第3話 空回り
友だち作りに孤軍奮闘!第3話です。
放課後のチャイムが鳴るころには、私はすでに心の中で行き先を決めていた。
まずは本屋。それから、レンタルレコード店。
今みたいに、分からないことがあったらすぐにネットで調べられる時代じゃない。何か知りたかったら、とりあえず本屋に行くか、人に聞くかしかなかった。
駅前の本屋の二階には、音楽関係の雑誌がずらっと並んでいた。表紙には、洋楽のバンド名や、流行のアイドルの顔写真がぎっしりだ。
その棚の真ん中あたりで、私は「佐野元春」の文字を探した。
立ち読みした雑誌の中には、ライブレポートや、新しいアルバムの解説が載っている。何が「新しい」のか、正直よく分からないけれど、書いてある言葉をひとつひとつ飲み込むみたいに読んだ。
サムデイは「若者のアンセム」とか、「時代の空気を切り取った名曲」とか、そんなふうに書かれている。
ページのすみに印刷された小さなモノクロ写真の中で、佐野元春は、少し伏し目がちの顔でギターを抱えていた。
その横顔を見ながら、私は心の中でつぶやく。
ひろみちゃん、こんなん聴いてるんやな。
雑誌を棚に戻すと、次はレンタルレコード店だ。
ガラス戸を開けると、店内の空気がひんやりして、レコードのジャケットから立ちのぼるインクとビニールの匂いがした。
棚に並んだレコードの背を指でなぞりながら、「さ」のところまでたどり着く。
「あ、あった」
声に出さないように気をつけながら、心の中で叫ぶ。
渋いモノトーンのジャケットに「佐野元春」の文字。私はそれをそっと抜き出した。
レコードを一枚借りるお金は、買うときのだいたい十分の一くらいだと、誰かが教えてくれた。
一回聴くだけなら高くつくけれど、カセットテープに録音しておけば、レコードを返却したあとも、何度でも聴ける。
今ならいろいろ言われそうなやり方だけど、当時はみんながやっていたし、世の中全体がゆるかったように思う。
家に帰って、自分の部屋でプレーヤーのふたをそっと開ける。
レコード針を慎重に落とすと、少しだけプチプチというノイズが鳴ってから、印象的なイントロが流れ出した。
これが、サムデイ。
歌詞カードを片手に、何度も何度も巻き戻しては聴く。
メロディの流れ、サビの言葉、印象的なフレーズ。どうにかして自分の中に刻み込もうとするように、耳を澄ませた。
ひろみちゃんと、ちゃんとしゃべれるようになりたい。その一心だった。
◇
翌日から、私はひろみに話しかけるタイミングをうかがうようになった。
ネタはたっぷり仕入れた。あとは、チャンスをつかむだけだ。
ただ、どうしても気になる存在がいた。いくこときみこ。
彼女は、明らかに私をグループに入れたくないという態度を隠そうともしなかった。
ひろみと仲良くなれたとしても、いくこときみこに拒まれたら、結局私は「ぼっち」のままなのかもしれない。
そんなことを考えながら教室を見回すと、窓際のいちばん後ろの席で、いつもの顔ぶれがだらんと椅子にもたれているのが見えた。
さちたちだ。
さちは、見るからに「ヤンキー」と呼ばれる種類の女の子だった。
髪は金髪ショートで、耳には思わず数えそうになるほど、たくさんのピアス。
スカートは教師に注意されそうなほど短い。
いつも同じ中学出身の男の子のヤンキーたちとたむろしていて、廊下で笑い声がすると、その真ん中にさちの姿があることが多かった。
正直言って、私は彼女たちを「関わらないほうがいい人たち」として分類していた。
ああいうグループに目をつけられたら面倒くさそうだし、私みたいなのが近づいたら、きっと一瞬で笑いものにされる。
だから、さちがどんな声でしゃべるのか、どんな顔で笑うのか、私はほとんど気にしたことがなかった。
◇
チャンスは、思っていたよりも早くやってきた。
その日、学級委員を決めるホームルームで、ひろみが女子の学級委員に選ばれた。
彼女は一瞬、「えー」と言いながらも、結局は「まあ、やるわ」と笑って引き受けていた。
放課後、学級委員は委員会の仕事で教室に残ることになった。
私はというと、図書室に行って、わざとゆっくりと問題集を解きながら時間をつぶす。
ひろみが委員会を終えて教室を出てくる頃合いをねらって、廊下の角をひとつ曲がったところで、ノートを抱えながらうろうろした。
ドアが開く音がして、笑い声がもれ聞こえる。数人の足音が廊下を遠ざかっていったあと、しばらくして、ひとり分の軽い足音が近づいてくるのが分かった。
私は何食わぬ顔で、たまたまそこを通りかかったふりをした。
「あ、ひろみちゃん。委員会、もう終わったん?」
「あ、うん。さっき終わったとこ」
思っていたよりも素直に会話がつながって、私はほっとする。
「おつかれさま。なんか、いろいろ決めなあかんこと多そうやなあ」
「せやねん。なんかよう分からん書類ばっかりやし。先生は『すぐ慣れる』とか言うけどさ」
二人で並んで歩きながら、委員会の愚痴みたいな話をする。
このまま自然に、「そういえば昨日、佐野元春のレコード借りてん」と話題を振れたら完璧だ。
でも、そのタイミングで、前方の廊下から大きな声が飛んできた。
「ひろみー!」
剣道着の胴着を着たあきえが、竹刀袋を肩にかついで立っていた。汗で前髪が少し額にはりついている。
「悪い、ちょっと来てくれへん?先生がさ、部のことで話あるからって」
ひろみは私とあきえを交互に見て、申し訳なさそうに口をゆがめた。
「ごめん。ちょっと行かなあかんわ。またあとでな」
そう言うと、私の返事を待つ間もなく、あきえと一緒に走って行ってしまった。
ぽつんと廊下に取り残された私は、手に持ったノートの角をぎゅっと握りしめる。
また、タイミングを逃した。
◇
翌日のお昼前、あきえが私の席の横に立った。
「なあ。今日の放課後、ちょっと話あるねんけど」
「え、うちに?」
胸の奥がきゅっと縮む。嫌な予感しかしなかった。
「放課後?今ここで話せへんことなん?」
「まあな。ちょっとこみいっとるからなあ。16:30にこの教室に来て」




