表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/10

6通目 ブライアント領


 翌日はセドリック様の案内で、町の周囲を見て回ることにした。

 お弁当の入った籠を渡され、馬に乗せられる。


 こんなに軽々と持ち上げられたのは久々だわ。ふわりと宙に浮く感覚を久しぶりに味わった。

 日々、身体を鍛えているセドリック様にしてみれば、私なんて人形のようなものなんでしょう。


 た、高い。

 馬の背中がこんなに高いなんて知らなかった。


 ちょっと怖くて固まっている私を抱え込むように、セドリック様は手綱を握った。


「ゆっくり行くから、大丈夫だ」


 緊張が筒抜けだったらしい。セドリック様は苦笑いだ。


 いや、それ以前に、近い。とても近い。

 殿方とこんなに近づいたことなんてないのに。それだけでドキドキしてしまう。


 ゆさっと身体が揺れた。思わず籠を抱きしめる。


 カポッカポッとゆっくり馬が動き出した。


 馬に揺られながら、のどかな景色を見つめる。

 広々とした牧草地帯に白い影が点々……いや、思ったよりいっぱいいた。

 羊、かしら? もこもこした身体がくっつきあっている。


「そろそろ毛刈りの時期だから、この光景は見納めだな」


 セドリック様の声が頭の上から降ってくる。


 夏に向けて、あのもこもこの毛は刈ることになるのね。さすがに寒さをしのぐための毛皮では暑いでしょうし。


「黙って切らせてくれるのですか?」

「大抵は逃げ回るが、捕まると観念する。黙って切らせてくれる奴もいるが」


 羊にも個人差があるのですね。


「その羊毛を使って、衣類を作ったり、寝具を作って交易品にしている」


 羊毛のお洋服か。温かそう。

 そうか、この辺りは冬の準備が欠かせないとお手紙にあったわ。


「温かい衣類で、厳しい冬を乗り越えてらっしゃるんですね」

「ああ。冬には欠かせない素材だ」


 笑っているようなセドリック様の声が聞こえた。


 牧場を過ぎると、昨日見た湖が目の前に現れた。対岸がとても小さく見える。


「ここの水が、町の水源になっている」


 言いながら、セドリック様が馬から降りた。


 両手を伸ばされ、抱えられるとゆっくり下ろされた。

 草をサクッと踏みつける。柔らかな感触が足の裏を刺激した。


 駆け抜ける風が、湖面を小刻みに揺らしている。

 遠くで揺れる木の葉が擦れる音が風に乗って耳に届いた。


「すまない。もっと華やかな場所に連れていければいいんだが……」


 申し訳なさそうにセドリック様が頭をかいた。


「そんなことありません! とても素敵な場所です。ここは町の皆さんの生活を支える大事な場所じゃないですか」


 景色はもちろん素敵だけど、町にとって重要な場所だわ。

 そこに案内してもらえるってことは、私にここの生活を知って欲しいってこと、だよね?

 ちゃんと、私が嫁ぐってことを考えてくださっているのかしら。


 セドリック様は口元に笑みを浮かべた。


「そう言ってもらえると助かる。母上からも、良いところだけじゃなくて悪いところも見せておきなさいと、きつく言われて」

「悪いところ、ですか?」


 ここのどこが悪いところ、なの?

 自然と首が傾く。


「何もない、だろ?」


 セドリック様はそう言って湖に目を向けた。


 あるのは一面の水。森と岩山。そして、真っ青な空。


 人工物がまるでない。大自然とはこのことね。


 でも、こういう所のほうが、息がしやすい。学校や王都の喧騒の中で息が詰まるよりよっぽどいい。


「私、こういう所、好きです」


 ぽつりと言葉が口からこぼれていた。


「そうか」


 セドリック様の声は嬉しそうだった。


 手招きされて、セドリック様が歩いていく方について行く。

 湖畔には木が点在している。その奥に森が広がっていた。


 木は木陰を作り、時折揺れる。ふわりと髪の毛が持ち上がる。

 やっぱり、気持ちのいい場所だわ。


 セドリック様は山頂の方を見上げた。


「今日は少し風があるな。寒くないか?」


 振り返ったセドリック様に首を横に振ってみせた。

 防寒対策に、しっかりカーディガンを羽織ってきている。両手を広げてそれを見せた。


 セドリック様は頷くと、お弁当を入れていた籠に入っている敷物を木陰に敷いた。

 そこで昼食のようだ。


 セドリック様との間に籠を置いて座る。


 お弁当はサンドイッチだ。卵とハム、レタスが挟まれていて美味しそう。

 ずっとそれを前にしてじっとしているのは、なかなかの苦行だった。


「いただきます」


 私はサンドイッチを頬張った。

 しゃきっとしたレタスの歯ごたえの後に卵が口の中に広がる。噛んでいると、ハムの縁についていた香辛料の香りが漂ってくる。


 お、美味しい……!

 流石は伯爵家の料理人。


「……どうだ?」

「とっても美味しいです」


 控えめに聞いてきたセドリック様に笑顔で返した。

 セドリック様がホッと息をついた。私の口に合わないことを懸念されていたのかしら。


 すると、セドリック様はどこか落ち着きがない様子になった。そわそわしながら籠の中のサンドイッチに視線を落とす。


「これ、俺が作ったんだ……」


 ……え? え? ええええ!?

 せ、セドリック様がこの美味しいサンドイッチを、自らの手で!?


「わ、私、何も作れません……」

「いや! キミを責めたいわけじゃない」


 セドリック様は慌てて首を横に振る。


「俺はただ、戦地でケガをして後方送りになった時に料理をしたら楽しくなって、今では趣味みたいなものだ」


 セドリック様は気恥ずかしそうに太ももを撫でた。


 そこにも傷があるのかもしれない。

 そうよね。戦地で戦って、無傷の人なんて数える程度しかいないのかも。


 本当に、セドリック様が無事に帰られて良かった。


「素敵な趣味になったんですね」

「男らしくない、とかは、思わないのか?」


 え? だって、料理人には男性だっていらっしゃるじゃないですか。


「そんなことありません。むしろ、自分が食べたいものを自分で好きなだけ作れるなんて羨ましいです」


 私の答えに、セドリック様は吹き出した。

 変なこと、言ったかしら?


 セドリック様は「すまない」と笑いながら謝る。


「そう言われると、そうかもしれないな。良いことを聞いた」


 セドリック様は楽しそうに笑った。


 あれ? これ、何かある意味、言ってはいけないことを言ってしまったかもしれないわ。


「……そういえば、手紙に婚約者がいてもずっと一人だったとあったが」


 セドリック様は言葉を切ると、真剣な眼差しで私を見下ろした。

 私はじっと次の言葉を待つ。


「俺はキミを一人にしないと約束する」


 きっとこの人は、言うだけではなく、実行してくれる。そう感じた。


「ただ、これだけは覚えておいて欲しい。俺は軍人だ。国の有事の際は、また戦地に招集される可能性がある」


 やっぱり、セドリック様は誠実な方だ。良いことも悪いことも、伝えてくれる。十歳も離れた私を子ども扱いしない。


 私はゆっくり頷いた。軍人の婚約者を持つなら、その心構えはしておかなければならない。

 何の力を持たない私は、待つことしかできないだろう。


「辛い思いをさせることになったら、すまない」

「では、私が辛い思いをしないよう、何があっても帰ってきてください」


 私は少し意地悪な声で言い返した。どんな大ケガをしてもいい。生きて帰ってきてくれれば。


 セドリック様は驚いた顔になるが、微笑んで頷いた。


「肝に銘じておこう」


 私も笑顔を返した。


「それもう一つ、お願いしたいことがあって――」


 ……え?


お読みいただきありがとうございます。

果たしてセドリックのお願いとは?

面白いと思っていただいた方は、ぜひブックマーク、★の評価、リアクション等よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ