5通目 手紙のやり取り2
『親愛なるセドリック様
テストは無事に終わりました。
今も殿方たちはテストの結果で競争しているようです。
ランチではなく、スイーツを所望しておりましたが。
夏休みにおうかがいできることを楽しみにしております。
父は仕事の都合で行くことは出来ません。残念がっていました。
今回は母と二人で行くことになりそうです。
夏休みまでもうひと踏ん張りです。
最後まで気を抜かず、授業を受けてまいります。
エイミー』
『親愛なるエイミー
テストが無事に終わったようで良かった。
今でも男子はそんなことをしているのか。ランチではなく、スイーツというあたりが今時だな。
頬の傷も抜糸が済んだ。
傷跡は大きく残ってしまったが、話すにも食べるにも支障がなくなって安心している。
訪問の件は了解した。
母上もエイミーたちに会うのを楽しみにしている。
道中、気を付けてきてくれ。待っている
セドリック』
良かった。頬の傷はもう癒えたようね。
深そうな傷だったから、まだまだ治るのに時間がかかってしまうのかと思ったわ。
私は息をついて手紙を机の上に置いた。
夏休みに入り、ほとんどの生徒が帰省した。もちろん、私もその一人。
実家の自室でセドリック様の手紙を読んでいた。
もうすぐ、ブライアント領へ出発になる。
手紙では涼しいって書いてあったけど、どのくらい涼しいのかしら。念のため、長袖も一枚持って行ったほうがいいかもしれない。
先日は御母上の訪問がなかったから、今回が初めての面会になる。
変な印象を与えないようにしないと。
☆
そんなことをしているうちに、ブライアント家のお屋敷に着いた。
馬車を降りると、ちょっと涼しい空気が頬を撫でる。
大きく深呼吸をした。清らかな空気が肺を満たしてくれる。
なんて気持ちがいいんだろう。
街の西側にそびえ立つ山は頂上が尖っていて、岩肌がむき出しになっている。
なんて険しそうな山。大きな木は山の途中までしか生えていない。
あれが授業で習った森林限界というものかしら。
やはり実地で見るのと写真で見るのとでは大違いだわ。
町の近くまで視線を下げると、湖のような水面が見える。きっと山からの水が流れてきているのね。
「素敵なところね」
お母様が周囲の山々を見上げながらつぶやいた。私と同じ藍色の前髪がふわりと揺れている。
「エイミー! 母上殿! よくぞいらっしゃいました!」
はきはきとした、それでいて低く落ち着いた声が屋敷のほうから聞こえてきた。
振り向くと、セドリック様が使用人と一緒にこちらへ歩いてきていた。
セドリック様は茶色のズボンに白の半袖シャツとラフな格好だ。袖から覗く腕は太く、鍛えられていることがわかる。
それにしても、寒くないのかしら。慣れてらっしゃるの?
初めて会った時の無口さとは対照的な声と表情に、お母様は驚いているようだ。
正直、私も驚いた。手紙でしかやり取りをしていなかったから、声を知らないのは当然だけど。
けれど、この低い声は落ち着く。嫌じゃない。
それに気づいたセドリック様は苦笑いを浮かべている。
「先日は失礼しました。頬の傷が癒えておらず、話すことが出来なかったんです」
「まあ、そうでしたの。傷が治ったようで安心しましたわ」
お母様は穏やかに微笑んだ。
眼鏡のレンズと目の間を風が吹き抜ける。眼鏡だからと言って、目元の防御力が上がるわけじゃない。目が冷たい。
誰よ、眼鏡に防御力があるって言ったヤツ。
「風が出てきましたね。屋敷へどうぞ」
セドリック様が促すと、ブライアント家の使用人たちが荷物を持ってくれた。
促されるまま、屋敷へ入る。入り口からしても、我が家とは大違いだ。さすが伯爵家。
屋敷に入ると、セドリック様の御母上が出迎えてくれた。セドリック様と同じ黒髪だが、御母上のほうが艶のある髪だ。しっかりと手入れがされているのが見て取れる。
お辞儀をする姿は洗練された淑女のそれ。さらりと肩から長い黒髪が流れた。
「遠路はるばるありがとうございます。セドリックの母、セレスでございます」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。エイミーの母、アルマでございます。こちらが娘のエイミーにございます」
お母様のお辞儀に合わせて、私も頭を下げた。
「立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」
セドリック様の御母上、セレス様は私たちをサロンへと案内してくれた。
数人の侍女たちがすでに待っており、座るとすぐに紅茶が出てきた。
湯気が立ち昇り、いい香りがする。
この場は女性三人だけで、セドリック様や御父上は席を外している。
まあ、その方が話しやすい。
「アルマ様、セドリックの事情はお聞きになっていると思います。十も年の離れた男の元へ大事なご息女を送り出したくなければ、遠慮なく断ってください。夫が焦って申し込んだようなものです」
セレス様が話を切り出した。
前の婚約者様とのことが、やはり気がかりらしい。そんなこと言ったら私だって同じようなものだ。
お母様は首を横に振る。
「とんでもございません。セドリック様は気持ちの良い青年でありませんか。それに、セドリック様には何の落ち度もありません」
お母様の言う通りだわ。だってセドリック様はお仕事をしていただけなんですもの。
その間に男を取り換えた相手方のほうに問題があると思うわ。
「こちらのことも、聞き及んでいらっしゃると思います。父親同士で勝手に決めた前の婚約者など幼稚で品がなく女にだらしない。貴族とは思えぬ男でした。それとは比べ物にならないほど、セドリック様は素敵な殿方ですわ」
私はお母様に同調して頷く。
すると、セレス様はクスクスと笑った。笑い方まで上品だ。
「ええ、浮気の証拠をしっかり集めて叩きつけた手腕。気持ちがスカッとしましたわ」
「私だけの力ではありません。友人たちが協力してくれたおかげです」
私は慌てて付け加える。私だけの力では、あんなことをやってのけることはできなかった。
「あなたにそれだけ力を貸す価値があるということですよ。良いご友人を持ちましたね」
友達まで褒めてくれるとは嬉しい。セレス様はやはり伯爵夫人だけあって、色々な面からしっかり見てくれている。
だが、セレス様は「ふー」とため息をついた。
「ほんっとうに、父親だけで話を進めると厄介なことになりますわ」
前の婚約も御父上が独断専行したらしい。
「まったくですわ。今回は夫に任せられないと思って出しゃばってきましたもの」
お母様も同じようなことを言っている。
二人の母親たちは、顔を見合わせて笑った。
気が合うかはわからないけれど、同じ目的を持つ者同士、険悪にはならずに済みそうだ。
お読みいただきありがとうございます。
無事にブライアント領へ遊びに来れました。
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