第4話 本当の友だち
最終話です。友だち作りの結果は・・・
「16:30にこの教室に来て」
それだけ言うと、あきえは「ほな」と手をひらひらさせて、自分の席に戻っていった。
断るという選択肢は、頭の中に浮かばなかった。
逃げたら、もっと悪いほうへ転がっていきそうな気がしたからだ。
放課後、私はまた図書室で時間をつぶしてから、約束の時間に教室へ戻った。
教室のドアを開けると、そこにいたのはあきえではなかった。
いくこときみこが、窓際の席に腰かけて、こちらをじろりとにらんでいた。
「あんたさあ。なんで、ひろみになれなれしくしてんの」
教室には、きみこの声と時計の針の音しかなかった。
「あきえから聞いたで。あんた、中学の頃、ブスのくせにでしゃばるんで有名やったんやってな」
胸の奥が、ざくっと切られたみたいに痛くなる。
「めっちゃ嫌われてんのに自覚なくて、いっつも偉そうにして。
いじめられそうになったら、あることないこと吹聴して同情かって、
ヤンキーの背中に匿われとったんやてな」
言葉のひとつひとつが、過去の嫌な記憶をひっかき回していく。
「あんたみたいなカスが、ひろみのまわりうろうろしたら迷惑やねん。
同じクラスになっただけでも嫌やのに」
そこまで言われたら、笑って聞き流すことなんてできない。
私は、自分でも顔が熱くなっていくのを感じながら、なんとか声をしぼり出した。
「自覚ないことないし」
本当は、全部分かっている。
私は会話が噛み合わないことが多い。
聞かれていることに答えるより、自分が話したいことを優先してしまう。
空気が読めないというわけではないので、
人からどう思われているかなんて、だいたい想像はついている。
「でも、友だちはほしいねん。うちは、自分の気持ちに正直に行動しとるだけやし。
別に、あんたらに何言われても、どう思われても、気にならん」
震える声を、無理やり平気そうな調子にねじまげる。
「うちは、ひろみちゃんと友だちになりたいんや」
その瞬間、いくこもきみこも、判で押したみたいに同じ不機嫌な顔をした。
「だからさあ、『ひろみちゃん』とか、おまえが言うな。きもいねん」
きみこが吐き捨てるように言う。
さっきまで「あんた」と呼ばれていたのが、「おまえ」に格下げされたのが、妙におかしくて、私は口の端だけで笑った。
「高校生にもなって『きもい』って言うか?
うちは、ひろみちゃんと友だちになりたいだけやし。
おまえらとは、友だちになりたないし」
「おまえ」返しをしてやったことに、ほんの少しだけ、意地の悪い満足感があった。
「やっぱ、会話かみあわんわ」
きみこがそう言って、こめかみのあたりで指をぐるぐる回し、そのままぱっと手をひらいてみせる。
「ここまで頭おかしいとは思わんかったわ」
そのときだ。
「あんたら、なんか、もめてんの?」
低くてよく通る声が、教室の入り口から飛んできた。
振り向くと、そこに立っていたのは、さちだった。
さちは、いつものようにスカートを短く折り、ネクタイをゆるく結んでいる。
けれど、その目つきは、さっきまで窓際で見ていた「ただのヤンキー」よりも、ずっと鋭く見えた。
「もめてへん。帰るとこや」
いくこがそっけなく言い、きみこと二人で通り過ぎざまに私の肩を小突いて、教室を出ていく。
ドアが閉まる音がして、教室には私とさちだけが残った。
「……なんか言われとったんとちゃう?」
さちが、さっきまできみこが座っていた椅子を足で引き寄せて、どかっと腰をおろす。
「うちでよかったら、話聞くで」
その言い方は、優しいともきついともつかない、不思議な調子だった。
けれど私は、その一言に、糸がぷつんと切れたみたいに、胸の奥にたまっていた言葉をこぼし始めていた。
◇
結局、ひろみとは友だちになれなかった。
でも、さちという大親友ができた。
---友だちになりたい
---からの、空回りの日々から、学んだこと。
---友だちって、なりたくて、なるもんやない。
---いつのまにか、気がついたら、なっているもんなんや。
佐野元春の曲を聴くたび、私はあの春の教室の光景を思い出す。
少しだけ胸が痛み、そして意外と何とかなってきたよな、
と自信に似た感情が沸いてくる。




