第2話 はじめての嘘
雑談用にネタ仕入れをしないと話題が続かない残念な「私」。
はたして、ひろみと友だちになれるのでしょうか!?
ひろみと、友だちになりたい。
そう決めてからは、彼女のしぐさひとつひとつが、前よりもずっと気になるようになった。
休み時間に誰とどんな話をしているのか。どんなふうに笑うのか。どんなものが好きなのか。
私はひろみを、なるべく自然を装いながら、でもかなり必死に観察していた。
ある日の昼休み、ひろみが自分のカバンを机の上にぽんと置いたとき、私はそれを見逃さなかった。
茶色い合皮のスクールバッグ。その側面に、小さなステッカーが一枚貼ってあった。
佐野元春。
名前もはじめてきく。何をする人の名前かもわからない。
アイドル?俳優?ミュージシャン?漫画家?
「ひろみ、それ、また増えてるやん。そんなに好きなん?」
きみこが指さして笑う。
「うん。うち、大ファンなん。受験終わったし、これからレコードいっぱい聴けるしな」
その言葉に、私の心臓がどきんと跳ねた。レコードてことは、アイドルかミュージシャン。
今だ。
ここを逃したら、友だちがいないまま一年が終わってしまうかもしれない。
私は、机の上の教科書をわざとゆっくりと揃えながら、ひろみのそばまでにじり寄った。
「ねえ」
声が少し震えていないか、自分でも分かる。
「もしかして、佐野元春のファン?」
ひろみがぱっとこちらを見た。目が合う。近くで見ると、思っていたよりも幼い顔立ちなのに、笑うと一気に華やぐ。
「うん。うち、大ファンなん。受験終わったし、レコードいっぱい聴ける」
さっききみこに言っていたのと、ほとんど同じセリフを、今度は私に向かって言ってくれる。
その「うち、大ファンなん」の調子があまりに楽しそうで、私はつい、調子に乗ってしまった。
「うちも、佐野元春の大ファンなんよ」
これからひろみと話をするためだけにファンになる予定だけど。
「へえ。一番好きな曲て何?」
ひろみは、疑う様子もなく身を乗り出してくる。
困った。佐野元春なんて、今はじめてきいた名前で曲名なんて、ひとつも知らない。
でも、ここで黙り込んだら、せっかく踏み出した一歩が、いきなり後ずさりになってしまう。
「ひろみちゃんは?何が好きなん?」
私は、なるべく自然を装って問いを返した。
どさくさにまぎれて「ひろみちゃん」と、いきなりちゃん付けで呼んでみる。
名字で呼ぶより、ぐっと距離が縮まる感じがした。
「そうやなあ。全部好きやけど、やっぱり有名どころで言うたら、サムデイかな」
「うちも!やっぱサムデイは佐野元春の代表曲やんね!」
反射的にそう言い切った瞬間、自分の中で何かがカラカラと空回りしている音がした。
サムデイがどんな曲なのか、私はまだ知らない。
それでも、ひろみは嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔を見た瞬間だけは、「嘘ついてよかった」と心の底から思ってしまう。
そのときだ。
「ひろみ、行こ」
低めの、少しとがった声が、横から割り込んできた。いくこときみこが、あからさまにうんざりした顔でこちらを一瞥する。
ひろみは一瞬だけこちらを見て、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんな。話、途中やのに。また話そな」
そう言って、きみこのほうへ歩いていく。
教室の扉が閉まる音を聞きながら、私は胸の中で小さくガッツポーズをした。
まあ、今日のところはこれで満足。
「また話そな」と、ひろみは言ってくれた。
ただひとつ、はっきり分かったことがある。
次に佐野元春の話をするときのために、私はちゃんとネタを仕入れておかなければならない、ということだ。




