くことはしても、呪うことはない。父さんを死に追いやった呪いが許せなくて、呪いを制すために私は呪術師になったの」


 母方の曾祖母が両親を失ってからの育ての親であり、呪術師としての師匠でもあった。呪術の知識や技術から薬草や触媒のことまで、全て曾祖母から教えてもらった。


「……そうか……けど、近衛騎士ヴィダル・フェーリは、自死ではなかったのか?」

「えっ、父さんを知ってるの?」


 怪訝そうに眉根を寄せるフォルから思いがけない言葉が転がり出る。父は国王の近衛騎士であり、それなりに名も知られていただろうが、フォルが知っているとは思っていなかった。


「あぁ。ヴィダル殿は僕の剣の師だったからね。父上が、ヴィダル殿に命じたんだ」

「世間が……広いようで狭い……」

「本当にね」


 まさか、父がフォルに剣術を教えていたなんて知らなかった。父は職業柄あまり家に戻ることはなく、家に帰ってきても守秘義務の関係で仕事の話はしなかった。当時は、国王の近衛騎士をしていることくらいしか知らなかった。


「ヴィダル殿は、つい話してはいけないことまで話してしまいそうになるような、気さくで親しみやすい感じで……そういうところは、君とよく似てるかもしれない」

「うん。私の中の父さんもそんな感じ。帰ってきたときは、いつも朝から日が暮れるまでずっと遊んでくれたっけ」


 近くの森へ両親と三人でピクニックへ行ったり、川へ釣りに行ったり、小さな裏庭で木の棒を振り回して騎士ごっこに付き合ってくれたこともあった。


『すごいじゃないか! よく頑張ったな──』


 父の大きな手が、ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜるように撫でる。あのごつごつとした感触と温もりを、今も確かに覚えている。


「なぜ彼が。一体誰から恨みを買ったのか……」

「恨みじゃないよ。邪魔だから疎まれて消されただけ。遺体にはフォルと同じ白薔薇の痣……呪紋があったしね」

「呪紋……? これは、呪われた証だったのか?」

「そうだよ」


 フォルに呪紋と呪術師の契約紋の関係を説明するため、服のボタンに手をかける。一つ外すとフォルの座っている椅子がガタガタッと音を立てる。なぜか手まで忙しなく動いているのが、気配から伝わってきた。


「うわ、わ、ちょ、ちょっと、ノノノルン!? 何を、何を……!」


 襟を左へグッと引いて開けさせると、フォルはサッと両手で顔を覆った。なんとも純情な乙女みたいな反応で笑えるが、これでは意味がない。


「呪術師には『影の隣人』と契約したときに刻まれる契約紋が、体のどこかにあるの。私のはここ、左の鎖骨の下あたり」


 フォルは顔を覆っている手はそのままに、すすっと指を開いて隙間を作る。そこから彼の瑠璃色の瞳が覗き、こちらを確認してからそろりと視線が胸元へと落ちる。


「あれ……薔薇の花の形じゃないのか? ノルンのは、雪華の形に似てるね」

「契約紋は一人として同じ人はいないって、呪術師だった曾祖母が言ってたよ。だから黒薔薇の契約紋を体に持つ呪術師が術者で間違いないはず」


 曾祖母の契約紋もまた、薔薇の花でも雪華でもない別の形をしていた。呪術師の数も多くないことを考慮すれば、黒薔薇の契約紋を持っている呪術師はほぼ確実に犯人と見ていい。


「……フォル?」


 真剣な話をしているのに、フォルは食い入るように雪華の契約紋を眺めている。視線のせいで貫通して穴があきそうだ。


「……綺麗だね」

「何を寝ぼけたことを……」


 フォルから、微かなため息と共に言葉が零れ落ちる。危機感の薄さに思わず呆れてしまった。彼は呪いで、自死を選ばせようと限界寸前まで追い詰められていたことを自覚した方がいい。


 死の呪いをかけるには、代償として念者の命を差し出さなければならない。しかし相手を呪い殺したくても、自分は死にたくないというのが人間だ。だから呪術師は、命という代価を用意できない場合、死の呪いはかけられない。対象者の生命力を削る形か、精神的に追い込んで死にたくなるように仕向ける呪いをかけるのだ。


 そう、例えば……体が痛みと瘴気に塗れた異形になるようなものとか。


 前王妃の遺体に浮かんだ『白薔薇の呪紋』と呪殺の可能性。父は前王妃の死の真相を追い、呪いを受け、その遺体に『白薔薇の呪紋』があったこと。そしてそれにどうフォルが関係しているのかを説明するため、寝室の鍵付きの引き出しから父の遺品の手帳を持ち出し、彼の目の前に差し出した。


【王妃様の遺体の左手の内側に、以前はなかった白い薔薇のような痣があった。遺体は痩せ細り、とても産後の女性のものとは思えなかった。】

【体を虫に喰い破られる幻覚は、呪いの症状だという。もう手遅れらしいが、せめてこれを手がかりに犯人を追い、真実をつきとめる。】

【愛するノルンへ。もし俺が死んだら、遺体に薔薇の花のような白い痣がないか確かめてほしい。君なら、その意味がわかるはずだ。】


 フォルが生まれる前、まだ名もなき胎児だった頃に受けた前王妃への呪い。それが前王妃の死と共に完成し、王妃の中にいたフォル自身の体にも呪紋が刻まれた可能性を伝えた。


「フォルはもしかしたら、二度同じ術者に呪われたかもしれないよ。自分のためにも、炙り出した方がいいと思う」

「……わかった。けど、どうやって証拠もないのに炙り出す? その手帳だけでは、訴えるにしても弱すぎる」


 確かに、父の手帳だけではなんの証明にもならない。けれど呪術師には呪術師のやり方がある。きっと『黒薔薇の呪術師』は、フォルの味方に呪術師がいるなんて想像もしていないだろう。


「まぁまぁ、ここからがノルン様の見せ場だから見てなさいって。さぁ、お手を拝借」

「ふふ……いつかの夜会で見た手品師のようだな」


 フォルの右手を左手で掬うように取り、手のひらを上に向けさせる。その上に右手をかざして、魔力を込めた。

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